Ep16 兄妹の絆

「あがががががッ!!」


 成功したからと言って、あの苦しみから逃れられるわけではない。頭蓋骨が真二つに割れているような感覚。そこから脳髄が飛び出て回っている。間違いなく脳みそがなにかに壊されているだろう。


「大丈夫!? 佐野!!」


 のたうち回って唾液を垂らす麻希を見て、さしもの宮崎も不安を覚えた。

 彼女は麻希を介抱しようとかがむ。だが。


「はあ、はあ……。大丈夫。初回のインストールって時間かかるでしょ? そんな感じ」


 口元から流れる唾液を手で抑え、どう見ても顔が蒼白い少女は、それでも強がった。


「ただ……犯人がこっちの動きを察知してなきゃ良いけど」

「うちのクラッキングに間違いはないよ」

「分かってる。でも……それすらも超越する問題がある気がするんだ」


 VRMMOの装備や見た目をそのまま現実世界に持ち込んでいる以上、なにが起きてもオカシクない。宮崎のハッキングは信じているが、所詮現実世界準拠のものだ。


「さあ、行こう」


 *


「メスガキって殴りがいあるよな☆」


 成人男性相手に中学2年生女子の抵抗など意味を示さず、佐野麻友は手足口を縛られた上に無数の青あざを刻み込まれていた。


「いやー、久々にすっきりしたよ。パクスコインも手に入るし、大嫌いな女もぶん殴れた。これであのムカつくネカマ野郎も撃てりゃ最高なのになぁ~」

(あのときのパソコンショップの客……。口は災いの元だって、お兄ちゃんに言われたことあったな)


 思ったことを口に出すのは、結局自分の首を締めていくものだ。麻友は身をもってそれを立証したのである。


「……よー、それでもにらみ続けるのやめてくんね? ああ、八重歯が邪魔だから取ってほしいのか? だったら抜いてやるよ。ふふ、はは、うひゃははは!! 痛くても手は挙げられないですがご了承くださーい!!」


「同じ言葉、そっくり返すよ」


 真っ暗な小部屋に、子どもの美声が響いた。パコン、という花火のような破裂音とともに。


「だ、誰が──ッ!!」

「誰だって良いだろ。ネトゲで殺し合っただけの関係なんだから」

「──てめェ!! どうやってここを割り出しやがった!!」

「はあ……」


 麻希は☆4“ギア”『虚空夜叉』の最大の特徴である水の矢を放った。100円で買ったペットボトルの水を固め、それを銃弾並みの速度で繰り出すという理不尽な攻撃。当然、現実世界でこんな攻撃を交わせる者はいない。


「ぎゃああ!!」

「ぎゃーぎゃー喚くな。オマエに浸水したミネラルウォーターは、こっちのさじ加減でいつでも爆発させられるんだぞ?」


 麻希はのたうち回り血反吐を撒き散らす犯人を尻目に、目をそらしたくなるほど殴打された妹の麻友の拘束をほどく。


「大丈夫じゃないよな。兄ちゃんがおんぶしてやるよ」

「お、兄ちゃん?」

「こんな姿だけどね」


 白い肌、白い髪、赤い目の美少女に生まれ変わった兄の背中で、妹は安堵のあまり意識を失うのだった。

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