第3話 恋愛なんて、バカみたい



 晃成の部屋に1人残され手持ち無沙汰になった祐真は、さてどうするかと考える。

 これまでこうして部屋の主が居なくとも、適当にゲームや漫画なりで遊ぶこともちょくちょくあった。しかし今のこの部屋は見知らぬものが多く、落ち着かない。

 珍しく出されたお茶がお盆の上に、ぽつねんと置かれている。

 それに手を伸ばそうとした時、開けっぱなしの入り口から声を掛けられた。


「あれ、ゆーくんだ」

「おかえり、涼香」

「お茶とか淹れて珍しい……っていうかお兄ちゃんは?」

「ついさっきバイトの呼び出しで、嬉々として出て行ったよ」

「例の先輩?」

「そ、例の先輩。今日はその先輩を好きになってしまったからどうしよう、ってんで来たんだけどな」


 祐真が呆れたように肩を竦めれば、涼香は意外とばかりに目を大きくする。


「え、お兄ちゃん、ゆーくんに相談したんだ」

「態度でバレバレだったから、今更なとこあったけど」

「まぁねー、あたしには頑なに認めなかったのに。ほら、これとか買ってきたの、あたしだよ?」

「女性誌ねぇ……『キス特集、雰囲気作りと一人で出来る練習方法』。あからさまだな」

「手の甲を吸ってるのを目撃したり、舌を動かす練習で氷を求めて頻繁に台所へ行き来したりしてたよ。気が早いってーの」

「ははっ、まぁ晃成もそれだけ相手に本気なんだろ」

「そだねー、恋だのなんだのに浮かれて、ホントーーバッカみたい」

「…………涼香?」


 さも下らないと零した涼香の言葉に、祐真は目を見張りマジマジと彼女を眺める。

 涼香は思わず口にした自らの本音にしまったとばかりにバツの悪い顔を作り、「あー」と誤魔化す様に唸り、目を泳がせることしばし。

 やがて観念したように「はぁ」と大きなため息を吐くと共に、祐真の隣に腰を下ろしてポツポツと話し出す。


「3カ月の壁、とか言うじゃん」

「あぁ、別れるまでどうこうってやつ」

「そうそう、まぁあたしらもね、そういうお年頃なわけでして。女子の間でよく誰それが誰を好きだとか付き合ったとか、そういう話をよくするんだよね。りっちゃんもそういう話、大好きだし」

「晃成にも嬉々としてアドバイスとかしてるもんな」

「でも付き合っても大抵すぐ別れちゃう。興味本位で付き合っただけ、思ってた人と違う、自慢になるから我慢してたけどもう無理、軽いと思われヤラせなかったからフラれた、とか色々」

「あるあるだな」

「一時の感情に身を任せ、ついこないだまで好きだった人を悪し様に罵って。ホント、付き合うってなんだろね。あたしはそんな失敗、したくないなぁ」


 しみじみと話す涼香の言葉は、やけに胸に響いた。

 ふいにかつての苦い経験を思い出し、祐真も自嘲気味にそのことを零す。


「失敗かぁ、俺も失敗したからな。罰ゲームで告白されたのを本気にして、痛い目にあった。それ以来、恋愛に関してはどうもなぁ」

「え、ウソ、ゆーくんにそんなことあったの!? 初耳なんだけど!」

「あぁ、まぁ、ちょっとな。晃成のやつにも言ってないし」

「へぇ……ってかゆーくん、どうしてのこのこ着いて行って告白されたの? 相手の子、可愛かった? おっぱいとか大きかった!?」

「明るい系美人? 前からちょくちょくボディタッチもするし話もしてたし胸も大きかったから……まぁ、鼻の下伸ばしてたのは否定しない」

「あっはっは、ゆーくんも男の子だねぇ」

「うっせぇ、仕方ないだろ! お年頃なんだからさ。そういうの興味あったし……」


 祐真が不貞腐れたように唇を尖らせそっぽを向けば、涼香はぽんぽんと気安く肩を叩いて慰める。


「まぁまぁこういう時、大丈夫、おっぱい揉む? って言ってあげたいところだけど、あたしは寄せて上げても揉めるほどないしなぁ。りっちゃんほどあればいいんだけど」


 すると涼香はそう言って自分の胸に手を当て険しい顔で制服越しに薄い胸を揉み上げる。

 祐真はいきなりの親友の妹の行動に、目をぱちくりさせつつも、ついつい本音を零す。


「いや、大きさは問題じゃないだろ。男にはないものだから惹かれるというか」

「じゃあ、あたしのでも揉んでみる? 天然物のAカップだよ、育てがいがあるよ、せめてBは欲しい!」

「お、おい、揶揄うなよ」

「あ、照れた。というか、ゆーくんでもあたしで照れるんだ?」

「……ったく」


 けらけらと愉快そうに笑う涼香。

 元から何でもよく喋るとはいえ、さすがに中学に入って以降は、そういう性を意識するようなことなんて中々話さない。

 だけど一度話始めれば、今だって悪ノリするかのように話し、「でもね、本当に悲しいくらいないんだよ……」といかにも演技ですというような声色で、祐真の腕に薄い胸を押し付けてきている。

 本人は無いというけれど、それでも確かに感じられる柔らかな感触に、やけに心臓が早鐘を打つ。振り払うことも出来そうにない。

 どんどん妙な空気になりつつあった。

 祐真が色々と言いあぐめていると、ふと手元にある雑誌が目に入る。

 キス特集がどうこうという文字を捉えた涼香が、ポツリと呟く。


「……キスって気持ちいいらしいね」

「……らしいな」


 祐真は場の空気に呑まれているのを自覚しながら、神妙に頷いた。


※※※※※※


次回、明朝7時に更新します

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