第18話 ラブホテル



 日曜日の朝早く、祐真と涼香は電車に揺られ、いつもよく遊びに行く繁華街へと来ていた。

 街はまだ夢の中といった様相で、わずかに24時間営業のコンビニやファミレスが開いている程度。

 歩く人もまばらで、そのほとんどがゴミ出しに来ている人ばかり。

 そんな時間にしたのは、万が一に備え、知り合いに見られないためにだった。

 もっとも祐真と涼香の、早く行きたいという気持ちからというのも大きいが。

 祐真と涼香はそんな初めて見る街の顔を眺めながら、場所だけは噂でだけ聞いていたラブホテル街へと期待と好奇心混じりで浮き立ちながら、足早に向かう。

 大通りから外れ足を踏み入れたそこは、明らかに繁華街とは空気が違った。やけに静かで、心なしか薄暗く、まるで深海にいるかの様。

 表ではまず見ないような外観のビルに、奇抜なデザインロゴの看板に、ラブホテル以外にもバーやライブハウスも見られる。そんな中にあるコンビニがやけに浮いており、まるで自分たちみたいだった。

 高校生にとって縁遠い場所を歩きながら、涼香は物珍しそうにキョロキョロと見渡し、少し弾んだ声を上げる。


「なんか、すごいね……」

「あぁ、ちょっと違和感というか……てか、こんな時間からやってるもんなんだな」

「場所によっては24時間やってるみたいだし」

「へぇ、まぁこれだけあればな。船とか城とか……え、電車?」

「色々あるよね。どこにする? せっかくだからちょっと変わったところがいいけど」

「でも最初は普通のやつでもいいんじゃね? 他のと比較するためにさ」

「むむ、一理ある。とりあえず一通り見てみて……うん?」


 その時、目の前から若い男女が腕を組みながら歩いてきた。

 なんとなしに避けるように端に寄け、彼らを窺う。

 大学生くらいだろうか? 明らかに甘ったるい空気を振り撒きながら睦言を繰り合い、自分たちの世界に入っている。

 彼らの他にも会社帰りと思しき人や、案外年配の人も見て取れた。

 おそらく、泊まりからの帰りなのだろう。

 祐真と涼香は何とも言えない顔を見合わせる。


「ゆーくん、あたしらも腕とか組んでみる?」

「……なんか今さらだけど、照れるな」


 そう言って涼香が腕を取り、絡ませてくる。

 散々素肌を晒し、重ねてきたというのに、どうしてか外で腕を組むことに妙な照れがあった。それは涼香も同じの様で、「なんか変な感じ」といって苦笑い。

 祐真も眉を寄せて頷きつつ、何か別の話題がないかと周囲に視線を走らせる。

 すると涼香が困ったような声を漏らした。


「うーん、失敗したかなぁ」

「失敗……って、なにが?」

「服だよ、服」

「服?」


 ほら、と涼香に促されて周囲を歩く女性たちを見てみると、皆一様にオシャレで華やかだ。

 一方涼香はといえば、見慣れたフード付きのシャツに穿き慣れたジーンズ。いつも遊びに行く時の格好だ。もっとも祐真も同じようなものだが。


「ほら、皆デート服? オシャレで、なんかあたし、場違いというか浮いちゃってる気がして」

「否定はできないな。そりゃ恋人相手に、いい姿見てもらいたいんだろうし」

「ゆーくん相手だし、そんな発想自体なかったよ」

「俺もだよ。そもそもそんな服とか持ってないし」

「ま、それはあたしもなんだけど……ってことで、あそこにしよう、あそこ!」

「……コスプレ衣装貸し出します?」

「服がなければ、現地で着替えればいいやの精神! それにコスプレってちょっと興味あったんだよねー。どんなのがあるかなー?」


 そう言って涼香はうずうずした様子で、早く行こうよと急かす。

 祐真は苦笑しつつ、腕を引っ張られる形で後に続く。

 すると涼香は後頭部越しに、しみじみとした声を零す。


「あたしさー、ちょっと前まで自分でコスプレなんて似合わないだろうし、勧められてもしなかったと思うんだよね」

「でも今の涼香なら、大抵のものは何だって似合うだろ」

「ふふっ、そう言ってもらえるの、うれしいかも」

「以前までの比較対象が酷すぎってのもあるけどな」

「あはは、ひどーい!」


 そんな風に涼香が変わったのは、きっと喜ばしいことなのだろう。祐真も頬を緩ませている。

 軽口を叩き合いながら、勢いのままにホテルの入り口を潜る。

 仄暗い、なんとも甘くも淫靡な空気が充満するエントランスにゴクリと喉を鳴らしていると、より一層身を寄せてきた涼香が愉快そうに耳打ちした。


「好きな衣装教えてね? ゆーくん好みになってあげるから」

「っ、あぁ」


 そう言って妖しく微笑む涼香は、まるで見たこともない小悪魔な貌をしていた。



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