第31話 疑似NTR
週明け、駅から学校へと続く通学路。
祐真たちは昨日のカラオケについての話題で盛り上がっていた。
「しっかし意外だったよなぁ、祐真があんなに美人になるだなんてさ」
「うんうん、河合先輩、今度はメイクもばっちりキメてやりましょうよ」
「もぅぜってー、やんないから!」
「えぇ~、勿体ないぞ祐真。せっかく似合ってたのに」
「そうですよぅ、ウィッグだって試してみたいのいっぱいあったのに」
つい皆に押し切られる形で女装した祐真だったが、意外にもよく似合っていた。
そのせいで主に莉子や涼香が暴走し、着せ替え人形のようにされた形だ。
あの時の有無を言わさぬ鼻息荒い女子2人の剣幕は、思い出すだけでも背筋が震えてしまう。
晃成もまた彼女たちと一緒に悪ノリしていた。
そうこうしているうちにやがて莉子が、スマホ片手に「他の店だと貸し出している衣装が違うみたい」と呟けば、晃成「アニメキャラの衣装とかってないのかな?」と言って、一緒になって嬉々として調べだす。
そんな2人を見た祐真は眉を寄せてため息を吐き、どうやって回避しようかと考える。
するとそこへ傍に寄ってきた涼香が、そわそわした様子でちょんちょん肩をつついて囁く。
「ねね、今度ゆーくんが女の子の格好してシてみようよ」
「はぁ!?」
思わず素っ頓狂は声を上げる祐真。
涼香はなおも瞳を爛々と好奇の色で輝かせながら言葉を続ける。
「いっやー、昨日からずっと、可愛くなった
「ちょっとマニアックすぎね?
「へへ、こう疑似的な百合に目覚めちゃったのかも。ほら、試してみよう。ね? ね?」
「あのな……」
そんなことを涼香がはしゃいだ調子で話していると、一体何事かと思った晃成と莉子が振り返る。
「何盛り上がってんだ祐真、涼香?」
「ん~、ゆーくんにゴスロリさせたいなって話」
「っ、いいですね河合先輩! 身体のラインも隠しやすそうだし、可愛いアイテムもいっぱいあるしで!」
「ゴスロリかぁ、そういや昨日の衣装の中にはなかったし、気になるなぁ」
「涼香、油長に晃成!」
「ゴスロリって結構高価ってイメージあるんですよねー……わ、検索かけるとガチのスタジオでのレンタルとかばっか!」
「写真撮ったりするところ? それはそれで面白そう、っていうかあたしも着てみたい!」
「「ねーっ!」」
「……ったく」
話はどんどん脱線しつつも盛り上がる。
そんないつも通りなやり取りに祐真は呆れつつも、すっかり晃成が普段の調子を取り戻していることに、少しばかり安堵の息を吐く。
やはり晃成は、明るくバカみたいに笑っている方がいい。
祐真が頬を緩めていると、スマホがメッセージを告げた。
誰からかと思って見てみれば、目の前の涼香からだ。
いったいどういうことかと訝し気に画面を開く。
《ゴスロリ着てお嬢様になったゆーくんを、教育係のメイドになったあたしが夜伽を教えるってプレイとかどうよ!?》
そこに書かれていた、あまりに倒錯的な内容に思わず吹き出しそうになるところを、必死になって堪える祐真。
するとこちらに気付いた涼香が振り返り、目が合うとてへっとばかりにちろりと舌先を見せた。
◇
そうこうするうちに、学校が見えてきた。
校門付近はにわかに活気付き、多くの生徒たちを呑み込んでいる。
祐真たちもそれに倣おうとしたところで、やけに陽気な声を掛けられた。
「よ、倉本!」
「うん?」「……あ、菊司くん」
その呼びかけに咄嗟に振り向く倉本兄妹。
晃成も振り返ったことが予想外だったのか、声を掛けた明るい髪色の男子はバツの悪い顔で頬を掻く。
一体彼は誰かという視線を涼香に送れば、「クラスメイト」と簡素に答える。あぁ、と納得して頷く晃成。
「はは、そうだな。紛らわしいし、うちのクラスの倉本は涼香って呼んだ方がいいか」
「え、あははー……お兄ちゃんと一緒の時なんて今くらいだし、いつも通りでいいよ」
「いやいや、涼香って兄妹仲めっちゃいいじゃん? 昼とかよく一緒のところ見かけるし」
「あー、あれは最近事情があって――」
「それって油長も――」
気を取り直した彼は、祐真と晃成のことなど気にも留めず積極的に涼香に話しかける。
涼香が迷惑そうに顔を顰めていることに、気付いているのやら、気付いていないのやら。とにかく、強引だった。
呆気に取られる祐真と晃成。
莉子と目が合えば、肩を竦められるのみ。
昇降口は目前だったので、そのまま各自の靴箱へと向かう。
どこか狐につままれるような表情で上履きに履き替えていた晃成は、そこでようやく気付いたとばかりに声を上げた。
「あれ、もしかしてさっきの涼香って、言い寄られてた?」
「そうだよ。最近ああいうの、よくあるらしい」
「え、マジで!? だってあの涼香だぞ!?」
「あのがどれだかわからんけど、今は昔と違ってすっかり可愛らしくなってるだろ」
「それは……うーん、まぁそうだけどさ」
どこか釈然としない様子の晃成。
祐真もまた、同じような表情で後ろ髪を引かれながら、この場を後にするのだった。
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