第7話 そ、そんなんじゃないって!



 いつもの駅で電車に乗り込んできた莉子は、晃成の言葉に目を大きく見開いた。


「で、デート!? 晃成先輩が!?」

「へへっ、そうなんだよ~」

「な、何がどうして、そんなことに!?」

「いっや~、モテ期がきた、ってやつ?」


 動揺から声を上ずらせ、目を泳がせる莉子。調子に乗る晃成。

 それをいつもなら涼香と顔を見合わせ苦笑しているところだが、どんな顔をしていいかわからない祐真は視線を感じつつも、ふぅ、と浅くため息を吐くだけに留める。


「昨日お兄ちゃんさ、急なバイトのヘルプが入って、そのお礼。なんかパンケーキのお店に連れて行ってもらうみたい」

「な、なるほど、そういう……………………てなると、別に晃成先輩と2人きりで、というわけでもなさそうですね」

「え!?」


 涼香の説明で納得した莉子は冷静さを取り戻す。

 そして顎に手を当て自分の考えを呟けば、今度は晃成が驚きと同様で瞠目する。


「ほら、さすがに相手の方も晃成先輩と2人でそういうところに行くと、周りにどう捉えられるか分かっているわけで。例えば、バイトに穴をあけた子が一緒に来るとか」

「あー、その子がお詫びに奢るとかありそう」

「うぐっ、確かに昨日急に休んだのは、先輩と仲の良い大学の友達だった気が……」

「わっ、確定じゃん」

「ご愁傷様、お兄ちゃん」

「ぐぬぬ……」


 低い唸り声をあげ歯噛みする晃成。

 きゃははとひとしきり笑った莉子は、下を向く晃成にしょうがないな、といった様子の顔でツンと人差し指で鼻を突く。


「まぁまぁそれでもプライベートで会うことには変わりませんし? いつもと違うカッコいい姿見せるとポイントアップかも?」

「そ、そうだよな! じゃあ気合い入れないとな!」


 すぐさま調子を取り戻すチョロい晃成に、やれやれといった感じで顔を見合わせる涼香と莉子。


「でも晃成先輩、着てくものとかありましたっけ? もしかしなくても制服が一番無難だったりしません?」

「そうなんだよな~。そこで相談なんだけど、莉子さんや」

「何ですか~、もしかして他の女に会いに行くための服を、他の女に相談する気ですか~?」

「頼むよ~、こんなこと莉子にしか相談できないんだよ~。ほら、涼香はアレだし」

「お兄ちゃん、うっさい」

「あはは! …………ん~、どうしようっかな~、私今欲しいポーチあるんですよね~」

「うっ、足元見よってからに……あまり高いのは勘弁な」

「やた! こういうチョロい晃成先輩、好きですよ!」

「はいはい」


 パンッと手を叩き、良い笑みを咲かす莉子。その顔には少しばかりの安堵と不安といった、複雑な色が混在している。

 そんな、いつもと変わらないやりとりが繰り広げられていた。本当にいつも通り過ぎて、返って遠い出来事のように感じてしまう。

 普段なら祐真も莉子と一緒に揶揄いに言葉を投げたり、涼香のように茶々を入れたりしているところだ。しかし祐真はどうすればいいか分からず、茫洋と眺めることしかできない。

 そんな普段とは違う祐真の様子が気になったのだろう。莉子は怪訝な表情を浮かべ、祐真の顔を覗き込んできた。


「河合先輩、今日はやけに静かですね。どうしたんです?」

「っ、あーいや、その……」

「どうも祐真のやつ、夜更かししたらしい。今朝も走ってやってきてたしな」

「へぇ、珍しい。あ、何かにハマっちゃったとか?」

「ま、まぁそんなとこ」

「へぇ、何なんですか?」

「えぇっと……」


 何となく話の流れに乗っかっているものの、実際にはそんなものはどこにも無い。

 言葉を詰まらせている祐真を見て、不思議そうな顔を見合わす晃成と莉子。

 すると涼香がニヤリと口元を歪ませ、横槍を入れる。


「ん~、こう口籠るってことは、案外エロいものだったりして」

「えっっっ!?」

「あはっ、そんな晃成先輩じゃあるまいし」

「いっやー、ゆーくん案外むっつりなところあるしさ、ね?」


 涼香は悪戯っぽく笑みを浮かべ、片目を瞑る。まるで昨夜、えっちしたことで悶々としてたんでしょうと言いたげだった。

 ドキリと胸と共に、肩も跳ねる。

 そんな祐真の反応を図星と受け取ったのか、晃成がにたりとした笑みと共に耳打ちしてきた。


「なぁなぁ、そんな凄いの手に入れたのか? 今度オレにも貸してくれよ」

「そ、そんなんじゃないって!」


 昨日のことをバカ正直に言えるはずもない。しかも晃成は涼香の兄なのだ。

 その涼香はといえば、莉子と共に可笑しそうに笑っている。

 胸の中は罪悪感と羞恥心でごたまぜだった。それが困惑を加速させ、どうしていいかわからない。

 丁度その時、電車が降りるべき駅に着く。


「俺、用事思い出したわ。先行く!」


 祐真はこれ幸いとばかりに飛び降り、振り返ることもなく言い捨てて逃げるように駆け出す。

 背中からは、まるで祐真が揶揄い過ぎて拗ねたことを宥めるような声が聞こえてきた。



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