第2話 ――恋愛なんて、下らない



 昇降口で学年の違う涼香や莉子と別れ、教室へと向かう。


「はよーっす」

「おはよー」

「よーっす……って、倉本どうしたんだ、その髪!?」

「え、うそ、マジで倉本!? 一瞬誰だかわからなかった!」

「すげぇな、てかいきなりどうしたんだよ!」

「いやぁ、実は後輩に色々教えてもらってさ――」


 挨拶と共にドアを開ければ、晃成はたちまちクラスメイトたちに囲まれた。

 それはそうだろう。

 今までの晃成はといえば、祐真同様に地味で、特に目立つような存在ではない。クラスのどこにでもいそうなモブの1人。

 その晃成がゴールデンウィークを挟んで垢抜けた格好になって顔を出せば、興味を持つなという方が難しい。

 今なおクラスメイト達が各所からやってきては「何があった? どういう心境の変化だ?」「もしかして彼女が出来たとか!」「相手どういう子?」「今度紹介しろよ」といった質問を投げかけ、それに構成が「か、彼女とかじゃないって!」「ば、バイト始めたから、身なりに気を付けようと……」としどろもどろになって応えれば、自白しているようなもの。話はどんどん沸き立っていく。

 祐真はそんな晃成たちの盛り上がりを邪魔しないよう、息を潜めて自分に席に向かう。

 すると鞄を置くと同時に、女子たちの囁き声が嫌でも耳に入ってきた。


「倉本くん、ヤバくない!? 正直大穴だったというかさ!」

「悪くないよね、狙っちゃう? 今カレシいないしさ」

「でも、どうも狙ってる子いるっぽいよ? 奪うの?」

「粉かけて、あわよくば? フラれたらチャンスになるっしょ!」

「うわ出た、男をモノにすることしか考えてないビッチ!」

「ビッチじゃないし! 戦略的な恋愛強者と言って欲しいな!」

「うわ、なんかかっこよさげ! てかこないだの西校の人どうなったのさ?」

「あー、あれは、いいじゃん、別に。そっちこそ、隣クラの人とどうなったのさ」

「い、今はまだ時期じゃないというかさ」

「あ、なんか彼女っぽい別の制服の子と、一緒に歩いてたの見た気がする」

「その話、ちょっと詳しく!」


 それらの話を聞きながら、祐真はくしゃりと顔を歪める。

 どこもかしこも、晃成の変化を切っ掛けに恋愛の話ばかり。

 まぁ思春期となれば、こういうものだろう。異性に興味を持つのは当然のこと。

 きっとこのクラスだけでなく、どこにでもあるに違いない。


(……っ)


 胸にじくりと苦いものが滲んだ祐真は、ため息と共にそれらを吐き出し、そっとこの場を離れる。今日のこの教室の空気は、肌に合いそうになかった。



 放課後になった。

 この日の教室は結局一日中、晃成のことや彼女が欲しいだの、イメチェンして出会いがどうだとかという、どこもかしこも恋愛絡みの話で持ち切りだった。

 今日は散々肩身の狭い思いをした祐真は、チャイムが鳴るや否やそそくさと荷物を纏め家に帰ろうとしていると、「よぅ」と声を掛けられる。


「晃成?」

「あーその祐真、今日のこの後って暇か?」

「特に何もないが」

「じゃあ、さ、帰りうちによってかね?」

「……いいけど」


 晃成はなんとも歯切れが悪く、祐真を誘う。

 今日一日あれだけ恋愛話の渦中にいたのだ。この流れで誘いの裏にあることが読み取れないほど、察しが悪いわけじゃない。

 祐真は苦笑と共に、腐れ縁の親友と連れ立って学校を出る。

 いつもならわいわいとなんてことない無駄話をしながら向かうところだが、この日の晃成は落ち着きがなく、終始無言だった。


「先にオレの部屋に行っといてくれ。何か飲み物取ってくる」

「……別に今さらそんなこと気にしなくていいのに」

「まぁまぁ」


 倉本家に着くなり、普段は出さない飲み物を出すと言って、忙しなく台所へと向かう晃成。祐真は眉を寄せながら晃成の部屋へと足を向ける。

 最後に晃成の部屋に来たのは連休前、かれこれ2週間ぶりくらいだろうか? 結構久しぶりだった。

 小学校から互いの部屋を行き来しており、晃成の部屋は勝手知ったるなんとやら、もう1つの自分の部屋という感覚すらある。

 この部屋のゲームソフトや漫画、小物、フィギュアに文具も大抵の置き場所は把握しており、部屋主がどこへやったか忘れた時に、祐真が取り出して渡すなんてことも多い。

 だから、そんな部屋に男性用スキンケア用品に香水、恋愛に関する占いの本やデート特集と銘打たれた祐真も知っている女性雑誌が転がっていれば、違和感も一入ひとしお

 その辺に適当に腰を下ろし、目の前にあった「好きな人の脈有りサインを見逃すな!」という文字が表紙に踊る雑誌を手繰り寄せ、パラパラと捲る。


「相手が自分を意識するような言葉を掛けましょう、状況に応じて適切な距離感を、相手のペースを考えずにアピールをしない……その通りだけど初心者にはそれが難しくないか?」


 思わずツッコミの様に独り言ちる祐真。

 すぐに感情が態度に現れ、こうした恋の駆け引きなんて出来なさそうな親友の姿を思い浮かべ、苦笑する。


(もしかして既に相手の人にゃ、好きだってことバレてそうだな)


 そんなことを考えながら他にも流し見しながらページを捲っていると、「おまたせ」と声を掛けられた。


「晃成」

「っ、あーえっと、それは……」


 祐真が読んでいる雑誌に気が付いた晃成は目を泳がせ、しどろもどろになり挙動不審。

 しばらく部屋の入口で立ち尽くしていた晃成だが、やがて意を決したのか「よし」と自らを鼓舞するように呟く。祐真の目の前にグラスの乗ったお盆を置き、どかりと胡坐をかいて対面に座る。

 そして照れ臭そうに人差し指で頬を掻きながら、口を開いた。


「あーその、驚いたか?」

「まぁ、な。前に来た時は無かったし、似合わねえなってびっくりした。けど今日の髪と合わせて考えると納得というか……成果、出てるじゃん」

「お、おぅ、そうかな……って、似合わねえは余計だろ!」

「ははっ、後はその外面のメッキが剥がれなきゃいいな」

「う、うるせいやいっ」


 祐真の軽口に、照れたように頭を掻く晃成。

 互いに笑いあうことしばし。

 晃成はコホンと咳ばらいをし、やけに真剣な表情を作る。

 祐真も本題が来たかと、背筋を伸ばす。


「その、さ……実は好きな人ができたんだ」

「そっか。相手はバイトの例の先輩か?」

「あぁ、よくわかったな。でもオレ、こういうの初めてで……どうすりゃいいかさっぱり。こんなこと、祐真にしか相談できなくてさ……」

「俺も彼女居たことないの知ってるだろ? 大したこと言えないぞ」

「それでもっ――あ、ちょっと待ってくれ」


 その時、晃成のスマホが通知を告げた。画面に映る名前を見た瞬間、晃成は背後に花が咲かんばかりの笑顔を見せ、喜び勇んで通話をタップする。


「はい、倉本です先輩っ。え、急な欠員? オレの予定? ない、ないです、丁度暇してましたから! 今から行けばいいですか? はい、はい、それでは……っ」


 どうやら想い人かららしい。

 祐真は苦笑しながら晃成に訊ねる。


「バイト先からの呼び出しか?」

「あぁ、急なヘルプが必要なんだってさ。その祐真、せっかく来てくれたところ悪いんだけど」

「愛しの先輩からだろ? いいから行ってこいって」

「すまん、この埋め合わせは必ずっ!」

「気にすんなって」


 好きな人に頼りにされ、うきうきとスキップしそうな足取りで、嵐の様に去っていく晃成。

 祐真はすっかり上機嫌になった親友の姿を微笑ましく眩しそうに目を細めて見送り、そして吐き捨てるように呟いた。


「――恋愛なんて、下らない」




※※※※※※


次回、19時に更新します


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