第13話 相互協力関係



 太陽は西空へと消えようとしていた。

 随分薄暗くなった部屋、そのベッドの上で涼香は顔を祐真の胸に顔を埋めながら、恨めしそうに呻いて言い訳を紡ぐ。


「違うから……あんなの、あたしじゃないから」

「はいはい」

「今度はあたしがゆーくんをひぃひぃ言わせてやるんだからっ」

「楽しみにしとくよ」

「その余裕がむかつく……っ」


 事後、というのに甘ったるい空気は全くといってほどなく、互いに軽口を叩き合う。

 そんな今までと変わらず、いつもの延長といったやり取り。

 ここしばらく抱え、悩んでいたものを全て吐き出したということもあり、頭はやけにスッキリしていた。

 するとやはり、気になってくることがあるわけで。

 思わずそのことがため息と共に言葉となって零れる。


「……どうしたもんかなぁ」

「ん? 何が?」

「いや、ヤッちゃったなぁって」

「そうだねぇ、ヤッちゃったねぇ」


 涼香と肉体関係を結んでしまった。

 そしてお互い、そこに恋愛感情はない。

 そのくせこれからも続けるという気がある。

 爛れた、不健全で、不誠実な関係。

 だけれども祐真の中には、確かに言えることがあった。


「でもこれ、きっと涼香だったから手を出したんだろうな。何言ってるかと思うけど、多分他の人だったらこんなことにはならなかったと思う」

「奇遇だね、あたしも自分で誘っておきながらなんだけど、ゆーくん以外には絶対こんなことしなかったと思う」

「で」

「で?」

「こう致してしまって、これからどうしたもんかなぁって」

「うーん、だけどカノジョにしろとか言うつもりが全くないんだよね、これが。そもそも付き合うとかどうでもいいし、ゆーくんじゃなくとも自分がイチャラブする姿がまったく想像できないし」

「驚くことに全く同意見なんだよな」


 お互い困った顔を見合わせる。

 対外的にも倫理的にも、外れたことをしていることは百も承知。

 セフレ、という言葉が一番近いのだろうけれど、それとは何か違う気がして。

 本来ならば、何かしらけじめをつけるべきところなのだろう。

 だけど、互いにそのつもりが全くなく、自然とこういう形になってしまった。

 祐真がそのことに眉を細めていると、涼香は肩に頭を乗せながら、自分の考えを紡ぐ。


「思うんだけどさ、あたしたちの年頃の恋愛って結局さ、性欲が基準になって振り回されてると思うんだよね。そして判断を迷わされている」

「暴論だな。まぁそれが間違ってるとは思わないけど」

「さっきまでのゆーくんがそうだったもんね」

「……うっさい」


 くすくすと揶揄う涼香の脇腹をつつけば、「うひゃっ!?」と変な声を上げて祐真の顔をねめつけ……そしてふぅ、とあからさまな大きなため息を吐く。


「あたしもさ、雑誌でイケメンの鍛えられた裸があれば食い入るようにみるし、えっちな特集が組まれてたら興味津々で読んじゃうよ。好奇心と性欲は人一倍強い自覚があるからね」

「そっちから誘ってくるくらいだからな」

「ゆーくんうっさい。……でさ、思ったわけですよ。もしちょっとカッコイイ人に煽てられて好きだとか熱心に言われたら、きっと舞い上がって身体を許すのも時間の問題だろうなぁって」

「……そうなのか?」

「ゆーくんだって、おっぱい大きくて可愛い子にアプローチ掛けられて、失敗したでしょ。それと一緒だよ」

「それはそう、だけど……」


 耳の痛い話だった。

 祐真が顔をくしゃりと歪めると、涼香はごめんとばかりに薄い笑みを浮かべ、宥めるようにちゅっと頬にキスをする。


「恋愛は……今はバカみたいだと思ってるよ。性欲とかに振り回されちゃうもん。あたしはそういう失敗したくない・・・・・・・。事前に振り回される理由を排除で来ていれば――ゆーくんもそう思わない?」

「なるほど、つまりそのための相互協力関係」

「お、カッコいい言い方。まぁ、そういうこと。ゆーくんとなら今までの延長でそういう風にできそうかなって。そんなあたしとゆーくんってのも、いいんじゃない?」

「そうかな?」

「そうだよ」


 そう言って涼香が小指を出し出してきたので、祐真も苦笑しつつ小指を絡める。

 了承したと受け取った涼香は悪戯っぽい笑みを浮かべ、耳元に唇を寄せて悪戯っぽく囁く。


「でもこんなこと、お兄ちゃんやりっちゃんには言えないね」

「バレたらどうなるか怖いな」

「ふふっ、2人だけの秘密ってことで。で、つきましてはゆーくん、臨戦態勢になっているようですが……リベンジマッチに挑戦しても?」

「よし、望むところだ」

「お、言ったねーっ!」


 そう言って涼香は淫靡に、今まで見せたことのない顔で笑う。

 祐真はドキリと背筋を震わせつつ――この親友の妹との新しく歪んだ関係に再び溺れていくのだった。


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