第11話 抱きたいと思う?



 祐真は困惑の最中にあった。

 授業中もどこか上の空、考えるのは涼香のことばかり。

 一体何が? どういうつもり? 晃成のように好きな人が出来た、というわけでもないだろう。

 涼香のことがますますわからなくなっていく。

 端的に言って、可愛かった。

 兄である晃成が、腐れ縁の親友である祐真から見ても垢抜けたのを見て、妹である涼香も磨けば光ると朧げに思ってはいたは、あれは想像以上。

 しかも、かなり祐真の好みに近い。

 それこそ、再び強く抱きたいという気持ちが溢れてしまうくらいに。

 1年の間では早速騒がれているようだった。

 この2年の教室にまで、「1年にすごい可愛い子が」「聞いた聞いた」「カレシいるのかな?」「部活とか分かるか?」といった噂が流れてくるほどに。

 それらを聞いた祐真は眉を顰めつつも、涼香がどこか遠い存在になった様に感じてしまい、胸中は複雑だった。



 そんな風に思考がまとまらないまま、昼休みになった。

 しばし呆然としていると、廊下から声を掛けられる。


「晃成せんぱーい、河合せんぱーい」

「ゆーくーん、お兄ちゃーん」


 莉子と涼香がこちらに向かって、控えめに手を振っていた。

 彼女たちに気付いた教室はにわかに騒めきだし、「あ、あの子!」「うわ、レベル高っ」「って、倉本の妹!?」「あぁ、それは納得かも」「おい、紹介しろよ!」といった声が各所で上がる。

 晃成はそんなクラスメイトをあしらいつつ、祐真の肩を叩く。


「行こうぜ、食堂でいいよな」

「……あぁ」


 涼香とちゃんと話をすると決めた手前、ここで逃げるつもりはない。

 それでも涼香の変貌は予想外なわけで、何を話していいかわからなくなっている。

 連れ立って廊下を歩き、食堂を目指す。

 早速噂になるだけあって、涼香は周囲の注目を浴びていた。

 これまでこうして視線を集めることはなかった涼香は、この状況への戸惑いが見え、照れているのか口数は極端に少ない。

 弁当なので席取りを莉子に任せ、それぞれ食券を買う。

 涼香は頼んだきつねうどんと一緒に席に着くと共に、盛大なため息を吐いた。


「皆騒ぎ過ぎ。しんどっ」

「ははっ、涼香ってばすっかり珍獣扱いだな」

「お兄ちゃん、うっさい」

「ま、それだけすずちゃんが可愛くなったからねー。河合先輩も言葉がないようだし」

「そう、だな……」


 月見そばを啜りながら、適当に相槌を打つ。

 そんな祐真をさして気にする風でなく、莉子はスマホの画面を晃成に向けた。


「ところで晃成先輩、やっぱりこのコーデが一番じゃないです?」

「そうだな、じゃあそれにするか」

「そんなあっさり」

「ん~、なんだかんだ莉子の見立ては確かだから、信用してるし」

「も、もぅ、そんなこと言って!」


 どうやら晃成の服に関して、大詰めを迎えているようだった。

 こうしたことは、莉子の独壇場だ。

 2人の会話をBGMに、ただただ昼食を食べる祐真。

 それは涼香も同じようだった。ほんの昨日まではオシャレと無縁だったのだ。その本質は早々変わらないだろう。2人を眺めつつ、親子丼を食べている。

 改めて見ても、涼香はすっかり別人の様に可愛くなっている。ドキリと胸が騒めき、頬が熱を持つ。

 その時涼香と目が合った。涼香が何か口を開きかけるものの、祐真はその内心を悟られまいと、慌てて目を逸らす。


「とにかく! 実際試着してみたいとわかりませんから、放課後お店に行きますよ!」

「え、しなきゃダメ?」

「合わせてみないとわからないことがあるんです! ほら、私が微調整して完璧に仕上げてあげますから」

「それなら、まぁ」

「お礼に私の買い物にも付き合ってくださいね?」

「うげっ」

「うげってなんですか、うげって!」

「あ、あはは」

「誤魔化さない!」


 そんな会話が繰り広げられ、どうやら放課後の予定が組まれていた。

 2人の様子を茫洋と眺める。その間も、周囲からはたくさんの視線を集めていた。

 当然だろう。

 今日の噂の元である涼香だけでなく、莉子に今の晃成も目立つ容姿をしている。そんな中、変わり映えしない祐真はどう見られているやら。

 そして晃成の話が一段落着いたと思ったら、今度は涼香に話の水を向けられていた。


「あ、すずちゃんにはこういうのが似合いそうじゃない?」

「え゛っ、さすがに派手過ぎじゃ?」

「ん~、オレはいいと思うけど、祐真はどう思う?」

「俺は……」


 画面を見てみると、肩口や太ももが露わになった、煌びやかで可愛くもあるが、ギャルが着てそうな派手な服。

 似合うかどうかを聞かれれば、確かに今の涼香に似合うかもしれないが、しかし祐真自身の好みかどうかと問われれば顔を顰めてしまう。

 するとそんな祐真の表情に気付いた晃成が、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ、自分のスマホを取り出し嘯く。


「祐真はこういう、ちょっと大人しめだけど可愛らしいものが好きだもんな」

「っ、晃成!?」

「へぇ~、河合先輩って、そういう量産型路線が好きだったんですね~。じゃあこういうのとかどう思います?」

「お、それこないだ気に入ったとか言ってたエロ漫画のヒロインのに似てね?」

「お、おいっ!」


 莉子が映し出した服は、正に祐真のドンピシャだった。

 さすが悪友ども、余計なことを言うべきか。

 そこへ追い打ちをかけるように、涼香が2人に聞こえないよう、こっそりと耳打ちしてくる。


「ね、こういうの着たあたしなら、抱きたいと思う?」

「っ!?」


 思わずその格好をした今の涼香を連想し、押し倒すところを思い巡らすと、血が集まってきてしまう。

 顔を真っ赤にして、その場からしばらく立ち上がることができなくなった祐真は、皆の微笑ましい視線を甘受するしかなかった。


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