第22話 なに、それ……っ
莉子はきゅっと唇を結び、瞑目しながら自らに問いかけるかのように言葉を返す。
「……その人の特別になりたいというか、自分だけを見て欲しくなるというか」
「じゃあさ、その好きな人に自分以外の好きな人がいたら、どうする?」
「それは……すごく嫉妬するし、ヤキモチを妬くと思うけど、好きな人が幸せになるよう応援したいというか、いっそ付き合ってくれた方が諦めが着くというか……」
「…………」「…………」
莉子は睫毛を伏せつつ、硬い声色で答える。
それは暗に莉子の晃成への態度と想いを示していて、何も言えなくなってしまう。
しばしの沈黙。
そこへ涼香がどこか諦めまじりの言葉を重ねた。
「あたしはね、ゆーくんに好きな人が居たって聞いても、全然何も感じなかった」
「えっ!? 河合先輩に好きな人……!?」
「うん、そう。あーそうだったんだって、どこか他人事だった。何も思わなかった。だからきっと、この好きは恋愛的なすきじゃないって思い知っちゃったんだ」
祐真に好きな人が居たと聞いて、驚きの目を向けてくる莉子。
祐真は苦笑しつつ、人差し指で頬を掻きながら、なんてことない風に答える。
「ま、結局フラれたけどな」
「そう、だったんですか……」
「そういうわけだから、恋愛感情をもってない
それを言ってしまえば、祐真も同類だ。互いに自らに向けた呆れた笑みを交わす。
「……」「……」「……」
この場に沈黙と共に、なんとも神妙な空気に染まろうとする。
涼香はそうはさせまいと、努めて明るい声を上げた。
「ところでりっちゃん、今日はどうしたの? 何か予定でもあった? あ、そういや前からこのへんに行列できるパンケーキの店あったよねー」
「っ! わ、私も前からそこ気になっていて、今日の晃成先輩に感化されて食べたくなったというか、でも1人で並ぶのはちょっとアレかなーって怖気づいちゃって……っ」
莉子の変化は劇的だった。
涼香がパンケーキの話題をチラつかせればすぐさま食いつき、先ほどまでの空気はどこへやら、早口で話し始める。祐真と涼香の口元も緩む。
「ん~、それなら一緒にその店行ってみない? あたしたち特に他に予定とかないし。いいよね、ゆーくん?」
「あぁ、俺はかまわないぞ」
「ほんと!?」
「うんうん、行こうよりっちゃん」
莉子はみるみる目を輝かせ、胸の前で握り拳を作ってぴょんと跳ねる。喜びを全身で表していた。
その店というのは、きっと晃成が行っている店なのだろう。今までの間に聞き出していたに違いない。
晃成のことが気になっているが、1人では勇気が持てなくて。
しかし涼香と祐真というお供と、一緒に話題の店に行くという大義名分を得た莉子は、意気揚々と2人を急かす様に先頭に立つ。
「聞いた話だとすっごくふわふわで、スプーンで掬えちゃうくらいで、口の中で溶けていくかのようなんだって! すごくない!?」
「え、スプーンで!? プリンみたいな感じ? でも口の中で溶けちゃうって!」
「そう言われると気になってくるな」
「注文受けてメレンゲから作るみたいで、結構時間がかかるみたい。だから行列が出来ちゃってるみたいなんだけど、味だけじゃなく内装も――」
そして莉子は店について嬉々として話し出す。行ったことないのにこれだけ詳しいのは、一体誰の為なのやら。
彼女の胸中を思えば複雑だった。
チラリと涼香を見てみれば、なんとも曖昧な笑みを浮かべている。
「あ、あそこ! あそこだよ、あそこ!」
やがてとあるビル前に、長蛇の列が見えてきた。
オープンテラスのその店は一目でオシャレとわかる外観をしており、涼香と莉子は「「わぁ」」と歓声を上げる。
ここまで甘くおいしそうな匂いが漂ってきており、今もふらふらと誘われるように集まる多くの人たち。少々場違いかもと気圧される祐真。
「すっごい人だね、あたしらも並ぼうよ!」
「わかった、わかったって」
「…………っ」
すっかりパンケーキモードになってそわそわしている涼香がせっつき、祐真も苦笑しつつそれに続こうとする。
しかし一番来たかったはずの莉子は動かず、その場で固まってしまっていた。その顔は青褪めており、今にも倒れてしまいそう
「りっちゃん……?」
訝しんだ涼香が声を掛けると、莉子はビクリと肩を震わし、そしてゆっくりと震える指先で店内のとある場所を示す。
祐真と涼香はそこを見て――思わず息を呑み、何とも言えない声が漏れた
「お兄ちゃん」「晃成」
店内の奥まったところの席に、晃成の後ろ姿が見えた。まるで生気を感じさせないように微動だにせず、まるで意思のない彫像のごとく。
その目の前には大人びた綺麗な女性と、彼女と仲睦まじそうにしている長身で爽やかな男性。
確認しなくても分かる。
晃成の想い人であるバイトの先輩と、おそらく彼女のカレシだろう。
……晃成は、わかりやすい奴なのだ。
きっとバイトの先輩にもその想いはとっくにバレていたに違いない。
それにしてもこのタイミングで、とは思う。
彼らは積極的に晃成に話を振っているようだったが、どうにも空滑り。困った顔をしている。
しばらく見守っていたが、晃成は微塵も動かなかった。
やがて彼らはパンケーキを食べ終え、バイトの先輩は晃成に声を掛け、カレシは伝票を掴んでレジで支払いを済ます。そして2人は手を繋いで店を後にした。
後に残された晃成は、ただただ手つかずのパンケーキを見つめている。
「…………」
「…………」
「…………」
重苦しい空気が圧し掛かる。
この腐れ縁の親友のことを思うと、胸が張り裂けそうに痛み、ぎゅっと胸のシャツを掴む。それは涼香も同じようだった。
莉子はまるで魂が抜けたように眺めていたかと思うと、ぎゅっと爪が皮膚に食い込むほど強く拳を握りしめ、沸き立つ怒りを抑えきれないとばかりの声色で呟く。
「なに、それ……っ」
「りっちゃん!」「油長っ!」
今すぐ去っていた彼らに掴みかからんばかりに駆け出そうとする莉子を、祐真は腕を、涼香は肩を掴んで制止する。
莉子は瞳を潤ませ、どうしてと言わんばかりの表情で睨みつけてくるが、祐真と涼香は小さく頭を振るのみ。
別に、誰が悪いというわけではないのだろう。
彼らを問い詰めたり糾弾したところで、なんにもならない。
ここで晃成に声を掛ければ、この一連の見られたくないであろう場面を見ていたと知らせることになり、酷だろう。今はそっとしておくべきだ。痛む頭に手を当てる。
――あぁ、だから恋愛なんてめんどうなんだ。
祐真は憤怒、哀切、困惑といった様々な感情を渦巻く心を押し殺し、この場を収める言葉を捻りだした。
「パンケーキ、今度に機会にしよっか」
涼香と莉子は懊悩を隠せない表情で逡巡することしばし。
やがて重々しく頷いた。
※※※※※※
これにて3章終幕
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