Ep14 チャリで来た

 誘拐犯の正体が浮かんだところで、麻希の家のインターホンが鳴る。


「はあ、はあ……。チャリで来たっ!」


 宮崎碧衣がそこにいた。“ニュー・フロンティア”でのスキン通りの姿で。

 地毛であろう焦げたボブヘアの茶髪、くりくりして愛らしい目つき、無防備なパジャマ。相変わらず抜群なスタイルは、しかし以前と比べ肉付きが良くなったようにも見える。


「う、うん……」

「中入れてっ! うちだって伊達に引きこもってないところ見せてやんよ!」


 宮崎碧衣はそう笑う。良い匂いではないかもしれないが、独特の脳がくらくらする体臭を放つ少女は麻希の家へ上がった。


「ぜえ、ぜえ……。チャリって疲れるねぇ」


 ヒトの部屋のベッドでぐったりと倒れる宮崎。が、取りとめなく足や手を動かす麻希を見て、早速彼女は担いできたバッグからノートパソコンを取り出す。


「なにするの?」

「“ニュー・フロンティア”を使って犯人特定ってところかな~」

「え、どういうこと?」

「時価総額1,000兆円の大企業様もMMO制作・運営は外注したみたいで、セキュリティに穴がたくさんあるんだよ。最初に住所登録や本名求められたでしょ?」

「う、うん」

「それらを割り出す。しらみつぶしにやっていこう」


 うつ伏せに寝転がりながら、宮崎はとんでもないことを口走った。

 佐野麻希はなにも自分のために犯罪する必要はないと言おうとするが。


「うちだってやればできるんだから……。誰かの役に立てるんだから」


 ギャルっぽい雰囲気の少女が出す妙な迫力の前になにも言えない。


 そして麻希のショートメールにメッセージが送られてきた。


『愛しの妹ちゃんの居場所はパクスコインと引き換えだ。このアドレスへ送れ』


 URLが添付されていた。すかさず麻希は作業に没頭しつつある宮崎へ声がけする。


「たぶんこの情報も重要だと思うんだけど──」

「電話番号とアドレス!? コイツ素人過ぎるだろ!」


 痛烈なツッコミである。やはり誘拐にまったく手慣れていない者がやったのであろう。


「ちょい貸して。3分以内に居場所割り出す」

「え? 携帯の番号と仮想通貨のアドレスで割り出すなんて無理じゃ──」

「ほら」


 宮崎は自慢げにパソコンの画面を指差す。そこへは、数多の電話番号と住所が載っていた。


「イマドキのスマホは電話番号のみでも探知できるように設定されてる。それをちょっといじって相手へ通知が来ないようにすれば良いだけなのさ」

「そんな芸当ができるの?」


「できるよ。うちもヒトの役に立てることを証明する良い機会だし」


 強い意志が灯っているような態度であった。ならばもはや言うことはない。宮崎に全部任せるのみだ。まず犯人をどうにか痛めつけて、妹の居場所を聞き取るしかない。


「出てきたよっ! 悪党のIDと本名、住所と現在の居場所が!」


「…………!! やっぱりコイツか」


 10時間以上前、麻希はPK厨と闘った。そして敗れパクスコインを失い自暴自棄になった彼は、このゲームのセキュリティにアクセスして麻希の家を割り出したのである。

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