第17話 不完全燃焼



 その日の午後の授業は、苦痛で仕方がなかった。涼香によって、すっかり身体に火を点けられたからだ。

 余裕のない表情を浮かべ、頭の中で思い描くことは、どろりと渦巻く欲望をどうやって吐き出そうとするかばかり。

 こんな状況にした涼香には、早く責任を取らせなければならないだろう。もっとも、涼香本人もそれを望んでいるのだろうけれど。

 どこかの授業中に届いた涼香からのメッセージには、簡素に《お兄ちゃん、今日バイト》とそれだけ。だけど、それで充分だった。

 しかし、随分と険しい顔をしていたのだろう。

 放課後になるや否や、晃成が気遣わしげに声を掛けてきた。


「なぁ祐真、体調でも悪いのか?」

「っ、あぁいやちょっとな」

「そうか。かなり辛そうだぞ? 家まで送ろうか?」

「いや、大丈夫、大丈夫だから! それに晃成はバイトだろ? それじゃ!」

「あ、おいっ!」


 祐真は、「あれ、オレ今日バイトだって言ったっけ?」という構成の声を置き去りに、教室を飛び出していく。

 足は自然と早足に。

 電車を待つ時間ももどかしい。

 窓から流れる景色を眺め、目的地に近付くにつれ、はやる気持ちを募らせていく。

 そして電車を降りるや否や、バネに弾かれたように駆け出す。

 脇目もふらず全力疾走。

 最速で倉本家着くも、しかし涼香はまだ帰宅していないのか、鍵が掛かっていた。

 思わず舌打ちをする祐真。

 涼香から聞いていた、もしもの時の合鍵の隠し場所から取り出し、中へ。

 そして勝手知ったる涼香の部屋へと上がり込み、ベッドに腰掛け深呼吸。

 すると息は落ち着くものの、涼香の匂いも吸い込み、余計に悶々としたものは収まらなくなっていく。

 燃え上がる気持ちの手綱を握りつつ、カバンから避妊具を取り出し、準備する。

 その時、玄関からガチャリと開く音が聞こえてきた。続けてダダダと階段を駆け上がる音。祐真も腰を上げる。


「ゆーくん」

「涼香」

「早く」

「あぁ」


 勢いよく部屋に入ってきた涼香との会話はそれだけ。

 涼香はそのまま壁に手を付き、早くしろとばかりにお尻をこちらに向け誘うように、しかしもどかしそうに振る。

 祐真はごくりと喉を鳴らし、涼香の華奢な腰を掴み――そして初体験の時の様に、理性を手放した。



 限界までの我慢を強いられた祐真は、一度だけでは全然収まらなかった。

 我に返った時には、ベッドの上で彼女を背後から組み敷いており、枕にかを埋め息も絶え絶えな涼香は、涙混じりのくぐもった声を漏らす。


「……ゆーくんのケダモノ」

「すまん、加減が……っていうか、元はといえば涼香が」

「ま、あたしが焚きつけた結果だからね、ふひひ」

「……ったく」


 涼香はのろのろと起き上がり、使用済みのゴムを摘まみ上げ、しみじみと呟く。


「にしても随分出たね。いつもより多い気がする」

「そうか?」

「しかしまぁ、あたしが言うのもなんだけど、ゆーくんは挑発されると簡単にケダモノになっちゃうね。やばくね?」

「やばいな、自分でもビックリだよ。これからはそうなる前に涼香で発散しなきゃ」

「おう、どんと任せなさい! 血の気というか精を抜いてやんよ!」

「っていうか、涼香も変に挑発するなよ」

「いっやー、初めての時もそうだったし、改めてわかったといいますか、乱暴に扱われるの結構好きみたいなんだよね。ほら、あたしたち相性抜群だよ、やったねゆーくん!」

「言ってろ!」


 にししと笑う涼香に、呆れたため息を漏らす祐真。

 自分でも知らなかったが、悶々としたものを貯め込み過ぎると暴発してしまうらしい。涼香相手にそのことが知れてよかったのやら、弱みを握られたのやら。

 そんなことを考え眉を寄せていると、同じく涼香が難しい表情で不満そうな唸り声を上げていることに気付く。

 何か祐真に言いたいことがあるのだろうか?


「どうした、涼香?」

「あーいや、そのなんて言いますか……」

「うん?」


 涼香はそこで言葉を区切り、思案顔。

 ため息を吐きながらはにかみつつ、躊躇いながら口を開く。


「えっちさ、気持ちいいのはいいんだけど」

「だけど?」

「声を我慢してるのが、ちょっとねー」

「……あぁ」


 苦笑しつつ頷く祐真。

 涼香は結構な声を出す。その度に唇で口を塞いだり、枕に顔を押しつけたりしている。

 そこを不満に思うのはわかるのだが、しかし住宅街に嬌声を響かせるわけにもいかない。

 むぅ、と小難しい顔を突き合わせることしばし。

 すると涼香は「あ!」と声を上げて手を叩く。


「そうだ、ラブホなら思いっきり声を出せるよね!」

「そう、だな……うん、そうだ」

「よし、じゃあ今度の休み、ラブホに行ってみない? 一度行ってみたかったんだよねー」

「じゃ、決まり」

「やた!」


 目を爛々と好奇の色で輝かせた涼香は、指を鳴らして喜ぶ。

 祐真はそんな幼い頃から変わらない親友の妹の姿に、声を出して笑った。


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