第30話 お似合いだよな



 その後、何をするにしてもまずは少しお腹を落ち着けようということで、広場へと移動し、ベンチに腰掛けた。

 休日ということもあり、周囲には多くの行き交う人々。広場には移動販売車も乗り付けており、それらを目当て集まってきた人たちも、祐真たちと同じように腰掛けお喋りに興じている。

 ふぅ、とため息を零し、お腹を擦った祐真は話を切り出した。


「さて、どうするかなぁ。しばらくは身体を動かす系のモノは勘弁したいところ。中身が出ちまう」

「オレも。しばらくは落ち着きたいな。何かいいのない? カラオケでも行く?」

「それじゃいつもと同じじゃないですかぁ。ま、今日の集まりの趣旨的に、晃成先輩の好きなことをすればいいと思うけど」

「とはいってもな……」


 喧々諤々、話が纏まらない中、涼香がふいに「あ!」と、何かを思い出したとばかりに声を上げる。


「そういやさ、お値段が高いから行ったことないけど、カラオケセロリってコスプレ衣装の貸し出しとかしてなかったっけ?」

「え、コスプレ!?」


 真っ先に食いついたのは莉子だった。

 涼香と一緒にそわそわとした様子でスマホの検索を掛け、「わ、これってMUEのアイドル衣装!」「Ideaもあるよ!」と興奮した声を上げている。

 そんな女子2人の様子から興味を惹かれた晃成は、顎に手を当てて呟く。


「ふむ……どういうのかちょっと気になるな」

「時間も短めにすれば、それほど金もかからんだろ」

「なら決まりだな」


 そう言って晃成が立ち上がると、皆もそれに倣い歩き出す。

 そしてにんまりと笑みを浮かべ口を三日月にした莉子が、スマホ片手に晃成のそばに駆け寄り悪戯っぽく囁く。


「あ、せっかくだから晃成先輩の好きな恰好してあげますよ! で、どういうのが好きなんです?」

「ん~、ボンテージとかバニーとか、エロいやつ! あ、この変則チャイナも際どくていいな!」

「なっ!? こ、晃成先輩、私にそんなの着せたいんですか!?」

「あぁ、身長が足りなくて絶妙にズレてる姿とか笑えるかなぁ~って」

「~~~~っ!? み、見てなさい、すっごいの着て度肝抜かせちゃうんだから! わ、私に惚れちゃっても知らないんだからね!」

「おぅ、悩殺されっちゃったら思わず襲っちゃうかもな~」

「っ!? ま、またまたぁ~、すずちゃんや河合先輩がいる前でそんなことする度胸もないくせに~」

「あ、りっちゃんがお兄ちゃんを誘惑する時は席を外すので!」

「俺たちのことは気にせず、どうぞどうぞ!」

「すずちゃん!? 河合先輩!?」


 祐真と涼香のまさかの返しに、あたふたとする莉子。そして何を想像したのか、顔を真っ赤にして俯けば、3人から笑い声が上がる。

 そこでようやく揶揄われたことを理解した莉子は、頬を膨らませて晃成の脇腹を抓る。


「もぅ! 晃成先輩が変なことを言うから!」

「いてててっ、悪かったって! まぁ今の・・莉子なら大抵のものは似合うだろ。楽しみにしとくよ」

「……調子のいいこと言って、誤魔化されませんからね」


 祐真がそんな2人を微笑ましく見守っていると、ふいに傍にやってきた涼香が揶揄うような声色で耳打ちする。


「ね、メイド服着てあげよっか?」

「っ、涼香!?」

「ゆーくん好きでしょ? あ、でもりっちゃんやお兄ちゃんがいるところで興奮しちゃってもヤバいか……で、どう? それでも着て欲しい?」

「そう聞かれるとまぁ、見たいけどさ。何ていうか、中途半端に生殺しになるっていうのもキツイというか」

「あたしも色々思い出して、スイッチ入っちゃうと困るしなぁ」

「今日は新規開拓ってことでいいんじゃね?」

「なるほど、今度えっちする時の候補選び」

「おい、言い方!」

「ふひひっ」


 祐真のツッコミに、悪戯っぽい笑いを上げる涼香。

 すると2人の様子が気になった莉子と晃成が話しかけてくる。


「すずちゃんたち、何盛り上がってるの?」

「ん~、ゆーくんがメイド服好きって話」

「え、河合先輩、メイド好きだったんですか!?」

「……悪いかよ」

「いやいや、そんなことないぜ祐真! やっぱ基本というか、巫女さんと並んで押さえておきたい定番だよな!」

「晃成先輩も好きなんです?」

「嫌いな奴だなんていないだろ! 一言でメイドって言っても、色んな種類あるしさ。クラシカルなのもいいけど、ミニスカのそれも趣があるし……で、祐真はどういうのが好みなんだ?」

「俺は――」


 そんな話をしながら、カラオケセロリを目指す。

 どんどん盛り上がっていく中、どうせなら男子陣もという流れになり、やけに乗り気になる晃成。やがて「オレ自身もメイドになる!」と叫びだし、やけに興奮した莉子と涼香から祐真にまで着させようとしてきたので、慌てて見る専を主張する。

 そんな風に和気藹々と歩き、とある店の前を通りがかった時、ふいに莉子が歓声を上げた。


「わぁ、初夏限定レモンチーズシュークリームだって!」


 きらきらと目を輝かせる莉子。頬を引き攣らせる祐真に涼香、晃成。

 店からは丁度シューが焼き上がったのか、甘い香りが漂ってきている。色んな意味で思わずお腹を押さえる面々。

 その場で立ち尽くすことしばし。

 やけにそわそわしている莉子を見かねた晃成が、ぎこちない笑みを浮かべながら言う。


「あー、気になるなら買って来れば? オレたちはここで待ってるしさ」

「えぇぇ~、私だけ悪いですよぅ」

「いやいやいや、パッと行ってくりゃすぐだし、早くいかないと列ができちまうぞ」

「むむむっ」


 こうしているうち匂いに釣られたのか、徐々に人が集まってきている。

 そのうち行列ができるのは想像に難くない。

 莉子は眉を寄せて考え込むことしばし。「じゃ、ちょっと行ってきます!」っといって小走りで駆けていく。

 その背中を見送った3人は顔を見合わせ苦笑い。

 晃成が呆れたように口を開いた。


「よくまだ甘いものが食べられるよな」

「ねー、お腹の構造があたしたちと違うのかも。すごいよね」

「まぁでも、あの食べっぷりは見ていて気持ち――うん?」


 そんなことを話していると、ふと祐真の耳に騒めきが聞こえた。

 そちらの方を見てみれば、莉子が見知らぬ男性2人組に話しかけられている。その表情を見るに、どうも道を尋ねられているとかではないらしい。

 祐真は眉を寄せ、指を差す。


「アレって、油長――」

「っ、莉子!」

「お兄ちゃん!?」「晃成!?」


 莉子の様子を見るや否や、晃成は莉子の名前を呼びながら遮二無二駆け出した。

 男たちと莉子の間に強引に割って入り、ギュッと莉子の肩を抱き寄せる。

 突然のことで茹でダコの様になる莉子。

 晃成が何かを言ったようで、彼らは舌打ちしながら去っていく。

 そして晃成は赤面した莉子の手を引いて戻ってくるなり、バツの悪い顔で言う。


「っと、最近は見慣れてて、莉子がすっかり可愛くなってるの失念してた。1人で行かせるべきじゃなかったな、すまん」

「べ、別に謝らなくても。それに晃成先輩がちゃんと助けに来てくれましたし」

「これからは気を付けるよ。さ、カラオケに行こうぜ」

「…………ぁ」


 そう言って手を離し、目的地へと向かい始める晃成。

 手を離され少し残念そうな声を上げた莉子は、慌てて後を追いかけ隣に並び、憎まれ口を叩く。

 そんな2人の仲睦まじい様子を眺めていた祐真は、しみじみと呟いた。


「……ったく、お似合いだよな」

「うん、ほんとそう」


 涼香もまた、つくづくといった声色で同意を返す。

 互いに顔を見合わせ、くすりと笑うのだった。


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