第36話 子供は2人以上
涼香が図書準備室へと顔を出す様になって数経った、とある日の昼休み。
すっかり仲良くなった涼香と紗雪は、それぞれコンビニで買ってきた総菜パンと可愛らしいお弁当箱を広げながら、話を弾ませている。
「あたし、思ったわけですよ。お姉ちゃんにもなれるってお得じゃね? って!」
「ふわぁ~、すごいすごい! この河合くん、どっからどう見ても女の子ですよぅ!」
「今度、紗雪先輩も一緒に行きません?」
「えぇぇぇ~、私なんかも一緒に行っていいんでしょうか?」
「そんな! 全然大丈夫というか、大歓迎だし! ね、ゆーくん?」
「……上田が来るのは賛成だけど、この流れだと俺がまたそんな恰好をしなきゃだから、頷いづれぇよ!」
「あはっ!」
「ふふっ」
図書準備室に彼女たちの笑い声が響く。
なんともげんなりとした顔を作る祐真。
学年の違う涼香と紗雪の共通の話題は、もっぱら祐真についてだった。
子供の頃、近所の公園の七不思議を作ろうとして突き合わされたこと、流行のアニメの必殺技を晃成と必死になって練習していたこと、一時小指の爪だけを切らずに伸ばしていたことなどエトセトラ。
どれもこれも今の祐真にとっては恥ずかしい思い出ばかり。
晃成同様、涼香も幼い頃からずっと一緒だったのだ。
必然、こういう話のネタは枚挙に暇がない。
紗雪の向けてくる微笑ましい目が、なんとも複雑に胸を掻き乱し、はぁ、とため息を吐く。
にやにやしている涼香にジト目を向けると、紗雪はくすりと笑みを零した。
「ほんと、河合くんと涼香ちゃん、仲がいいんですね」
「仲がいいというか、腐れ縁というか、まぁ付き合い長くてずっと一緒だからな」
「お兄ちゃんの友達、だから幼馴染って感じでもないんだよね」
「昔は、弟がいたらこんな感じかなぁ~って思ってたよ」
「あ、ひっどーい! せめて妹って言おうよーっ!」
「そうですよ河合くん、こんなに可愛い女の子を掴まえて」
「上田、涼香のやつ今でこそ女っ気を意識してるけど、昔は嬉々として虫捕りに行ったり、公園の砂場に古墳作りまくったり、木の棒にハートや羽をデコレーションして振り回してたんだぞ。もっとお淑やかなら、俺も妹と思ったかもしれないが……まぁ胸のサイズはあの頃と変わってないけど」
「まぁ!」
「ぎゃーっ、ゆーくんそれあたしの黒歴史! っていうか胸は余計!」
今度は祐真が涼香の恥ずかしい過去を暴露すれば、顔を赤くした涼香がこれ以上言うなとばかりに、ぺしぺしと肩を叩く。
どこ吹く風とサンドイッチを食べる祐真。
それを見ていた紗雪は、眩しそうに目を細め、しみじみと呟く。
「兄妹っていいですね。お二人を見ていて、ちょっと憧れちゃいます」
「……まぁ俺も一人っ子だけど、おかげで今も騒がしいのは助かってる」
「じゃあ紗雪先輩は将来結婚したら、子供2人以上欲しいってことですか?」
「ふぇ!?」
「おい、涼香」
いきなりの涼香の問いかけに、素っ頓狂な声を上げる紗雪。
あわあわしつつ目を回しながらも、バカ正直に答えていく。
「そう、ですね……やっぱり1人だと寂しい時もあるので、2人は欲しいです。3人くらいいても賑やかで楽しいかも。そんな明るい家庭を……って、私を何を言って……!」
「だってよ、ゆーくん」
「何で俺に振る。それに気が早すぎるだろ」
「で、ですよね!」
するとその時、受付の方から「すみませーん!」と声が聞こえてきた。珍しいことに貸し出し希望のようだ。
この場の空気に耐えられなくなった紗雪は、これ幸いと「わ、私言ってきますね!」といって小走りで駆けていく。
その後ろ姿を見送った後、涼香が悩まし気なため息をと共に呟く。
「はぁ、紗雪先輩可愛いなぁ。焦ったり恥ずかしがってるところもなんかこう、女の子! って感じで」
「変に揶揄ってやるなよ」
「だってー。こうつい弄りたくなる小動物的な感じしない?」
「それはわからなくはないけど」
「あたし、紗雪先輩なら断然アリ、っていうかイケる!」
「イクな! っていうかそういうところまで弟っぽいこと言うんじゃない」
「むっ」
祐真のその言葉で一瞬眉を顰める涼香。
しかしすぐさまにやりと笑みを浮かべ、肩を寄せてきたかと思えば、耳元で妖しく囁く。
「ふぅん? ゆーくんはあたしを弟みたいって思ってるくせに、夢中になって抱くんだ?」
「っ、いや、それは……」
「ほら、魅力的になったあたしへの照れ隠しですよって言っちゃいなよ」
「……っ、と、いい加減にしろ!」
「やん!」
そう言いながら涼香は太ももに手を置いたかと思うと、内側にまで差し込んでくる。
思わず反応しそうになった、自分の節操のなさに呆れてしまう。
紗雪にバレていないかどうか、受付の方を気にしつつ、残りのサンドイッチを掻きこみつつ立ち上がる。
少しばかり変になりかけた空気に眉を顰めつつ、そしてブックトラックに返却すべき本が溜まっているのに気付く。
「……たまには委員の仕事もするか」
「あ、待って、ゆーくん!」
祐真がブックトラックを押し始めると、涼香も残りのパンをオレンジジュースで流し込む。どうやら1人、図書準備室に残されるのは嫌らしい。
ちょこちょこと昔と同じように後を着いてくる妹分に、祐真は少し不満気に声を掛けた。
「あのさ、すぐに煽るのやめろよな。我慢できなくなるってーの。涼香はもうちょい今の自分が思っているより可愛いってことを自覚してくれ」
「え……………………ぁ、うん…………」
たちまち顔を赤くして、縮こまる涼香。
祐真もまた、恥ずかしいことを言っているという自覚があり、頬を染める。
なんとももどかしい空気の中、淡々と本を返却する2人。
するとそんな中、涼香が「ぁ!」と、困惑交じりの驚きの声を上げた。
「どうした、涼香」
「アレ、見て」
「あれは……」
涼香が指し示す窓の下、奇しくも先日、涼香が告られていたりしたところには、どうしたわけか莉子と数人の女子たちの姿が見て取れた。
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