第35話 他の人と身体を重ねるとすれば



 祐真が家に帰ると、鍵が開いていた。

 訝し気に玄関を開ければ、見慣れたローファー。


「……涼香?」


 来ているのだろうか?

 話は聞いていない。スマホを見ていても、何のメッセージもない。

 一体何がと眉を顰めながら自分の部屋へと入った瞬間、涼香にベッドに連れ込まれ押し倒された。


「っ、…………涼香?」

「ゆーくん、シよ?」


 その目は情欲の色に塗れており、祐真の返事を待たず、もどかしそうにしながら強引に繋がりに来た。




 ひとしきり乱れた後、汗と性臭が立ち込める祐真の部屋。

 ベッドの上、身体を起こし向き合って抱き合う形にある涼香は、大きなため息を吐く。


「はぁ~~~~っ」


 祐真は苦笑しながら、慰めるように涼香の頭を撫でる。

 すると涼香はくすぐったそうに身を捩らせつつも、ちゅっと唇を甘えるように啄む。

 交わりの後のいつもの戯れ。

 そんな中、ふいに眉を寄せた涼香が、困った様に言う。


「こぅ、ゆーくんとのえっちがすっかり日常の一部になってしまったわけですが」

「そうだな、これがない生活とかもう、考えられないくらいだ」

「けどもし、ゆーくんにカノジョができちゃうと、さすがにあたしとえっちするのはダメだよね~」

「ま、そっちは作る予定もつもりもないけど」


 むしろ涼香の方が、という言葉を呑み込んでそう言うと、涼香は曖昧な笑みを浮かべ「う~ん」と、歯切れ悪そうに声を上げる。

 なんとも、今日の涼香の様子は変だった。敢えて指摘はしないが。

 帰り道、莉子の涼香は要領が悪いという言葉を思い返す。

 今日、誰かに何かイヤなことをされたのだろうか?

 そう思った祐真は、安心させるかのようにギュッと抱きしめる。

 すると涼香は「ぁ」と小さく声を上げ、抱きしめ返す。

 互いのぬくもりを感じることしばし。

 やがて涼香は少しばかり自嘲気味に口を開く。


「上田先輩ってさー、ゆーくんのこと好きなのかな?」

「は? 上田が? いやぁ、考えにくいだろ。付き合いは長いけど、所詮、委員で少し話すくらいだし」


 いきなりの涼香の言葉に困惑する祐真。

 想像したこともないことだった。

 そんな祐真を余所に、涼香は言葉を続ける。


「ん~~~~っ、なんとなくのカン! でも上田先輩、結構綺麗な顔立ちをしてるよね。付き合ったら一途で色々頑張ってわたわたして、そんなところとかすっごく可愛くて、理想のカノジョになるんじゃないかな?」

「それは……そうかもだけど、あくまで涼香の想像だろ?」

「まぁね、でも――」

「でも?」


 そこで涼香は言葉を区切り、少し自分に呆れつつも淫蕩に微笑み、熱い吐息を耳朶に吹きつけながら囁く。


「さっきさ、上田先輩が好きなゆーくんが、こうしてあたしとえっちしてるの知らないんだろうなぁ、ほんとに好きなら悪いことしてるなぁって思うと――めっちゃ興奮した……っ!」

「……っ」


 ゾクリ、と背筋が震える。

 そして涼香の言うこともよくわかった。

 涼香に言い寄っていた男を想像し、お前の好きな女をこうして抱いているんだぞという、仄暗い気持ちがなかったといえば嘘になる。

 そこへまたも瞳を情欲の色に染めた涼香は、ねだるように囁く。


「ね、ゆーくん。ちょっとあたしを上田先輩だと思って抱いてみない?」

「それは……」


 なんとも難しいことを言う涼香。

 紗雪のことはあまり話したこともなく、よく知らないというのが事実だ。

 ましてや、そんな関係になるだなんて、考えたこともない。

 困った顔で見つめることしばし。

 祐真が片手を頬に当てようとした時、涼香は「やっ」という、鋭い声を上げてビクリと肩を震わせた。


「涼香?」

「…………ぁ」


 目を大きくして、ぱちくりとさせている涼香。

 やがて涼香は額をぐりぐりと祐真の肩口に当て、自省するかのように言う。


「やっぱなしで。……………………さっき、めちゃくちゃヤキモチやいた」

「やきもち?」

「うぅうぅううぅぅぅ~~~~っ」


 恥ずかしそうに身悶える涼香が、どうしてか可愛らしく見えた。抱きたい、という気持ちが沸々と湧いてくる。胸の中はぐちゃぐちゃだった。

 今度は祐真がそれを涼香に吐き出したくなり、ベッドへと押し倒す。


「なぁ、今から涼香を涼香として抱きたい」

「ん、あたしも。何も考えられないくらい、めちゃくちゃにして」

「俺も、他のこと考えられないくらい、抱くから」

「んっ」


 そう言って祐真は唇と共に、身体を重ねるのだった。


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