第25話 ほんと面倒臭い/バカみたい
この日の教室での晃成は、見るからに意気消沈していた。
先週までの浮かれっぷりとは真逆の様子に、クラスメイトも何かを察して見守るばかり。
それでも空気を読まないのか、それとも励まそうとしてなのか話しかける人も居たが、「オレ、フラれちゃったんだよね」と答えられるとさすがにそれ以上は絡もうとしない。
自身の発する陰鬱な空気がクラス内に悪影響を与えている自覚があった晃成は、休み時間になる度に姿を消すようにしていた。
その様子は、さもフラれて落ち込んでいるように見えるだろう。
しかし今朝一番最初に顔を合わせた時のことを考えると、祐真はそちらよりも莉子のことで思い悩んでいるように見えた。
いや、実際にはどちらのことも考えているのだろう。とにかく晃成の身には一度に多くのことが起き過ぎた。
何を話していいかわからないが、しかしそんな親友のことがやはり気に掛かるというもの。
昼休みになるなり、祐真はご飯にと声を掛けた。
「晃成、メシ行こうぜ」
「あー……悪ぃ、今日はちょっと……」
「そっか……」
しかし影を落とした表情でそう言われれば、この場は引くしかない。
晃成としても気持ちを整理する時間も必要だろう。
当然といえば当然だが、今朝からメッセージも何もなく、莉子と涼香が訪れる様子もない。
莉子の方は涼香が対応しているところだろう。
今の祐真にできることはもう、何もなかった。
歯痒さを誤魔化し、行き場のない祐真は、図書室へと足を向ける。
なんとなくの判断だったが、読みかけの小説もあったことも決め手だった。
◇
図書室を訪れると、そこが定位置といわんばかりに、紗雪が受付に居た。
紗雪は祐真の姿を見るなり目をぱちくりとさせ、少し驚いた声を上げる。
「河合くん、来たんですね。今朝は来なかったからてっきり」
「今朝? ……えぇっと?」
紗雪の要領を得ない物言いに、彼女と同じく目をぱちくりし返す祐真。
互いに間の抜けたように見つめ合うことしばし。
やがて紗雪は少し何かを考えるように顎に指を当て唸り、そして頬を緩めて話す。
「今週の前半、河合くん図書委員の受付担当ですよ。忘れてました?」
「っ、あーそうだった。今言われるまですっかり忘れてた。ごめん……」
「あらあら」
祐真がバツの悪い顔で正直に答えると、紗雪はやっぱりといった様子でくすくすと笑う。
図書委員で真面目に役目をこなす人はあまりいない。先日図書準備室に入り浸っていた時も、紗雪以外の人を2、3回見たくらいだ。
さほど仕事もないわけで、いっそ居なくてもあまり問題はないのだが、こうして紗雪に指摘された手前、帰るというのも据わりが悪い。
それにどうせ他に予定はないのだ。
祐真は受付に腰掛け、はぁ、とため息を吐く。
すると紗雪が意外そうに話しかけてくる。
「他に用事があるなら、私が受付しておきますよ? 最近、頼んでた本がやってきたばかりですので」
そう言って紗雪は読んでいたハードカバーの本を掲げた。
カバーには祐真も知っている大御所のミステリー作家の名前が躍っている。紗雪の好みなのだろう。楽しみにしていたのか、頬が紅潮していた。
祐真はその姿を微笑ましく思いながら、言葉を返す。
「ま、どうせ予定もないし、ちゃんと仕事するよ」
「私もどうせ本を読んでいるだけだし、気にしなくていいですよ?」」
「いやその、えぇっと……」
「……河合くん?」
「あ、あはは」
紗雪の善意の申し出に口籠り、誤魔化し笑いをする祐真。何かあると言っているような反応だった。
何とも言えない空気の中、紗雪はスッと目を細めたかと思うと眉を寄せ、拙い曖昧な笑顔を作る。
「そうですか」
紗雪はそれだけを呟き、それ以上は追求するつもりはないようで本に視線を落とす。
今はそれが少し、ありがたかった。
◇
「祐真、今日はオレ、先に帰るわ」
「そっか」
放課後になるや、晃成はすぐさま帰宅した。
まだ、1人になりたいことだろう。それに祐真も今週前半は委員だ。
図書室で受付をしつつ紗雪おススメの小説を読んで時間を潰し、いつもよりかなり遅く学校を出る。家に帰る頃には、陽はすっかり落ちていた。
自分の部屋へ直行した祐真は、制服のままゴロリとベッドに寝転びながら、晃成と莉子について思い巡らす。
「…………はぁ」
しかしいくら考えたところで、妙案は思い浮かばない。状況も色々複雑だ。大きなため息が零れるばかり。
スマホにはまだ、誰からの連絡もなかった。
こんな時に空気が読めないかもと思いつつも、4人のグループチャットを開きつつ、伝えるべきことを打ち込んでいく。
《今週の前半、委員の当番だった。今度は本当に。だから、明日と明後日は先に行く》
するとすぐさま涼香と莉子の既読が付き、返事が書き込まれた。
《なら、私たちも合わせて早く行きますよ! 河合先輩、どれくらい早く行きます?》
《えっと、15分くらい。いつもより2本早いやつ》
《ではそれで! すずちゃん、晃成先輩には首に縄付けてでも引っ張ってきてね!》
《わ、わかった》
今朝のことを思えば、文面から滲み出る莉子のテンションはやけに高く、面食らってしまう。
まったくもって何がどうなっているのかわからなかった。モヤモヤを募らせつつ、唖然とすることしばし。
祐真は一瞬の躊躇いの後、涼香へ電話を掛けた。
『ゆーくん?』
『なぁ、油長に何があったんだ? 今日、何も他に連絡もなかったし』
『あー、何かしたといえばしたし、何もしてないといえばしてないし』
『うん? よくわからんな……』
涼香の言うことに今一つ要領を得ない祐真。
涼香はさもありなんと苦笑を零す。
『えぇっとあの後さ、りっちゃんめちゃくちゃ落ち込んでたんだよね』
『まぁそうだろうな』
『で、あたしだけじゃなくて、周囲も放っておかなくて、色々励ましたの。放課後は甘いもので元気をチャージだって、ケーキバイキング! そして始まる皆の元カレやらの愚痴大会!』
『それは……巻き込まれてご愁傷様だな』
『ほんとだよぅ。……で、イヤな気持ちとかもやもやぜーんぶ吐き出しちゃってさ、あと皆にも焚きつけられたのもあって、今は一転、やる気漲るモードになっちゃって』
『器用、ていうか随分切り替え早いな』
『ね』
どうやら莉子は、この短期間ですぐに折り合いをつけたようだった。
なんだか拍子抜けで、悩んでいた自分に呆れてしまうくらい。
そしてお互いしみじみと、今回の件に関する感想を漏らす。
『恋愛って周囲も振り回されて、ほんと面倒臭いな』
『うん、ほんとバカみたいだって思う』
そう言って祐真と涼香は、困った声色で苦笑を零すのだった。
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