第6話  オリーン公爵領のリンゴ姫

最初夜12時迄屋台を開けていたが、客が全然来ない。

日本での開店時間を参考にしたのだが、この世界では、

夜7時になると皆、閉店してしまうのだ。

街灯も無い街を1人で歩くなんて襲ってくださいと言って

いるようなものなのだ。

なので仕事終わりの勤め人が通らなくなる9時には

閉めることにした。



今日もさて閉めようかと思った時、トテトテトテトテと

小走りに近寄る足音が聞こえた。

ドレス姿の女性がこちらに駆けてくる。

「すみませーん、もう閉店ですか?1杯だけでも食べさせて

頂けませんか?お願いします」

(ん、このアクセント、イントネーションは?)

「駄目でしょうか?」

色白の黒髪黒目の綺麗な女性だ。

「いいですけど、あちらに控えている護衛の方々を

お呼びにならなくていいんですか?」

「えっ、判っていたのですか?」

「ええ、貴女ほどの高貴な身分と思われる美しい女性が

1人で来るはずが無いと思って怪しい者がいないか?

探っていたら、見つけちゃいました」

「まあ、美しいだなんて……はい。こっちに呼びます」

男の兵士と、戦闘メイドと思われる女性が寄って来た。

どちらも隙の無い手練れと見た。

「防御シールドを張っておきますので寛いで、食事を

楽しんで下さい」

「何とシールドを張れるのか?」

「ふふふ,貴方達の隠密行動も見抜かれていましたのよ」

「そ、それは恐れ入った」「我ながら不甲斐ない」

「で、ご注文は何にしますか?こちらのレデイは、

「これらの料理がどんなものかはもうご存知ですよね」

『何でそれがわがったの?」

「お客さん元日本人ですよね。それも東北出身の。

「はあ、やっぱり津軽弁は隠しきれないんだ」

「たまたま俺も東北生まれなんでね。岩手の方だけど」

「そうなんですか。積もる話は後程にして

私にはカレーライスの中辛をください。貴方達も注文

なさい」

「わたくしは姫様と同じものを」

「辛さの味見も出来ますよ」

「「じゃあぜひ」」


「わたくしは甘口にします」

「俺は辛口で」

「甘口。中辛、辛口各1皿づつですね。

ミチ、氷水3つ用意して」

「はい喜んで―」

(どこでそんなの覚えた?)


皆お代わりして満足したところで元津軽美女の打ち明け話を聞いた。

「私は青森県弘前市出身の佐藤瑠香さとうるか

言いまして、高校通学途中で交通事故で死んでオリーン

公爵の娘に転生しました。こちらではルシールと呼ばれています」

「ルシール姫様はオリーン領ではリンゴ姫と呼ばれていまして。オリーン領をリンゴの1大生産地に

して下さった大恩人なのです!」


何でも瑠香さんが生まれたころは北の寒冷地であるオリーン領は貧しい土地だったという。

瑠香さんは、りンゴ農家の一人娘だったので幼いころから

リンゴ栽培のイロハを両親、祖父母から

仕込まれていたらしい。

高校卒業したらリンゴ農家の跡を継ぐ予定でいた瑠香さんは

ルシールとして、物心ついたころから

オリーン領をリンゴの一大生産地にしたいと色々調査していたそうだ。

10歳になった時に、【リンゴ農家】のユニークスキルが

発動し、リンゴの苗と、肥料を召喚出来るようになったそうだ。

瑠香さん(ルシール)さんは土地に合った品種を選別して現在の3品種を大規模栽培に、切り替えて、領民農家に栽培方法を伝授して15年。今ではこの国有数の富裕領に成長させたのだという。

「凄いですねえ。15年もリンゴ一筋に頑張ってこられたなんて

頭が下がります」

「いえいえ、元々リンゴ農家を継ぐつもりで頑張っていたので

こちらの世界で成し遂げられたのが嬉しいですし、転生出来て

良かったです」


帰り際、ルシール嬢はストレージから3種のリンゴを取り出して

俺にくれた。

これが紅玉です。これがサンふじ。これが最初に植えた苗の

リンゴの王林です」

「おうりん。あ、オリーンですか」

「はい、この品種には特別な思い入れがあります」


「今日は同郷の方とお話出来て、美味しいカレーライスが

食べれて嬉しかったです。秋口まで王都に滞在していますので

また来ます」

「是非是非来て下さい。次はおでんも用意しますよ」

「それは楽しみです。それじゃあ御機嫌よう」


日本の屋台と知って食べに来てくれた心に残る転生者だった。

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