第38話 格付け


 放課後になるや否や、祐真は晃成のもとへと駆け寄った。


「ちょっといいか、晃成?」

「祐真。うーん悪ぃ、ちょっと気になってることがあって」

「油長の方は涼香がなんとかするから、大丈夫だよ」

「え、いや……」

「すまん、今日の昼、図書室から色々見えたんだ」

「……っ、そ、そうか」


 祐真の言葉の意味を察した晃成は、ガリガリとバツが悪そうに頭を掻く。そしてぐるりと周囲を見回し、ポツリと呟いた。


「ここじゃ何だし、場所を変えようぜ」

「あぁ」



 人目を気にした様子の晃成に連れられてやってきたのは、地元で昔からよく遊んだ住宅街にある公園だった。

 砂場の方では何人かの小学生と思しき子供たちが遊んでおり、時折犬を散歩してる人が行き交っている。

 ベンチに腰掛けそれらを眺めながら「俺も昨日知ったばかりで情報を集めてるところなんだけど」と前置きし、重々しく口を開く。


「まぁなんていうかだな……莉子はモテる」

「……はぁ」


 そんな当たり前なことをと意味を込めた、気の抜けた返事を返す。

 先日自分はそうでもないと言っていたものの、祐真の目から見ても莉子はかなり可愛らしい女の子だ。

 すると晃成は、あぁ違うと言いたげに慌てて手を振り説明する。


「とまぁここ最近、莉子のやつずっとうちのクラスに来てただろう? で、まぁうちのクラスの男子に結構人気が出ちゃってさ、べたべた身体触られて今度遊びに行こうとか、連絡先を教えてとか、そんなちょっかいかけられてんだ」

「まぁ、油長なら興味持たれてもおかしくないだろうな」

「で、その対応がオレから見てもマズかったというか……触られても明確に苦笑いするだけで拒否はしないし、遊びの約束も曖昧に誤魔化すし、連絡先は聞かれた基本的に断りはしない。そんな気を持たせるにも似たような反応してたら、周囲はどう思う?」

「それは……」


 くしゃりと顔を顰める祐真。

 ひどく勘違いする奴も出るかもしれないし、それでなくとも尻が軽い女だと思われかねない。

 晃成はそんな祐真の懸念を肯定するかのように頷く。


「実際、マジになって熱を上げてるやつもいるし、隙あらばどうこうしようみたいな感じのやつもいる。そこはオレが目を光らせてなんとか、とは思うけど、問題は女子たちだな。すっかり男子に媚び売る1年って思われてる」

「だろうな」

「ったく、莉子のアレは単に押しに弱いだけだってのに」

「見た目は変わっても中身は早々変わらないからな。そもそも油長との出会いも、中学でのしつこいクラブ勧誘だっけ」

「あぁ、懐かしいな」


 互いに苦笑を零す祐真と晃成。

 そしてはぁ、と大きな息を吐いて肩を落とし、言葉を零す。


「さて、どうしたもんかなぁ。祐真、何か案はないか?」

「それこそ涼香のように身を隠すとか? どうせ今だけだろうし、そのうち収まるだろ。それか、俺たちで他の男子が来ないようがっちり固めちまうか。今まで通りに」

「まぁ、今まで通りで固まっちまうのがいいかなぁ。けど……」

「けど、って何が不満なんだ?」

「いやそうすることで、莉子の新しい出会いの機会を奪うことになるんじゃないかなぁって」

「晃成……」


 思わず呆れたように顔を顰める祐真。

 額に手を当てながら、少々投げやり気味に言う。


「油長はそんなこと望んでないだろうよ。だからこそ今みたいな状況になってるし」

「それもそうだな。おっし、話が出来てよかったよ祐真」

「おぅ」


 そう言ってニカッと笑う晃成に、祐真はジト目を向けた。



 その日の夜、祐真は互いの情報を交換し合う為、涼香と電話していた。


「――とまぁ、晃成からの話を聞いたのはそんなところ、オレからはそれだけだな。涼香の方はどうだった?」

『ん~、あたしの方も大体一緒かな。ただそれに付け加えると、部活とかで上の学年と交流のある女子とかにもあまりよくない噂が広がってるね。あと、一部の男子たちにもちょっと、ね……』

「それは……困ったな」

『困ったね。とにかく、しばらくはお兄ちゃんの言う通り、あたしたちで周囲から守るのは賛成。幸い、あたしの方も落ち着いてきた感じだし、それにりっちゃんのことなら引き籠もってらんないよ』


 フンスと鼻息荒く、やる気を漲らせる涼香。

 それは祐真も同じだった。

 まっすぐで不器用で眩しい莉子の顔を曇らせることは、到底認められない。

 しかそそれでもこれまでのことを思い返し、気になることがあった。

 そんな胸にふいに湧いた疑問が言葉となって、祐真の口から零れ落ちる。


「それにしてもわからないな」

『わからないって、何が?』

「油長にちょっかい男子が。だってさ、どこからどう見ても晃成に気持ち向かってるだろ? 脈が無いのは一目瞭然だろうに」

『あぁ、そんなの簡単な理屈だよ。つい連休前までのお兄ちゃんってどんなんだったさ?』

「それは……黒くてモサくて、まぁそのへんのモブその1だな」

『だからだよ。皆のお兄ちゃんの認識ってのはその時と変わってない。あんな奴よりも、俺の方がいいに違いないってね。要するに下に見られてる』

「それは……」


 納得のいく理由だった。

 だけど、なんとも釈然としないものがあった。

 これまで晃成がバイト先の先輩に振り向いてもらうための努力を、間近で見てきただけに。


『ま、あたしもそうだったよ。芋女が垢抜けてきたけど、下に見られてるまま。だからそれよりカースト上位にいる自分の申し出を断るはずがない、ってのが透けて見えるんだよね』

「つまり、油長がクラス連中とかにあまり声を掛けられてこなかったってのは……」

『入学時点で、って格付けられてたんだろうね。まぁ実際そんな感じだったし』

「はぁ……上とか下とか、色恋の鞘当てというよりマウントの取り合いみたいだな」

『まぁそんな側面もあるね。そういうの、散々見てきたし。だからホント――恋愛ってバカみたい』

「あぁやっばり、恋愛って下らないよな」


 そう言って祐真と涼香は、スマホ越しに困った笑いを重ねるのだった。


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