第24話 そんな綺麗なもんじゃないよ
涼香は学校に向かって同じ制服が列を作っている通学路を、一心不乱に莉子を目指して追いかけていく。
「待って、りっちゃん! 待ってってば!」
ただでさえ目立っているのに、大声で呼びかければ必然、一体どうしたことかと周囲からの好奇の視線を集め突き刺さる。
だけど、そんなの気にしてなんかいられない。
先ほどの莉子の反応は意外だった。
だけど気持ちが痛いほどよくわかった。
そして、莉子が涼香の思っている以上に兄を本気で思っていたということも。
懸命に足を動かすものの、2人の差は一向に縮まらない。
っそれは莉子の逃避か、はたまた拒絶か。
わからない。ただ、今の莉子を放ってはおけないという思いに突き動かされ、追いかける。
「――――ぁ」
「りっちゃん!」
その時、莉子が足を縺れさせた。
涼香はこれでもかと手を伸ばし、間一髪その手を掴む。
莉子は顔を伏せ、息を切らしている。
きっと、今の顔は見られたくないだろう。
とはいえ、通学路で立ち尽くしているわけにもいかない。
涼香は息を整えると、手を繋いだまま、ゆっくりと学校へと促す。
莉子は特に抵抗することもなく、一緒に向かい始めた。
「…………」
「…………」
ただただ無言で歩く。
今までだって、学校の仲の良いグループでフラれた子は見てきている。
もっとも、そういう時は決まって少し離れて静観していたので、こういう時どんな言葉をかけていいかわからない。
そもそも莉子は別に晃成と付き合っていたわけでも、告白してフラれたわけでもないのだ。
ただ晃成がフラれる現場を目の当たりにして勝手に共感し、気持ちを昂らせただけ。
やがて校門が見えてきた。
莉子から繋いでいた手を、ギュッと強く握りしめられる。
このまま教室へ行くような気分じゃないのだろう。
涼香は莉子の横顔に落とされた暗い影と涙の跡を見て、眉を寄せながら提案した。
「顔、洗いに行こっか」
「…………うん」
◇
なるべく静かで人が居ないところを求め、やってきたのは家庭科室や美術室、化学室などがある特別棟の女子トイレ。
一般教室棟や朝練で使われているグラウンドの喧騒も遠く、薄皮隔てられたこの場所は、どこか非日常じみている。
鏡に映った自分を見つめた莉子は、呆れた声を上げた。
「ひどい顔」
「アレだけギャン泣きしたらねー」
「あーあ、目もすっかり腫れちゃってるや」
「完全に一重になっちゃってるね」
「うー、最悪。どうやって誤魔化そ」
「昨夜めっちゃ泣ける映画見た、とかは?」
「タイトル聞かれたらどうすんのさ」
「あは、確かに」
顔を洗い、身だしなみを整える莉子とそんな軽口を叩いて笑い合う。
どうやら莉子の気持ちも落ち着き、表面上はいつもの調子を取り戻したようだった。涼香はそのことに、ホッと胸を撫で下ろす。
莉子は顔を取り繕い終えると、鏡越しに気恥ずかしそうにしながらお礼を述べた。
「すずちゃん、ありがとね」
「ん、別にこれくらい」
「あ~、ホント最悪。どうしてあんなこと言っちゃったかなぁ」
「しょうがないよ、ほら、昨日のアレはあたしも見ていてきつかったし」
「……うぅ、違うの」
「違う?」
莉子はそこで言葉を区切り、力なくふるふると
そして鏡に自嘲的な笑みを写しながら、愚痴るかのように言葉を零す。
「もうさ、すずちゃんには私の気持ちはバレてると思うけど」
「それは、まぁ……」
「さっきね、私が泣いたのは言葉の通りの悔しかったじゃないんだ。そんな綺麗なもんじゃないよ」
「…………え?」
涼香は莉子の言っていることがよくわからなかった。
昨日、あの現場を目の当たりにした時、まるで兄に見せつけるかのようにカレシ連れでやってきた女に対し、まず最初に胸に生じた感情は怒りだった。次いで、悔しさ。
だから先ほどの莉子の叫びは、正に涼香の気持ちを代弁していたものでもあった。それだけに梨花に苦しみ、眉を寄せてしまう。
莉子はこちらに振り返ると、フッと浅い笑みを浮かべながら、自分を嘲り傷付けるかのように口を開く。
「あの時さ、晃成先輩がもう未練なんてなくて、あの人のことを吹っ切ろうとしてるのがわかったから――私、喜んじゃったんだ。これで私を見てくれるかも、チャンスが巡ってくるかも、フラれてよかったって……っ!」
「りっちゃん……」
「あれだけ傷付いてる姿を目の当たりにしてるのにさ、それを嬉しいと思うとか! 自分の都合ばかりで相手のこと考えてなくて……ほんと、最低だよっ!」
「それ、は……」
言いたいことを一気に言い切り、はぁはぁと息を切らす莉子。
息を整えるため、ふぅ~~と大きな深呼吸を1つ。パシンッと両手の頬を叩き、スッと背筋を伸ばす。
そしてぎこちなくニッと絵がを作りながら、手のひらをこちらに向けてきた。
「すずちゃん、色々聞いてくれてありがと」
「別にあたしは、何も……」
「そろそろ予鈴なっちゃうし、教室行こ?」
「……うん」
その手を掴み、一緒に教室へと向かう。
涼香は努めていつも通りであろうとする親友の横顔を、まじまじと眺める。
好きな人のことで勝手に傷付いて、落ち込んで、喜んで、そんな自分に失望して、あぁ本当に忙しない。
それだけじゃない。あぁやはり、恋愛なんかに振り回され、周囲に迷惑をかけたりするだなんて、改めてバカみたいだと感じる。
「……どうしたの? まだ私の顔、変だったりする?」
「うぅん、なんでもない」
だけどどうしてか、この恋に焦がれ振り回されている親友の姿が、眩しいだなんて思ってしまった。
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