EP29 私が佐野麻希

「事前説明とか聞いてなかったんですか?」


 その黒い前髪を垂らす、目が大きい少年は呆れ顔だった。


「聞いた覚えがないなぁ。他の連中だったら知ってるかも」

「というか、貴方こそ誰ですか? 戸籍謄本見た限り、この家に住んでいる子どもは佐野麻希と佐野麻友だけなんですが」

「ああ、私が佐野麻希」

「へ?」

「お茶くらい出すよ。先にリビング行ってて」


 麻希は歯磨きを済ませ、困惑する少年の元へ麦茶を持って向かう。


「やあ。そっちこそなにも知らなかったみたいで」

「…………。本当に貴方が佐野麻希さんなんですか?」

「本当だよ。身分証明はできないけどね」少年が息を呑み込んだことに若干恐怖を覚えた麻希は、「君の名前は? こっちは知っての通り佐野麻希だけど」

東若葉あずまわかばです。この前佐野さんをPKしようとしました」

「やっぱりあのときの子か」


 麻希はいつだかPKされかけた。そのときの少年が東だったというわけだろう。そして彼のストロングな戦闘スタイルとは裏腹に、東はろくに麻希と目も合わせられない。照れているのは間違いなさそうだ。


(まあ、こんな美少女がいたら照れたくなるか)

「東くん」

「なんですか?」

「ほれ」


 麻希はワンピースを股開きし、スカートをあらわにした。白いパンツである。実はすこしシミがついている。


「──ッ!!」

「おいおい! 元男子のパンツ見て興奮するなよ! 可愛いヤツだなぁ!」


 麻希は無邪気に笑う。もっとも、東の年齢が分からないといえども中学生くらいなのは間違いない。そうなれば、麻希のような美少女からラッキースケベを見せられて興奮しないわけがない。


「ほら、テイッシュやるから」

「あ、ありがとうございます」


 とはいえ、古典的に鼻血を垂らすのはどうかと思うが。


「それで? 創麗の社員で御社の大幹部の息子がなんの用?」

「あ、皆さんを監視しに来ました」

「は?」

「ハンターの仕事については調べてもらったと思うんですが、途中で逃げられても困る。そこでぼくが皆さんを見張る形になります」

「見張られなくてもあのゲームから逃げられやしないでしょ」

「貴方はね。他の方は違う」


 ジロリとこちらを見つめる東若葉。最前の照れた態度とは偉い違いだ。それがなんとなく気に食わない麻希はさらなるラッキースケベを仕掛ける。


 麻希は東の隣に移動し、彼の腕を胸に当てた。


「まあ、そういう言い方もないでしょ。肩から力抜きなよ。中学生なのに肩張って生きてたら疲れちゃうでしょ?」


 麻希からしたらただからかっただけなのだが、東からするとこの行動には特別な意味があったのである。


「どうしたの?」

「いえ……、なんでもないです」


 仕掛けたはずの麻希が慌てる中、東は涙を拭き払う。そして少年は宣言した。


「正直、上は貴方たちが消えることを望んでいる。でもぼくはすくなくとも貴方に消えてほしくない。だから頑張ります!」

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