ゴスロリ吟遊詩人〜JA○RACマイクでバフ盛りしろって正気ですか?〜

泥桃

第1話 ゴスロリ、地に伏す

ゴスロリ。

それはゴシック・アンド・ロリータの略で、日本発祥のファッションである。他にも、甘ロリ、ロリータ、デコラ系、クラシックロリータなど、その裾野は広大に広がる野原のように広く、皆が愛と敬意を持ってそのドレスを纏っている。


中でも私が愛するゴスロリは、信仰と畏怖を体現するかのような重厚な黒。そこからちらりとレースやフリルが覗いているのが見えると、「ゴスロリを見る時、ゴスロリもまたこちらを見ているのだ」と言った友人の言葉が蘇る。スカートはパニエで膨らませ、ウエストをリボンできゅっと締める。厚底の編み上げブーツはヒールも高く。真っ白のストレートウィッグはストンと胸の下まで落ちて。


ああ、ゴスロリ!ゴシック・アンド・ロリータ!ロココを感じさせる至高の世界!闇と官能、めくるめく耽美に酔い、その貞淑さと謎めいた魅力は魔女の如くーーーーー


その時、空想を裂いて鳴り響く着信音に我に返る。スマホの表示は会社である。

今日は休日だけど....湿気たワンルームに転がるストロングなゼロの空き缶を踏まないようによろけながら、スマホを手に取った。

「はいもしもし中野です」

「中野さん?昨日の案件の対応、途中で帰ったんですか?」

「え、急ぎじゃないって聞いてたんですけど...」

「今朝には資料欲しいって言ったじゃないですか!部長激怒してるんですよ?」

知らない、聞いてない。急ぎじゃなくていいからこれやっといて、としか言われていない。が、そんなことを今ここで言う必要もなければ言えるわけもなく。

「はい、すみません、すみません」

ウィッグに手をかけて、綺麗な白い髪を帽子のように無造作に脱ぐ。それはすぐに乱れて、くしゃ、と床に広がった。

悲壮な顔で鏡に映る、まだすっぴんでウィッグネットだけになったその姿がなんだか酷く惨めに思えて、下唇をかんだ。


私は、仕事ができない。


「ごきげんよう」で始まるお茶会も、黒魔術も、本当はここには存在しない。ここにあるのは、これを着て外に出る勇気が出ないまま部屋でくるりと回ってみせるだけの気の毒なお洋服だけだ。白い髪が風に揺れることはないし、同好の士であった友人も、いつの間にかカジュアルな洋服で3歳になる子供と旦那さんとの写真をSNSにアップして、私の知らないママ友とおしゃべりしている。

そのSNSでは、「25歳超えてロリータはキツい」「いや20から無理あるでしょw」という心無い言葉が踊り狂っている。

何歳だっていい、性別だって関係ない。好きな人が憧れのまま装えるファッションこそがロリータであると、唇を噛んでスマホを握りしめるが、結局私だって部屋から出られないまま、誰にも見られないようにしている時点で「25歳超えてロリータはキツい」と言っている人間と同類なのかもしれない。


ぐい、と顔を上げる。

生きなければならない。

それは変わらないこと。

例え迷惑をかけたとしても仕事を辞める訳にもいかない。たとえ泥水だろうがティーカップに注いで啜ってやると決めたのは嘘だったのかと太ももをつねる。


「ごめんね」と言いながら、ウィッグを拾い上げ、乱れた髪を整える。こうしてちゃんと綺麗に戻せるのだ。ウィッグスタンドに被せて、自身もウィッグネットを脱ぐ。

ワンピースも脱ごうと首の後ろのボタンに手をかけたその時。


「あ、」

ばたん、と倒れる。急な目眩、動悸、目の前が真っ暗になる。息が苦しい。指先すら動かせなくて、少しずつ冷えていく。

怖い。死にたいとは何度も思ったが、まさか本当にこんな突然に死ぬなんて、何も用意していなかった。このまま死ぬのか、と思うと少し気が楽でもあるが、死にきれなかったら辛いな、という考えも薄らとある。

意外と冷静なもんだな、と思って頭と首の境の筋肉がドクンドクンと暴れ回っているのを感じていた時。


「死にました?女神なんですけどぉ〜」


玄関の方から声がする。

その言葉はバカみたいな内容だった。


「いつ死んでもいいかなって思ってる人を今探してましてぇ〜お試しで死んでみて貰ってるんですけど、どうですか?抵抗あります?あんま無いですか?ありがとうございますぅ〜」

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