Sへの試練
「たしかに当摩は以前、わたしが加奈美先生にかけた魔術を解除したことがあったわ」
「その解呪、先天的な技能ね。当摩君の特異体質のひとつ」
「その時も無意識にただ触っただけで魔術を解除したわ」
「ふむ……興味深い」
金髪をサラサラと揺らしながら、アリスは当摩を真正面から見た。
「黒の使徒……お主の体質がどんなもので、なぜ魔術が効かんのか、さっぱり原因は解らん」
アリスが澄ました顔でお手上げのポーズを取る。
「だけど当摩だけは魔術の常識を超えた力を発揮することがあるわ」
神奈は真剣な顔つきで言った、その様子には他の二人より余裕が感じられなかった。たぶん三人の中でひときわ若いせいだろう。
「で、でも、解呪なんてどうやってやればいいのか」
「とりあえず、真剣に祈って、魔術の
「う、うん……」
(明美ちゃんを助けるんだ。なんでもやってやる。まず真剣に祈って)
恐る恐る明美の心臓に手を伸ばして、胸に触れた時だった。
バチンッ! と音が鳴り、雷のように魔力が爆ぜた。
「うぶぁっ! ごほっ!」
明美が叫び、口から唾液が飛び散り、その後鼻血をだした。ものすごく苦しそうな様子だった。
「まずいっ! そこまでじゃ」
アリスが当摩の手をつかみ引き離す。
「何よこれ? 失敗?」
神奈の顔は青ざめていた。
「失敗……だね」
こんな時でもエリゼは淡々としていた。
「魔術のブービートラップ、呪い返しの一種じゃが、解呪されそうになったら娘の心臓を潰すつもりだったようじゃ」
「当摩の存在を見越しているってこと?」
「どこまで見抜いているかは解らんが、
「でも常識外れの魔法無効とはさすがに思ってないだろうけどね」
エリゼはくつくつと笑った。
「さて、残る手段はちょっと
「ええ」
「その次の手段って?」
アリスがふむと唸る。
「我ら三大魔女は命に優先順位をつけておる。まず第一が自分の使徒、当然魔女がその運命に引きずり込んだ人間だ。責任は持たねばならぬ」
アリスはふんと鼻を鳴らす。
「そして第二が一般市民。無辜の民が魔術師に狙われていたら、自らの命も顧みず助けなければいけないわ」
エリゼが無表情でそう言った。
「最後が自分たち自身。魔女にとって一番どうでもいい命が自分と敵よ」
神奈が
「うん、なんだか次の手段が解ってきたよ」
「言ってごらんなさい」
神奈が当摩の目を見つめる。燃えるような意志が宿っていた。
「ブラッディ・マリーを倒すんだね。たとえ負ける可能性が高くとも」
三人の魔女は同時に頷いた。
「しかし、ひとまずは戦力アップじゃな、一人足を引っ張っておる若輩者がおる」
「そう、わたしね」
「神奈ちゃんが?」
「まずは聖婚の儀式、つまり黒の使徒お主をSランク以上の魔力持ちに改造する」
「魔物を狩ってる時間なんてあるの?」
「ない、よってかなり強引な手段だが、わらわたち三人の魔力を主に移植する」
アリスも神奈もどこか迷っているような表情を浮かべている。うっすら笑っているエリゼが怖い。
「そんなことが出来るんだ」
「出来ればやりたくなかったけどね」
「なんで? 難しかったり危険だったりするの?」
「難しくはないわ、失敗することなんてかなり
「問題……?」
神奈はアリスとエリゼの顔を見て、それから頷いて口を開いた。
「痛いの……ものすごく……当摩が」
「えっ⁉」
当摩の顔がみるみる青ざめていった。
※
「ううぅぅ……なんでこんな……」
明美と同じように拘束衣を着せられてベットに縛り付けられた。
「術は十分ほどで終わる。施術中は痛いが、後遺症や後に痛みが残ることはない」
「う、うん……」
「当摩……頑張って」
当摩はカラ元気をだして笑みを見せた。確かに痛いのは怖いが、これが終わったあとは、ついにあの憧れの神奈とエッチできるのだ。
「やってください」
「うむ」
アリスが当摩の心臓に触れ、呪文を唱えた。
「かのものに魔力を移さん、心のチャクラを開かん」
「ぐはっ!」
胸に激痛が走る。
(これ……思った以上だ)
「額のチャクラを開かん」
次に頭をハンマーで殴られたような激痛が走る。
「うぎゃぁぁっ‼」
(これ、いつまで続くんだ?)
病室の時計を見る。まだ三十秒も経ってない。
(やばいっ! これヤバイっ!)
「丹田のチャクラを開かん」
「うわぁぁぁっ!」
チャクラを開くごとに痛みの箇所が増えていくが、前に開いたチャクラの痛みが消えるわけではなく、全身に激痛が走る。
(あ……これ気絶するか?)
意識を失ったほうが楽かと思ったが、気絶することはなかった。
「すまんな黒の使徒、覚醒効果のある香を焚いておる。術が終わるまでの我慢じゃ」
「で……でもこれ……耐え切れな……ぎゃぁぁっ‼」
今度は三人の魔女から魔力が流れ込んでくると、チャクラを無理やり開いた痛みなど、大したことはなかったと思うほど痛かった。
「うっ! あぅぅうっ! みぎゃぁぁぁっ‼」
のたうち回りたいが拘束衣でガッチリ固められて動くことさえ出来なかった。
(まだ……一分? 冗談だろ⁉)
全身から脂汗がじっとり滲む。痛みに耐えて食いしばっている歯が割れそうだ。
その後九分間の出来事は当摩にとって二度と思い出したくない出来事になった。
実際、数日後、この時の記憶はきれいさっぱり消えていた。ただひどい目にあったことだけは忘れなかった。
拘束衣を解かれて、当摩はゆっくりとベッドから起き上がった。たった十分の間にだいぶ痩せたように見える。
「当摩……大丈夫?」
「うん、神奈ちゃんありがとう、ずっと俺のこと気にかけてくれて」
「わたしの使徒でしょ……当然よ」
「よし、ジョブ鑑定をするぞ」
「
「ジョブ鑑定は冒険者ギルドの極秘の魔法だが、同じ魔法がエルフの里の図書室にあっての。それで覚えてみたんじゃ」
アリスが当摩の頭に手をかざし、呪文を唱えた。
「うむ、冒険者ランクS+……ジョブも変わっておるぞ……って、ええっ⁉」
「何か問題でもあった?」
神奈が心配そうにアリスに訊いた。
「ジョブが……見習い勇者になっておる」
「えっ!」
「勇者? 本当に現れたの? それが当摩君⁉」
「今後、異世界ではジョブ鑑定はするな、必要なときはわらわが見る」
当摩の喉がゴクリと鳴る。
「バレるとマズいの?」
「魔王勢力から最優先暗殺ターゲットにされる。異世界でもそうだが、現実世界でも狙われる可能性がある」
「こっ……怖っ……じゃあこのことは?」
「誰にも話すな。わらわたちとお主との間だけでの秘密じゃ」
「当摩が……勇者だったんだ」
どこかうっとりしたように神奈がつぶやいた。
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