Ep5 120,000円の仮想通貨
麻友は素面で酔っ払っているかのように言った。
これには兄の麻希も困り眉を見せるほかない。VRMMOの装置は安くなったとはいえ、いまだに普通のゲーム機の感覚で買える値段ではないのだ。10万円はどうしても必要だ。そして、高校1年生と中学2年生に10万円はなかなか想像つかない大金でもある。
「どしたの? お兄ちゃんゲーム機たくさん持ってるじゃん」
「ああ、いや。あのゲーム……“ニュー・フロンティア”の推奨動作環境は軽いんだけど、さすがに一台のパソコンだけじゃ処理し切れないし、グラスも一個しか持ってないんだよ」
「なに言ってるかさっぱり分かんない。つまりどういうこと?」
「まだPCショップは営業してるから、10万円用意できたらいっしょにゲームできるよ」
ここまで言えば諦めるはずだ。家庭用ゲーム機が4万円から5万円。携帯ゲーム機とコンシューマのキメラみたいなハードが3万円程度。中高生だと後者を買うのにもだいぶ苦労するからだ。
「やだ」
「は?」
「おカネないけどお兄ちゃんとゲームしたい。貸して」
「そんなわがままだったっけ? まあ……おれも貸すカネがないんだよ。無い袖は振れない」
「やだ」
「えー……」
幼児退行でも起こしたかのように、麻友は意地でも麻希と“ニュー・フロンティア”をプレイしたがっている。兄としては応えてあげたい。しかしカネがなければものは買えない。
と思った矢先、佐野麻希は間の抜けた声をあげた。
「仮想通貨があるじゃん」
「仮想通貨? 怪しい」
「それな。でもどうせタダでもらったものだし、使えそうなお店探してみようか」
『パクスコイン 使えるお店』
「わお」
「どしたの?」
「見てみて。一番近いパソコン屋がパクスコイン対応してるみたい」
「パクスコイン……。あっ、どっかで訊いたことある」
「マジ? 日本円とのレートとか分かる?」
「ネットいわく1パクスコインが10円くらいの価値だってさ」
最近、でもないが流行っているショート動画特化のSNSのクリップを見せてきた。
「ちょい待って」
スマートフォンで“ニュー・フロンティア”の個人データを閲覧し、やはりゲーム終了時に出てきた『12,000パクスコイン』がきれいさっぱり残っていることを確認した。
「よし、麻友。PCショップ行こうか」
「え? おカネどうするの? 親のクレカでも盗むの?」
「いや……有名人でもないただのゲーマーが稼いだカネで一式揃えよう」
ゲームしているだけで小遣いゲットできれば良いのに、とずっと思っていた。プロゲーマーやストリーマーに焦がれ続けていた。彼らも相応の努力を払っていることも承知の上で、それでもゲームしながらカネを稼ぎたかった。
ただ、実際に手元へ120,000円の価値を持つデジタル通貨が手に入ると、なんとも不思議な気分にもなる。なにか陰謀や暗部に絡まれてしまうような恐怖心も覚えてしまう。
「え、マジ? ありがとうっ!」
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