第19話 さて、どーっすかなー



 それから2時間後、お昼には少し早いといった頃。

 たっぷりとラブホテルを楽しんだ涼香は、ほほをやけツヤツヤさせながら外に出るなりぐぐーっと大きく伸びをしつつ、晴れ晴れと満足そうな声を上げた。


「あ~、スッキリした!」

「あれだけ声を出せばな。というか、いつもはあれだけ声を我慢してたんだな」

「そうそう、大変なんだよ~。だから今日はもう、大満足! また来たいね~、他のとこも行ってみたいし!」

「けど頻繁に、ってなると金が……バイトでも探すか?」

「あはっ、バイトの動機が不純だ!」

「そもそもこの関係が不純だし」

「あはっ、確かに!」


 ケラケラと笑う涼香。

 そしてにんまりと笑みを浮かべ、片手で口を隠しながらもう片方の手でポンポンと祐真の肩を、揶揄うように叩く。


「それにしてもゆーくん、メイドが好きだっただなんてベタだねぇ~、男の子だねぇ~」

「うるさいな、別にいいだろ」

「ん~、そんな好きならメイド服買っちゃう? 確か売ってるショップ、近くにあったよね」

「む、いくらするんだろ……って、買ったところでどこに置くさ?」

「ふふっ、それもそうだ」


 そんなことを話しながら繁華街に戻っていく祐真と涼香。

 休日かつお昼時ということもあって今朝とは違って多くの人が行き交っており、ラブホテル街から来たことを悟られぬよう、人波の中へと身体を滑らせる。

 無事に周囲に馴染めたことにホッと息を吐きつつ適当にブラブラ彷徨っていると、涼香がなんてない風に話しかけてきた。


「さて、今日の目的は果たしたわけだけど、せっかくここまで出てきたんだし、このまま帰るのはもったいないよね。どうしよっか?」

「とりあえず、何か食わね? 腹減ったよ」

「あはは、あれだけ動けばね。どこにする?」

「いつものハンバーガーでいいだろ。あそこ、2つ買うと半額キャンペーンやってるし。とにかく今は量が食べたい」

「んじゃ、そうしよっか」



 いつものところこと、この繁華街に来る度によく利用するハンバーガーチェーン店に入り、注文と商品を受け取り、奥まったところにあるボックス席に座る。

 周囲には祐真や涼香と同じように、これから遊びに繰り出す算段をしたり腹ごしらえをしている人たち。


「さて、どうすっかなー。無難にカラオケでも行く?」

「いやぁ、今日は大声出しまくったからなぁ。バッティングセンターとかは?」

「ん、俺は腰がちょっと」

「あはは、あたしらダメダメだね」

「ははっ、そうだな。映画は……今なにやってんだろ?」

「ん~、……見てみた感じ、特に面白そうなものはないねー」


 互いにハンバーガーを齧りながら、そんなくだらない話をする。

 するとその時、2人のスマホが通知を告げた。

 何だろうと思って覗いてみると、莉子を含めた4人のグループチャットには、《今日の先輩と会うためのコーデ、これでいいか?》という文言と共に髪と服をバッチリ決めた晃成の写真。

 垢抜けて爽やかな感じで、ついこの間までを知るだけに、思わず2人揃って「「おぉ」」と感嘆の声を漏らす。

 そんな中、すかさず反応したのは莉子だった。


《わ、晃成先輩が晃成先輩じゃないみたい。さすが私の見立て、よく似合ってる! 馬子にも衣装!》

《一言余計だってーの!》

《いやまぁ、油長じゃないけど、見違えたぞ晃成。いいんじゃないか、自信持てよ》

《うんうん、我が兄ながら感心したよ~》

《え、あ、そう?》


 どうやら晃成は、これから先輩と先日のお礼のパンケーキを食べに行くらしい。

 だから、色々と気になっているのだろう。

 文面からも晃成の緊張が伝わってきて、くすりと笑みを零す。

 今も莉子から《緊張で何も話せなかったりして》と言われれば、《ありえそうで怖い》と日和っている。

 そんなやり取りを微笑ましく眺めていると、ふいに涼香が「あ!」と、何かいいことを思い付いたとばかりに声を上げた。


「ね、服買いに行こうよ」

「服?」

「いやほら、あたし今日みたいなのというか、ロクなの持ってないし。せっかく髪とかイメチェンしたのにさ、その辺追いついてないというか、勿体ないというか」

「ははっ、勿体ない、か」


 そんな物言いが涼香らしい。

 祐真が思わず笑い声を上げれば、頬を膨らませた涼香に脇腹を抓られ身を捩らせる。

 涼香は言い訳を紡ぐように口を開く。


「ほら、今まで機能性ばかり重視して服とか選んできたからさ、どういうのがあたしに似合うのかわからなくて」

「なるほどな、客観的な意見が欲しいと」

「そゆこと」

「いいぜ。他にすることもないし、付き合うよ」

「やた!」


 言うや否や涼香は残りのハンバーガーをぺろりと一口で頬張り、指に付いたソースを舐めて立ち上がる。

 祐真も同じようにポテトの残りを口の中に詰め込み、コーラで流し込んで、一緒に店を出た。




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