第26話 何かいいことありました?
「おはよーっす」
「ふぁ……おはよ、ゆーくん」
「……っす」
翌朝、いつもより早い時間に待ち合わせ場所に涼香と一緒に現れた晃成は、声にも力がなく、気落ちして元気もない状態だった。寝不足だから、というわけでもないだろう。
それでも祐真の委員の時間に合わせてきてくれたことに、良しとするべきか。
とはいえ挨拶以上の会話もなく、その後はただただ無言のまま電車に乗り込む。
正直、少し気まずかった。
涼香と目が合えば、申し訳なさそうに眉を寄せられるのみ。
そんな中、莉子がいつもの駅で合流するや否や晃成に詰め寄り、挨拶もそこそこに力強い声で宣言した。
「あ、りっちゃんおはー」
「よーっす、油長」
「おはようございます! それから傷心追い出し会をしましょう!」
「おぅ莉子……って、傷心追い出し会……?」
いきなりの聞き慣れない単語に面食らう晃成。
祐真と涼香もどういうことかと顔を見合わせる。
莉子はふふんと鼻を鳴らして胸を張り、ピンと人差し指を立てながらドヤ顔で言う。
「ほら、よく傷心旅行とかっていうじゃないですか。どこか遠くに行ったり、楽しいことや初めてのことをしたりして、辛い気持ちを追い出しちゃいましょう!」
「あー……要はどっか遊びに行くってことか?」
「そうです! はい、決定! 私、一度ヌン活ってしてみたかったんですよねー」
「え、ヌン活? アフターヌーンティー? ええっと……」
莉子の勢いに気圧される晃成。
どう反応していいかわからず、こちら助けを求める目を向けてくるも、涼香はパンッと両手を合わせて歓声を上げた。
「あ、行きたい、行ってみたい! ケーキスタンドいっぱいの甘いもの食べてみたい!」
「だよね、だよね! 他にもゲームや声優のイベントステージとか一度行ってみたいし、外に出掛けるのが億劫なら家でたこパとか!」
「たこパ! いいね、たこ焼きも作ってみたい! けどあの器具、どこで売ってるんだろ?」
「ホームセンターに行けばあるんじゃないかな?」
「ホームセンターといえば、テントとかよく展示されてるよね。庭やベランダでキャンプとか!」
「そういやこないだ実演販売してたトルコアイスって気になってるんだけど!」
「あ、知ってる! あのぐにょーんってすっごく伸びるやつ!」
晃成をよそに盛り上がる莉子と涼香。
まったくもっていつも通り、いや普段以上に騒がしい。
だがそこには、故意にはしゃいで晃成の気持ちを盛り上げようというのもあるのだろう。
そして、それがわからない晃成ではない。
祐真と目が合えば、互いに困ったような顔を作る。
「莉子のやつ、昨日の今日でテンション違い過ぎだってーの」
「ま、そこが油長のいいところだろ。それはそれとして、俺はバーベキューとかやってみたいな」
「おいおい、祐真まで」
「バーベキュー! それもいいですね、河合先輩!」
「お肉! あたしもお肉食べたい!」
「莉子に涼香も……ったく」
祐真も莉子や涼香と一緒になって茶化せば、晃成もつい釣られて笑みを零す。その目は、くよくよしても仕方がないなという色に変わりつつあった。
それを捉えた莉子は、ぐいっと晃成の前へ一歩踏み込む。
「で、晃成先輩は何かやりたいこととかないんですか?」
「んー、やっぱ思いっきり肉を食べたいかな。でもアウトドア系も気になるかも。ボルタリングとかちょっと興味あったり」
「あ、壁とか登るやつ!」
「そうそう、難しそうだけど、どれだけ難しいのか一度――」
「私もちょっとそれ興味――」
晃成の声色は固く、口調もぎこちないものの、それでも少しずつ莉子と話を弾ませるうちに顔から険しいものが取れていくようだった。
やはり、晃成に元気がないとこちらも調子が狂ってしまう。だからこれは莉子のお手柄だ。
祐真と涼香はいつものようにじゃれ合いだした2人を見て、肩を竦めて笑った。
◇
懸念していたことがあっさりと解決した。
そのことが顔に出ていたのだろう。
昼休み、図書室の受付をしていた祐真は、少し遅れてやってきた紗雪に揶揄うような声を掛けられた。
「あら、河合くん、何かいいことありました?」
「え?」
「いえ、明らかに昨日よりご機嫌でしたから」
口に手を当て、くすくすと笑う紗雪。
胸の内を見透かされた祐真は、まいったなとばかりに赤くなった頬を掻く。
思えば紗雪は昨日もこの間も、特に事情を聞くわけでもなく、この場に受け入れてくれていた。
それに完全に無関係とはいえないだろう。だからつい、報告がてら事情を話す。
「晃成のやつさ、そりゃもうこっぴどくフラれたんだ。で、すっごく落ち込んだところで油長とも揉めちゃって」
「えぇっ!?」
「けど、油長とはあっさり仲直りして、今頃どこに遊びに行く計画してるんじゃないかな? ったく、喧嘩するほど仲がいいってのを目の当たりにしたよ」
「まぁ! ……ふふっ、でもそういう関係っていいですね」
そう言って紗雪は眩しそうに目を細め、どこか羨ましさを滲ませた声色で呟く。
そして図書準備室手前にあるブックトラックへと足を向けた。
よくよく見てみれば、いくつかの返却すべき本が溜まっている。
祐真は一度読みかけの小説に目を落として栞を挟み、彼女の元へと向かう。
「俺も手伝うよ」
「それなら高いところにあるやつとか頼みますね」
「了解」
祐真と紗雪は本の背のラベルに貼られた記号と数字に従い、手分けして本棚へと戻していく。
元より利用者の少ない図書室のこと、さほど時間を置かず返し終える。
さて受付に戻って小説の続きでもと思った矢先、窓辺にいた紗雪が「ぁ」と驚く声を上げた。
「上田?」
なんだろうと訝しんだ祐真は、声の出どころへ向かう。
すると紗雪は一瞬びくりと肩を震わせ、目を泳がせる。
その何かありましたかというあからさまな態度に、首を傾げる祐真。
やがて紗雪は観念したかのように、眉を寄せながら窓の外へと視線を促した。
「あれを……」
「…………え、涼香?」
思わず息を呑む祐真。
眼下に広がる校舎の裏手、2つ並んだ特徴的な木のすぐ傍で、最近見慣れつつある可愛くなった涼香の後ろ姿と、やけに軽薄そうな髪と着崩した制服の男子の姿が見えた。
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