第33話 好意



 涼香が祐真に言って連れてきてもらったのは、図書準備室。

 案の定、そこに訪れると、図書室の主と化している紗雪がお昼を食べているところだった。


「え、ここをですか? ……まぁ別にかまいませんけど」

「ありがとうございます、上田先輩」

「すまないな。委員でないやつに使わせろとか」

「いえいえ、別にダメって決まりもないし、事情も事情ですし」


 紗雪は目をぱちくりさせた後、少し困惑しつつも頷く。

 涼香は申し訳なさそうに曖昧な笑みを返し、祐真もまた済まなさそうに苦笑い。

 涼香の頼みというのは、朝のSHRまでの時間や昼休みに、図書準備室を使わせて欲しいというもの。

 最近、教室にいると執拗なアプローチを仕掛けられることに辟易していたので逃げ場が欲しい――そのう考えた時、祐真が身を隠していたこの図書準備室だった。あの時は、どこにいるか分かっていても場所柄的に中々足が伸びなかった。

 一応、この場所を委員以外が使ってはいけないという決まりはない。現に、他の委員が受付当番の時、その付き合いで来た友人たちが使っていることも多い。

 なので涼香が使うことに規則上の問題はないのだが、それはそれ。やはり無関係の人が勝手に使うとバツが悪い。それに学年が違うということもあって、いつも祐真が一緒にいるわけでもないだろう。彼には彼の都合があるのだ。その為、ここの主ともいえる、紗雪にも話を通しにきたところだった。

 ともかく、受け入れてくれてホッとする涼香。

 すると気が緩んだのか、くぅ、と自己主張を始めた。

 それをくすくすと笑う祐真。

 涼香は抗議とばかりに頬を膨らませてジト目を向ければ、悪かったとばかりに両手を上げて言う。


「っと、昼まだだったよな。俺の分と一緒に買ってくるよ。何がいい?」

「……いつもの。なかったら似たようなもの」

「チョココロネ。なかったらチョコ系のなにか。わかった」


 そう言って祐真は身を翻す。

 涼香はまったくもぅ、と腰に手を当てて起こったポーズ。

 そして祐真の姿が見えなくなった頃、紗雪がポツリと呟いた。


「河合くんと仲がいいんですね」

「そうですねー、まぁ子供の頃からの付き合いで長いですし」

「確か、倉本くんの妹さんでしたっけ?」

「はい、倉本涼香です」

「……その、ふしぎな関係ですよね」

「ん~、確かに。お兄ちゃんの友人だから、あたしの友達というのも語弊がありますし……まぁもう1人のお兄ちゃんっていう感じですかね」

「もう1人の、お兄ちゃん」

「えぇ」

「そう、ですか……」


 それは涼香にとっての祐真の、偽らざる評価だった。

 紗雪は目を細めている。

 呟いた声は探る様な、少し安堵しているような、そしていくばくかの羨ましさがごたまぜになった、不思議な色をしていた。

 それがやけに、心にひっかかる。

 涼香はそれを確かめるかのように、言葉を返す。


「上田先輩も、ゆーくんと仲良いですよね」

「えっ!? そ、そうでしょうか?」


 やけに驚く紗雪。

 涼香は胸にある疑問を抱きつつも、そう思った理由を話す。


「だってゆーくん、好きになった人が実は罰ゲームか何かでのことだったから、そういうの当分こりごりって言ってたのに、上田先輩には気を許しているような感じですから」

「す、好きになった人!? 罰ゲーム!? そ、そんなことがあったんですか!?」

「あ、これあたしが言ったって秘密にしといてくださいね?」

「は、はい……っ」


 どこかショックを受けたような声を上げ、動揺から瞳を揺らす紗雪。

 ここに至り、疑念は確信に変わる。


(あ、この人ゆーくんのことが好きなんだ……)


 どれくらい好きかはわからないけれど、少なくとも気になる異性以上ではあるのだろう。

 改めて紗雪を見てみた。

 線が細い、物静かで、よく見れば顔立ちも整っており、楚々とした女の子。

 きっと祐真と付き合えば、いつも隣でにこにこと幸せそうに笑みを咲かすことだろう。きっと、お似合いの2人になるに違いない。


(……………………ぁ)


 だけどその姿を想像すると、チクリと胸が痛み――そんな自分に目を大きくする。


「っと、おまたせ。チョココロネ買えたぞ、ラッキーだったな」


 その時、丁度祐真が戻ってきた。


「っ、ありがと。……あれ、オレンジジュースも?」

「いつもよく飲んでるだろ。他のがよかったか?」

「うぅん、助かる。あ、お金」

「ジュース分はサービス。さっきのお詫び」

「ん、じゃあ遠慮なく」

「あ、あのっ!」

「うん?」「っ!」


 ふいに紗雪が声を上げた。

 しかしそこで言葉が止まってしまい、もじもじと口籠る。

 どうしたことかと首を傾げる祐真。息を呑む涼香。

 やがて紗雪は少しぎこちない笑みを浮かべ、口を開いた。


「河合くん、飲み物とかそういうさり気ないところ、よく気が付きますよね」

「あぁ、小さい頃から、そういうことしないとモテないぞ~って、涼香に口酸っぱく言われてきたからな」

「ゆーくん、うっさい!」

「ははっ」

「ふふっ」


 そしていつも通りの空気に戻っていく。

 しかし涼香の胸にはシコリが残るのだった。



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