第32話 連れて行ってほしいところがありまして



 教室に入る前、晃成は一度立ち止まり「んんっ」と喉を鳴らす。

 そしてパシンッと気合を入れるかのように両手で頬を叩き、努めて明るい声を意識して片手を上げながら中へと入った。


「おっはよーっす!」


 先週末とは打って変わって、恋バナをしていた時と同じようにテンションの高い晃成に、皆は虚を突かれたように目をぱちくりとさせるばかり。

 しかしさほど間を置かずして、方々から挨拶の返事と共に、言葉も帰ってくる。


「よぅ倉本、やけにごきげんだな。何かいいことあったか?」

「先週末までとえらい違いだぜ。あ、もしかして例のフラれた相手に、やっぱりオッケーもらえたとか?」

「いやいや、そっちは相変わらずフラれたまま。まぁでも、いい出会い・・・・・があったというか……これ見てくれよ」

「ちょ、晃成!」


 ニヤリと笑みを浮かべた晃成に嫌な予感がした祐真は、取り出したスマホを制止しようとするも、もう遅い。

 画面に映る女の子・・・の姿を見たクラスメイトたちは、にわかに騒めきだす。


「へぇ、どれどれ……ってこれ、コスプレ!?」

「あ、でもめっちゃ可愛い!」

「どこの子? バイト先?」

「なぁ、よかったら紹介してくれよ」

「あぁ、うちの学校のやつだよ。紹介も何も皆知ってるはずだぜ。なぁ、祐真!」

「……ったく」


 そう言って晃成がこちらに向かって片目を瞑れば、祐真は痛むこめかみに手を当てる。

 周囲には唖然とした空気が広がるものの、どういうことかと理解が進むと共に、驚愕の色へと塗り替えられていく。


「えぇえぇぇ~っ、この子って河合なのかよ!?」

「うっそ、マジで!? どう見ても女にしか見えねぇ!」

「ほ、ホントは妹か姉じゃないのか!?」

「こ、これはそういう見立てが上手い奴がいてそれで――」


 そして度肝を抜かれた彼らは、一気に祐真の元へ来て興奮気味に話し出す。

 その勢いに呑まれ、たじたじになってしまう祐真。

 余計なことをしてくれたとばかりに、晃成をねめつける。

 その晃成はといえば、今度は女子に囲まれスマホ片手に話していた。


「いっやー、オレも一緒に色々来てみたけどさカツラとか合わせても変なのにしかならないってーの。ほら、これとか化けモノじゃね?」

「わ、倉本のこれ、マジウケるんだけどー!」

「あ、こういうおばさんとか街で見かけなくね?」

「でもこれ、一周回ってアリになってきたかも!」

「いっやー、こうして見ると、祐真ってすごいよな。もういっそ彼女になって欲しいとか思ってしまったもん」

「あははっ、河合くんでもいいって! 気持ちはわかるけどさ!」

「ちゃんと他に良い子いるから、男に走らなくてもいいっしょー。可愛いけどさ」

「ほらほら、可愛い子ならここにもいるっしょ!」

「自分で言うなし!」

「えへっ、でも試しにカノジョにしてみるとかどう?」

「てか今度一緒に皆で遊びに行かない?」

「あ、いやえっと、そんなこと言われても……」


 揶揄い混じりの言葉を投げかける彼女たち。

 しかし晃成はそれを真面目に受け取ってしまい、しどろもどろ。

 そんな初々しい晃成の反応に彼女たちも破顔一笑、「マジメ~」「ウケる~」「けどそういうのかわい~」と、好感触。

 それが、先ほどの涼香の姿にも重なった。


(……ま、晃成もかなり垢抜けたしな)


 想いを寄せる相手にフラれ、フリーになったとなれば、こうしてモーションをかけられるのも納得だ。もっとも、当の本人は気付いてなさそうだが。

 そのことを指摘するのも憚られ、祐真は盛大なため息を吐いた。



 その後も休み時間の度、晃成は今朝のカラオケセロリでのコスプレを皮切りに、バイトの失敗談や初めて美容院に行った時どもってしまってろくに喋れなかったこと、昨日ハニートーストでえらい目にあったことなどエトセトラ、それらについて面白おかしく話して笑いを提供すれば、自然と人が集まってくる。

 たまに祐真にも水を向けられるものの、それでも話題の中心は晃成だった。

 ここのところ、恋バナでクラスの中心にあったというのもあるだろう。きっとそれは、晃成にとっても良い変化のハズだ。

 それでも祐真の中では、この腐れ縁の親友が少し遠いところに行ってしまったかのような寂寥感を抱く。

 祐真は、そんなことを考える自分へ自虐的なため息を吐いた。

 そして、晃成を取り巻く環境は昼休みなっても同じだった。

 皆がお昼へと晃成を誘っている。

 それを眺めていた祐真は、さて自分はどうしようかと考えていると、廊下から声を掛けられた。


「ゆーくーん」「河合先ぱーい!」

「涼香? それに油長も」

「あれ、祐真なにか約束でもしてたのか?」

「いや、何も……」


 珍しいことに涼香と莉子が祐真を呼んでいた。

 晃成も目をぱちくりとさせながら尋ねてくるものの、祐真も心当たりが見つからない。

 どうしたことかと思いつつ、手招きに応じて傍に行くなり、涼香はパンッと拝むかのように手を合わせて頭を下げた。


「ゆーくん、悪いけどちょっと頼みがあるんだ!」

「頼み?」

「こないだゆーくんさ――」

「――ぁ」


 その時ふいに涼香の話が止まるくらい莉子の重く、鋭い剣呑な声が漏れた。

 莉子はスッと目を細め、冷たい空気を纏うも一瞬、すぐさまいつもの明るく、されど仄暗くも人懐っこくもしかしどこか情念を燃やした笑みを浮かべながら晃成の元へと向かう。


「晃成先輩、今コスプレとかハニートーストって言葉が聞こえましたけど、もしかして昨日の――」


 そして莉子は周囲の女子を牽制するかのように、昨日一緒だっただぞという仲良しアピール。傍に位置どったその距離はいつもより近い。臨戦態勢だった。

 周囲もそれを見て値踏みするかのような目を向けてくる。

 主に女子たちのバチバチと探り合うような視線で切り結ぶ。

 表面上の友好そうな空気をそんまんま受け取り、莉子を歓迎している晃成。

 祐真と涼香はそ様子を見て、顔を見合わせ苦笑い。


「あはは、お兄ちゃんって、案外モテるんだねぇ」

「イメチェン前と比べると豹変したしな。フラれてフリーになったってのもあるし。まぁ本人、気付いていないみたいだけど」

「お兄ちゃん、鈍いところあるからねー……りっちゃんも焦るわけだ」

「まぁな。で、結局頼みってなんだ?」


 祐真の言葉で本題に戻った涼香は、眉を寄せながら少しばかりの戸惑いを見せ、少し言い辛そうに口を開く。


「実はその、連れて行ってほしいところがありまして」

「連れて行ってほしいところ?」



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