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第23話 悔しくないんですか?
翌朝、いつもの待ち合わせ場所。
少し遅れてやってきた晃成は頭を掻きながら開口一番、昨日のことを少し気恥ずかしそうにしつつ、やけに明るい声色で報告した。
「いっやー、先輩カレシがいるってさ!」
言葉を詰まらせる祐真。
晃成はなんてことない風を装い笑っているけれど、赤くなった目と隈に荒れた肌が、見るからに一晩中泣き腫らしていたことを示していて。
その明らかな瘦せ我慢に、何を話していいか分からない。
晃成の心境を考えると胸が痛む。
しかし折角の空元気を無為にはできず、祐真は曖昧な笑みを浮かべ、努めて明るい声を意識して言葉を捻りだした。
「そ、そうか、残念だったな」
「まぁ、綺麗で素敵な人だからな、むしろカレシいない方がおかしいというか、いて当然というか」
「あぁ、うん……」
「いやぁ、それにしても本気で好きになっちゃう前でよかったよ。傷が浅くて済んだっていうかさ、もしそうなってたら今頃オレ、立ち直れなくて引きこもりになってたかもあ、でもさすがにしばらくバイト行くのはちょっと抵抗があるかなーって……ははっ、そろそろ駅へ向かおうぜ」
「……晃成」
晃成の言葉はまるで自分に言い聞かせるかのような饒舌さで、しかし最後の方は若干涙声が混じっていた。すかさず目尻に浮かびそうになったものを見られまいと身を翻し、足早に駅へと向かう。
祐真はそんな親友の姿にくしゃりと顔を歪めていると、涼香が感情の読めない個体声色で呟いた。
「お兄ちゃん、昨日帰ってきたの夜中だったんだよね。で、ずっとあの調子」
「それは…………困ったな」
「見てる方が痛々しいってーの」
そう言って涼香は眉を寄せる。
無理をしているのがわかっていても、本人が大丈夫と言うならば、事情が事情だけに深く踏み込むわけにもいかない。
やがて先に行った晃成は、中々やって来ない2人を訝しんだのか、「おーい」と声と共に手を上げる。
祐真と涼香は、困った顔を見合わせ、追いかけた。
◇
その後も晃成は、バイトの先輩のことを喋り続ける。
祐真と涼香はその先輩のことをよく知らないので、適当に相槌を打つくらいしかできない。それでも晃成は先輩のことを語り続けた。
まるで話している間は、余計なことを考えずに済むからというように。
そしていつもの駅で乗り合わせてきた莉子に、晃成はまたも努めて笑顔を作り、明るく昨日のことを告げる。
「いやぁ~、フラれちまった! 先輩さ、カレシいるんだって」
「…………晃成、先輩」
晃成のあからさまな態度に、動揺から目を泳がせる莉子。
祐真と涼香の目と合うも、苦笑を返すのみ。
場にもどかしい空気が立ち込めるものの、晃成は気にせず、しかし少し申し訳なさそうに莉子へと話しかける。
「莉子には色々相談に乗ってもらったってのに、なんかこういう結果になっちまって申し訳ないというか」
「いや、それは……」
「ま、悪いことばかりじゃなかったけどね。イメチェンしたり、服とかもいいの買えたし、デートスポットとか話題のモノとか詳しくなったしな! 色々今までと世界が変わったぜ」
「晃成先輩、すごくその辺頑張りましたもんね。私、ずっと近くで見てましたもん」
「でもま、その努力はフラれちゃって全部パーになったけどな。あは、あははは……」
「…………あはは、って」「晃成……」「お兄ちゃん……」
晃成が漏らした最後の笑い声は力がなく、嗚咽交じりの泣き笑いの様にも聞こえた。いや、真実そうなのかもしれない。
重苦しい空気が圧し掛かる。
「「「「…………」」」」
誰も何を言っていいか分からず、口を噤む。
しかしこうなるのは晃成の本意ではないのだろう。
晃成はこほんと咳払いをし、どこか懐かしむように言葉を紡ぐ。
「結果としてアレだったけどさ、いい夢を見させてもらったよ。自分らしくないこともたくさんしたけど、なんだかんだ楽しかったし、良い思い出さ。まぁ、もっと早くカレシが居るって言って欲しかったってのはあるけどね」
それは諦めと悲しみと、だけど感謝にも似た声色だった。
これは仕方のないことだと。
事故みたいなものだと。
そんなことを嘯く晃成に、莉子はビクリと肩を震わせ、顔を伏せたまま地獄の底から響くような、彼女らしからぬ低い声で言う。
「なに、それ」
「え?」
「晃成先輩は悔しくないんですか?」
「悔しいって……?」
「とぼけないで下さいっ! 晃成先輩はっ、バカにされたんですよ! カレシが居るにもかかわらず、そのことを黙って弄んでっ! いざ本気になってきたから、慌ててネタバラシして傷つけて……ッ!」
「莉子、それは違――」
「違わないもんっ!」
「――っ!」
そこで莉子は勢いよく顔を上げ、グッと晃成の胸倉を掴みかかり、涙を悔しさで溢れさせながら叫ぶ。
「じゃなきゃ、あの時にカレシなんてわざわざ見せつけるように連れてこないでしょ! 言葉でやんわりと伝えればいいだけなのに! どうしてそんなことするの!? 信じられない! 私ならそんなことしない! あの時の晃成先輩がどれだけ傷付いてたのか、わかんないの!?」
「おい、莉子……」
「晃成先輩もいっそ、あのクソ女もう勝手にしろとか、最低な奴とか言ってください! あれだけ真剣だったんだから、言う権利がありますよ! なのに、なのに、されっぱなしで……私、悔しい……悔しいよ……うぅ、うぁ……うあああああああああ、あああああああ~~っ」
「お、おい、泣くなよ……」「油長……」「りっちゃん……」
莉子はそのまま天を仰ぎ、胸に溜め込んだ感情を決壊させた。
人目も憚らず大号泣。
周囲の奇異な視線が集まる中、晃成だけじゃなく祐真と涼香もどうしていいかわからず、オロオロするばかり。
やがて学校への駅へと着き、莉子は扉が開くなり無理矢理口を噤み、制服の袖で涙を拭いながら駆け出していく。
「っ!」
「りっちゃん! ……あたし、追いかけるっ!」
すかさず、莉子の後を追いかける涼香。
「あ、待てって!」
「晃成……っ!」
晃成もそれに続こうとするも、祐真は彼の肩を強く掴んで制止する。
晃成はどうしてとばかりの顔を向けてくるが、祐真は
「俺、さ……さっきの油長の気持ち、すごくよくわかるよ」
「祐真……?」
「すまん……昨日、あの場に俺たちもいたんだ」
「え…………そ、っか……」
祐真が隠していたことを告げれば、晃成はバツの悪い、なんとも複雑に表情を歪めるのだった。
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