第34話 えっちな妄想



 すっかり調子を取り戻した晃成だったが、放課後のチャイムが鳴るや否や、机に突っ伏し憂鬱そうにため息を吐いた。


「はぁ~~~~、さすがに今日のバイトは気が重ぇ~」

「でも、行かないわけにはいかんだろ?」

「そうだけどさ、はぁ~~~~」


 どうやら今日のバイトのシフトは、件のフラれた先輩と重なるらしい。

 晃成の気持ちもわからないわけじゃないが、それとこれとは別だろう。祐真も苦笑を零すしかできない。

 さて、なんと言葉を掛ければいいやら。

 祐真が眉を寄せていると、晃成はいきなり「ヨシ!」と大きな声と共に立ち上がった。


「いつまでもウジウジなんてしてらんねぇよな! 俺が凹んでると先輩に気を遣わせちゃうだろうし、莉子にも顔向けできねえ。気合入れて行ってくるとしますか!」

「おぅ、頑張れ」


 言うや否や、晃成は勢いよくバイト先へと駆け出していく。あっという間だった。

 もし強がりだとしても、ああ振舞えるのなら、もう大丈夫だろう。

 祐真も口元を緩めて席を立つ。

 すると廊下に出たところで、見知った顔に出会った。


「油長」

「河合先輩」


 莉子だった。

 祐真の姿を見とめた莉子は、キョロキョロと周囲や教室の中を窺うも、目当ての人物を見つけられず眉間に皺を刻む。祐真は苦笑しながら言う。


「晃成ならもうバイトに向かったよ。まぁ今日はちょっと気が重そうだったけど、大丈夫だろ」

「っ、そう、ですか……」

「ところで油長1人か? 涼香は?」

「すずちゃんならチャイムが鳴ってすぐ、逃げるように帰りましたよ」

「そっか」


 今朝のことや昼間のお願いを思い返し、なんとも複雑な笑みを浮かべる祐真。

 そして自然な流れで、李いこと2人で帰ることに。何とも珍しいことだった。

 とはいえ、今までなかったことではない。それに莉子との仲も決して悪くもない。

 帰り道、共通の知り合い倉本兄妹の話で盛り上がる。


「晃成先輩も、よくフラれた相手がいるところへ行けますよね。絶対気まずいの、わかってるのに」

「あいつ、責任感強いところあるからな。それくらいじゃ辞めないだろうよ」

「ですよね~。ほんと、バカなんだから」

「それは……俺もそう思うよ」


 晃成は何事にも正直なやつなのだ。不器用なくらいに。

 そしてきっと、莉子も。

 この2人はまっすぐで不器用過ぎるから、見ていてもどかしくも眩しい。


「まぁすずちゃんも構成先輩みたいにバカというか、変に要領悪いところがありますよね」

「へ? 涼香が?」


 意外な莉子の評価に、思わず目をぱちくりさせる祐真。

 涼香にそんなイメージはない。

 むしろ祐真と人には言えない関係を結んでいたりと、抜け目ないとさえ思っている。

 そんな祐真の反応がおかしかったのか、莉子はくすりと笑って理由を話す。


「男子のあしらい方とか、へたくそもいいとこですよ~。晃成先輩との血のつながりを感じてしまうくらいに。だから、言い寄られる前に逃げることを選んだわけで」

「そう、だったのか……ちなみにそういう時、油長はどうしてたんだ?」

「え? 私、ですか?」

「あぁ、油長も中学の時と比べて格段に見違えただろ? 高校に入ったら、そういうことあったんじゃないのか?」

「あはは、ないない。特にそんなことなかったです。それに、一番見方が変わって欲しかった人も相変わらずだし。あーあ、私もすずちゃんくらい可愛かったらよかったのになぁ」

「それは……」


 少し寂し気に愚痴を零す莉子。

 返事に困り、くしゃりと顔を歪める祐真。

 しんみりとした空気が流れる。

 俯いた莉子について思い巡らす。

 卑下した言い方をしているものの、莉子は祐真の目から見てもかなりの高レベルだ。

 それなのに他の男子から声を掛けられないというのは――きっとここ最近、急にアプローチを掛けられ始めた晃成と同じだろう。

 明確に想っている相手がいるからこそ、ちょっかいをだそうとする人がいない。

 涼香の言葉じゃないが、誰だって目に見えた失敗をしたいと思わないだろう。


「油長はさ、ちゃんと可愛いよ。晃成もそう思ってるって」

「そう、ですかね? なんか全然、女の子として見てもらってる実感がないっていうか」

「そんな素振り、本人には見せないだろ。例えばだけど……俺、最近可愛くなった涼香に対して、態度とか変わったか?」

「いえ、最初の方こそ驚いてましたけど、今まで通りに見えます」

「実は、めちゃくちゃ涼香とえっちなことをする妄想したりしてる」

「…………えええぇえぇえぇえぇぇ~~~~っ!!?!?」


 思わず大声を出す莉子。

 行き交う人たちの注目を浴びていることに気付き、慌てて口を押えるも、目をまんまるにしながら祐真を見つめる。

 祐真もまた、とても恥ずかしいことを言った自覚があるので、明後日の方向に目をやりながら赤くなった頬を掻く。

 ちなみに嘘ではない。もっとも、その妄想通りのことを実際に涼香にぶつけているのだが。


「ま、まぁ、男ってそういうもんだから。涼香みたいに距離が近くて仲が良くて、可愛くなった子がいたら、そういう妄想の1つや2つもするって」

「うぅうぅぅ~、あ、頭ではわかりますけどぉ~」

「そういうもんだって。晃成だって、きっとそう。逆に油長はイメチェンした晃成と、そういうことを妄想とかしなかったのか?」

「……………………~~~~~~~~っ!」


 祐真の問いかけに、莉子の顔はみるみる真っ赤に染め上げていく。

 答え合わせをするまでもない反応だった。


(そういや涼香も、そういう妄想して興奮したって言ってたっけ……)


 祐真は苦笑しながら、茹でダコになっている莉子に言う。


「まぁ、だからというか、晃成は油長のこと、女の子として可愛いと思っているよ」

「うぅ…………はぃ」


 祐真は励ましの代わりに、そんな声を掛けるのだった。




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