第20話 予期せぬ出会い
祐真と涼香はその足で、いくつもの専門店を擁する商業施設へとやってきた。
一階から順に店頭に飾られているマネキンモデルの服を眺めつつ、琴線に触れたものがあるものがあれば中へ。
そんなことをいくつか繰り返し、やってきたとある店で、祐真は眉間に皺を寄せて低い唸り声を上げていた。
「うぅん、何か違う」
「そう? あたしはこれも素敵だと思うんだけど」
「うーんん、髪の色とも合うと思ってたけど、なんかピンとこなくて……すまん」
「そっか。まぁここまで来たら、とことん付き合うよ。しかしまぁ服を選ぶのって、こんなに体力を使うもんなんだねぇ~」
涼香は若干、疲れと呆れの混じった声を漏らす。
こあれまでも何軒もの店に入っては、いくつもの試着をしてきた。累計だとどれだけしたことか。
着せ替え人形さながらに、祐真の納得いくまでの買い物に付き合わせている状況。
「すまんな」
「いいよ、どうせならゆーくんの好みに合わせたいからね」
申し訳なさから謝れば、茶目っ気たっぷりにいつぞやの自分と同じ言葉を返され、ドキリと胸が跳ねた。
気恥ずかしさから熱くなった頬を人差し指で掻き顔を背け、次はどの服をと店内に自然を走らせる。
横から涼香の忍び笑いを聞いていると、店員と思しきやけににこにこした女性が話しかけてきた。
「あの……こちらとかどうでしょう?」
「え、これは……?」
「是非試してみてください! ね?」
「あ、はい。涼香……?」
「う、うん、試着してみるね」
いきなりのことに面食らう祐真と涼香。
どうすれば、と考える間もなく、戸惑いつつ店員さんの強引さに流されるように服を受け渡す。
店員さんはただ、にこにことしているばかり。
涼香が着替える中、気まずい空気を持て余す祐真。
やがて「着たよ」と硬い声と共に試着室から出てきた涼香が姿を現し、そして祐真は「ほぅ」と感嘆の声を漏らす。
「……どう、かな?」
「……うん、いい」
店員が選んだ可愛らしく華やかなワンピースは、さすがプロというべきか、涼香にとても似合っていた。思わず見惚れてしまうほどに。
パンッと手を合わせて笑顔を咲かす店員は、うんうんと頷きながら口を開く。
「いいですね、うんうん、いいですよー! カレシさんの好みはガーリーで可愛らしい系ってのは見ててもわかるんだけど、カノジョさんは結構背があるからちぐはぐになっちゃってて。その辺のバランスが取れたものを選んだんだけど、ぴったり!」
「か、カノジョじゃ……っ」
カレシ、カノジョという言葉に思わず驚きの声を上げる祐真。
確かにシチュエーション的にはそう見えるかもしれない。
すると涼香は笑いながら手を振り、否定の言葉を返した。
「あはは、カレシカノジョじゃないですよ。小さい頃からの兄の親友の知り合い? あれ、これ幼馴染といっていいのかな?」
「あぁ、そんなとこだな。付き合ってないです」
「えぇっ!? こんなに仲が良さそうだから、てっきり! そのまま付き合っちゃえばいいのに!」
「いやぁ、今更ときめいたりできないかなぁ……ゆーくんは?」
「俺も。涼香のことは知り過ぎちゃってるし、何かが変わりそうにないんだよなぁ」
そう、肉体関係を結ぶようになっても。
だよねー、と顔を見合わせ苦笑いする祐真と涼香。
店員は目をぱちくりさせた後、「あらあら!」といってさらに笑みを深めるばかり。
祐真たちは店員の笑みの意味がわからず、勧められたワンピースを購入し、着たまま店を後にした。
◇
その辺を当てもなく適当に歩きながら、涼香は解放されたという気持ちを示すかのように伸びをする。
「んん~、しかしいいの見つかってよかったよ。今度りっちゃんを驚かせてやろっと」
「あははっ、でもそれを選んでよかったのか? プロの人の見立てだから間違いはないと思うけど……」
「あ、これ決め手になったのは、大きな理由がありまして」
「理由?」
すると涼香はにやりと三日月型に歪めた口を、耳元の寄せて囁く。
「この服さ、ゆーちゃんホテルでメイド服を着た時と同じ反応してたから」
「あー……」
納得の理由だった。
無自覚だった、とはいえ思い返すと覚えがあるわけで、見抜かれていても当然。
「この格好にムラッてきたら、相手したげるよ?」
「いや、当分は大丈夫」
「当分なんだ」
「……早めに家に帰るまでは」
「あはっ、正直!」
そう言って祐真と涼香は、おかしそうに笑い合う。
ひとしきり笑った後、涼香は目尻の涙を拭いながら、しみじみと言う。
「しかしやっぱり、あたしとゆーくんって端から見ると、カップルに見えるんだねぇ。試しに手でも繋いでみる?」
「あ、おいっ!」
そう言ってすかさず手を取り指を絡めてくる涼香。いわゆる恋人繋ぎだ。
じんわりと手が暖かいが、それだけ。
涼香も困ったように眉を寄せる。
「やっぱりホテル入る前もそうだったけど、ドキドキとかキュンとかしないね」
「俺もだよ。残念ながら、涼香のカレシはつとめられないらしい」
「あはっ、奇遇だね、あたしもだよ!」
「ははっ」
そう言って顔を見せ合い笑い合う。
「でも、今日みたいな服選びも楽しいね。やっぱりあたし、恋愛とかそういうのより、ゆーくんとこうして遊ぶ方が好きだなぁ」
「だから俺も、カノジョとかも別にいいって思うんだよな。晃成みたいに気を遣うのってちょっと……というか」
「そうそう、あたしも一緒! えっちもさせてくれるしね!」
「お世話になってます」
「ふふっ、よろしい」
大仰に頷く涼香。
なんとも気心知れたやりとりに心が弾む。
恋愛に一生懸命になっている晃成には悪いが、その良さはまだよくわからない。
こういう関係も悪くない。
そんなことを考えていると、不意に聞き慣れた、しかし不思議そうな声を掛けられた。
「すずちゃん……それに河合先輩?」
「り、りっちゃん」「油長」
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