第3話

 003



 馴れ初め。



 メアリが初めてクロードを見たのは、彼が数万年前に扱われていたエネルギー融合炉を発掘し、それを人の持つ魔力を熱や電気へ置換する『エネルギー変換炉』として再生した栄誉に送られる事となった、勲章の授与式典だ。



 当時、王族として人々を導く孤高を享受していたメアリは、ただひたすらに冷血であった。

 しかし、それは自らの運命を受け入れてまっとうする上で、すべての国民を背に負い自らが先頭を歩くという矜持の現れでもあった。



 魔法とは、破壊だ。



 尋常ではない破壊の力こそが『魔』の法と呼ばれるし、だからこそシェットランド法国は軍国家として世界の頂点に立つことが出来た。



 故に、力を誰よりも巨大に扱えるというプレッシャーとプライドが、王家を王家たらしめる。

 自らが悪に落ちる事にどんな結末が待っているのかを知って、隣を見ても誰もいてくれない人生を歩む彼女の心が、温もりを諦める事は明らかであった。



 そんな、狂気にも似た使命感を持った少女が、僅かな隙間の時間を一人で過ごしていた時。ふと、建物の陰で煙草を咥えて空を見上げる一人の男が目に入ったのだ。



「呑気なモノですね」



 独り言を呟いたのは、あまりにも腑抜けた表情を浮かべる彼が、この荘厳な王城に少しも似つかわしくないと思ったからだ。

 何者にも縛られていない人生を歩む者とは、こうも情けない姿を晒すのかとも思ったからだ。



 ……だが、それが自分の持つ自由への羨望である事を理解するのに、メアリは時間を有すほど愚かではなかった。

 すぐに俯いて強く歯を噛むと、感情を置き去りにするように踵を返して式典会場へと向かった。



 そして、いよいよ授与の瞬間。王である父の前に立っていたのは、他でもない先程の腑抜けた男だった。



「貴殿の功績に敬意を払い、ここにナポレオン・ド・パティオラ厶が勲章の触媒、及び勲記を授け、並びにレトリバー魔法学院の名誉教授に任命する。以後も、我が国の発展の為、是非とも尽力して欲しい」

「御意」



 それは、短い言葉のあと、深く頭を下げて杖の入った白銀の箱と賞状を受け取り、一歩下がってから壇上を降りようとした時だった。



「さぁ、クロード。スピーチを」



 何気ないやり取りだった。



 微笑みにも見える柔和な表情を浮かべたナポレオン法王と、小さく頭を掻くクロード。どこか、親子のような絆を思わせる不思議な様子。



 対象的に、威厳と魔法の体現者とも呼ばれる法王が、一介の青年にそんな姿を見せた事に、観衆は驚きを隠しきれない。どよめきは瞬く間に会場を支配して、一体何事なのかと門閥貴族の一部は訝しむ。



 しかし、周囲を気に留める素振りはない。クロードは、僅かな緊張と気だるさが垣間見せて、少し考えた後でスルリとスピーチを始めた。



「えぇ、陛下よりご紹介に預かりましたクロード・カミュです。此度の式典、大変に恐縮の至りではございますが、先にお集まり頂いた皆様方へ多大なる感謝を申し上げたいと存じます」



 ややぎこち無い言葉に、門閥貴族たちは嘲笑を浮かべている。かくいうメアリも、いつも社交の場で見る大人との違いに不満を覚えていた。



「……まぁ、長い話も苦手なので手早く終わらせます。権威であられる、学会長ジョナサン博士を筆頭とした我々考古学者の目標は、歴史の中で失われた強力な魔法や触媒の発掘です。しかし、実を言うと私にとって重要なのは歴史を知ることです。今回の『変換炉』という結果は、単なる付属品に過ぎません。兵器的な力に大した興味もないのです」



 突拍子もない発言に会場がどよめき、法王はクロードの後ろで「仕方のない奴だ」といった様子で笑う。



「重要なのは、こんな怠け者で平凡な私ですら法王様にお褒め頂けた事です。幾多の人間が血眼になって学び、研鑽してさえ届き得ない事だって、ちょっとしたきっかけと閃きに出会う運があれば成し遂げられるのです。魔法とは、所詮その程度のモノなのだと私は考えます」



 あまりにも不躾な言葉に集まった貴族たちは不快を顕にしているが、しかし民衆たちは何とも気の抜けた回答に穏やかな安心を得ていた。



「なので、気楽に生きましょう。結果は、出たときに喜べばいいのです。私は努力と才能を尊重しますが、持たざる者が虐げられる事には未来への不安を覚えます。ですので、私は考古学の道程に、あらゆる人間にとって等しい『一つのスタートライン』を探しています。変換炉が、その第一歩となることを願うばかりです」



 そして、深々とお辞儀をしてからクロードは壇上を降りていく。会場に響くのは彼の小さな足音ではなく、割れんばかりの盛大な拍手であった。



 幾多の戦争を経た結果、魔法至上主義となったこの世界において、クロードの発言はあまりにも心地よかったのだ。



 現実、生まれながらに少ない魔力しか持たず、教育もままならず多くの魔法を学べなかった者たちにとって、炎や電気を等しく使えるテクノロジーの再生はこの上ない喜びだ。



 そして、何よりも。何も持たない者も魔法を扱うこと以外に自らの価値を見出す事が出来るという希望は、多くの絶望した者に救いを与えた。



 人には、魔法を使う以外にも存在意義がある。これこそが、クロードを英雄たらしめた本当の功績なのだ。



「……気楽に生きましょう。ですか」



 メアリは、響き渡る拍手の中で呆然と彼を見上げたまま思わず涙を流していた。

 これまで、才能と血筋への重圧で押し潰されそうだった自分を、たった今、彼が救ってくれたからだ。



 クロードは、世界のあり方を根底から変えてしまった『魔法』という代物を、あろう事か「その程度」だと揶揄し、あまつさえ不平等をも取っ払うキッカケすらさせた。



 自分には、率いる事しか考えられなかった。自分が民のために粉骨砕身し、幸せを与えようとしか考えられなかった。民たちが幸せを得るためには、自分が何とかしなければならないとしか思えなかった。それが、持つ者の使命だと信じていた。



 だが、彼は前提を覆した。民という個人が、自分たちで幸せになる道を探す土台を生み出したのだ。



 そんな事実に、メアリは感動し、きっとその『スタートライン』の中に姫である自分すらも内包してくれていると思うと、もう感情を抑えきれなくなってしまった。



 だから。



「……クロード・カミュ。いえ、クロード先生。少し、いいですか?」



 彼女は、彼を追いかける事にした。彼の見ている景色を、少しでも知りたいと思ったから。

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