モンスターの正体

「予定変更! 生け捕るわよ!」

 神奈と京史が同時に小さな雷を放つ。

 撃たれた女は身体をビクリと震わせる。


「上手いっ! 電撃ならどんなにすばしっこくても避けられないもんね」

 さすが一流の冒険者だけあって、変わった状況に一瞬で対応する。梨花は土属性の巨人タイタンを召喚して、エリカも抜刀した。


 分が悪いと瞬時に判断したのか、女はきびすを返して逃亡をはかる。

「わわっ! 素早い」

 その動きは常人ばなれした。獣のような速さだった。近くの茂みに逃げ込むとそのまま姿が見えなくなる。


 神奈はほうきを召喚した。そしてばさっとスカートをめくりあげる。

「わわっ! 神奈ちゃんのパンツがっ!」

「馬鹿当摩、それどころじゃないでしょ‼」


 神奈は素早く内股の二か所に魔女の軟膏なんこうを塗ると、箒にまたがった。

「わたしは空からいくわ。当摩は地上から追撃」

「う、うん」

 神奈はそのまま凄い勢いで空にかっとんで行った。

(魔女って本当に箒で飛ぶんだ)

 などと考えながら当摩も茂みに走り込んだ。


 魔力をフットワークに使うことで、当摩は常人では考えられない速度で走れる。

「当摩、右手の方前方にいるわ」

 空から神奈の声が聞こえる。小さな雷撃の魔法を撃ちながら、女を追い込んでいるようだ。


 辺りからなりふり構わず逃げようと、女が暴れている音がする。

 音のする方に突撃して。

「見つけた」

 

 女は全身が傷だらけで出血がいくつもの箇所に見られた。武器は落としたのが最後だったようで素手だった。

 当摩は思いっきりタックルをかました。勢いをつけて飛びつきそのまま拘束した。


 女が暴れて当摩に噛みついてくる。

「痛てっ! いててててっ! こら! 暴れるな」

 噛みつかれた瞬間、なにかの魔力が弾けた。


「こいつの噛みつきなんかの魔法だ」

「大丈夫か? 当摩っ!」

「噛みつきに気をつけて!」

「! わかったっ!」

 京史が追いついてきて、女の首に手刀を叩き込み、それでやっと女は大人しくなった。


「ふぃぃぃ……助かったよ京史君」

「大丈夫だった? おっ! 捕まえたみたいね」

 梨花が背負っていたバックから魔力で強化されたなわをとりだして、エリカが女の手足をしばった。


「この娘、なにかの魔術で操られていたのかな? こんなか細い女の子が凄い怪力だったし、正気じゃなかったみたいだけど」

 当摩が女の顔にかかった髪をかきあげて顔をみた。

 直後に戦慄する。


「明美ちゃん……明美ちゃんだっ‼」

 一同が一瞬ぎょっとして動きを止める。そしてその顔を見て。

「本当だ……なんで?」


 ※


 明美はベッドに縄で縛られたまま寝かされていた。身体のあちこちの傷は何も手当せずとも自然に消えた。

 凄まじい怪力の代償だったのか、ほとんど魔力を使い果たして深い眠りについている。

 異世界グレイルの治療所に運び込まれた明美。付き添うのは当摩と神奈、他のメンバーは調査に出向いている。


「で、現実世界ではどうなっていたの?」

 現実世界の明美の様子を調べてきたエリカは沈痛ちんつうな面持ちで答えた。


「二日くらい前に異世界へダイブしてからずっと意識が戻らなかったみたいなの、それでご家族は一時的な霊体遊離だと思っていたみたいです」

「二日も寝っぱなしだったの?」

 エリカが首肯する。


「かかりつけのお医者様が点滴をいれて、色々と手を尽くしていたみたい。ゲームブックを枕元から外しても、目を覚まさなかったそうなんだけど」

「神奈ちゃん……これって?」

「ええ……吸血鬼化してるわね」

「判断を誤ると破滅するってのはやっぱり?」

 神奈は少し青ざめた顔で頷いた。


「もし明美ちゃんに噛まれた人間が吸血鬼化してたら、吸われたやつが、また吸血鬼を増やして。倍々ゲームで人類滅亡ね」

「そんな恐ろしいことをブラッディ・マリーは企んでいたの?」

「たぶん、試したんだと思う。わたしや当摩を」

「じゃあ……明美ちゃんをターゲットにしたのは」

「わたしたちへの挑戦ね」

 当摩はこぶしを握り締め、うつむいて歯ぎしりをした。


「異世界の方でこれ以上出来ることはないわ、エリカ、様子を見ていて」

「はい……」

「当摩もぼさっとしてないで、現実世界のほうで明美ちゃんをるわよ」


 ※


 明美の病室にはすでにエリゼとアリスも来ていて、梨花が事情を話していた。

 神奈と当摩が来たとき、明美は身体をしっかりと拘束され、静かな寝息をたてていた。


「こっちの容態はずっとこんな感じみたい」

「あの……娘は三大魔女の方が診ないといけないような、危険な状態なのでしょうか?」

 明美によく似た、母親の顔は蒼白そうはくだった。


「とりあえず、命に別状はないです。お母様安心して、わたしたちが必ず助けます」

「どうか……どうかお願いします」


 涙をうかべ混乱している明美の母を梨花が寄り添いながら病室の外へ連れ出す。

「アリスが一番アンデットや悪魔に詳しいわよね。それで明美は?」

「わらわの見たところ、この娘すでに吸血鬼よ。最悪、このまま火葬せねばならん」

「そんなことは出来ないよっ!」

 当摩が叫ぶ。必死の形相だ。


「もちろんわらわもすぐに火葬せいとは言わん。ただ最悪の可能性はいつでも考えておくのだ」

「何かほかに手はないかしら?」

「一番現実的な手段は、娘の吸血鬼化の魔法を解除することじゃ」

「そっ、そうか、なら神奈ちゃん達が解呪すればいいの?」

 当摩が心配そうな顔で訊いた。この出来事にだいぶ動揺しているようで、顔色が悪い。


「あらかじめ術式を展開しておく呪い返しならともかく、かかった魔法を後から解呪できるのは、呪いの主より強力な魔術師だけよ」

 エリゼが淡々と言った。そっくりな顔でも、表情豊かなエリカと違い、エリゼはどこか冷淡だった。


「えっ! じゃ……じゃあ」

「わたしたち三人がかりでも無理ね」

 神奈はうつむいていて表情はうかがえない。ただ悔しそうに下を向いている。


「でも、まあまずは試して見てからじゃ。諦めるのはまだ早い」


 準備はすぐに進められた。アリスが作った解呪の護符を明美の心臓の位置に置き。香をきしめ呪文をつぶやく。

「うっ……うぅぅ……かはぁ……」

 明美が苦しみ出した。当摩はすぐに明美に駆け寄りたかったが、ぐっとこらえて様子を見守る。


 術式の中心になって、護符に手をかかげるアリスのひたいに大粒の汗が浮かんでくる。

 かなり熾烈しれつな魔力のせめぎ合いが展開していることは、魔術の素人の当摩でも解った。


「ううっ……うわぁ……うぎぎっ……うぐっ」

 明美に施された拘束具がギシギシなる。泡立ったつばが明美の口からとぶ。


「まずいな……中止じゃ、このままでは娘の心臓が止ってしまう」

 汗びっしょりになったアリスが荒い息をつく。


「ダメ……だったの?」

「今のところ一番有効だと思われる解呪の術式で挑んだが、ダメじゃった」

「そ、そんなっ!」

「慌てるでない、黒の使徒。まだ打てる手はたくさんある」


「当摩君が解呪してみるといい、わたしたち三人よりも可能性はある」

「え……俺?」

 突然の指名に当摩は目をぱちくりさせた。

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