シルバーウィッチ争奪戦

(階段は一か所しかないか、これ二階で鉢合わせるな)

 案の定、二階についたところで、二人の黒ずくめの男達とばったり出会う。


「見つけた。ターゲットを補足、学生らしい男とともに逃走中! はいっ! はいっ!」

「両方殺して構わんそうだ」

(マジかっ! ヤバいっ!)


「いいのか? この男たぶん魔女の使徒だぞ」

「命令は命令だ」

 男が銃を発砲する。初撃は見当違いな方向へ発砲した。窓ガラスが割れ飛び散る。

(よし! 護符が効いてる)


「逃げるよ。エリカちゃん」

 走り出す当摩、しかし男の一人が逃走経路に割り込んで、さらに発砲した。


(!!!!!っ)

 肩に焼けるような熱さが走った。思わず持っていたフライパンを取り落としそうになる。右の肩だ。

 肩を見た。赤い。

(まずい、護符の魔力が切れたんだ)

 

「殺すならわたしだけにしなさいっ‼」

 エリカが当摩の前に出て叫んだ。

 男たちが顔を見合わせる。

「いいだろう、男は助けてやろう」

「ダッダメだ。そんなこと」

「せめて、苦しまないように即死させてやろう」

 男の一人がエリカの頭部に銃口を向けて撃った。


(ダメだっ! そんなことっ! 絶対にっ!)

 銃口が赤い光を放ち、銃声が響き渡った。エリカの頭が割れたスイカのように……はならなかった。


 次の瞬間、全ての世界が止まった。

 もう一度よく見る。やっぱり止まっている。でも、肩は依然異様に熱く、赤い血潮が流れていた。


(あなた本当に魔法が効かないのね。それもここまでとは、こんな常識外れ見たことも無いわ)

 エリゼの声だった。

「エリゼ……さん?」

 見ればエリゼも階段を登って来る途中だった。


「そうだっ! エリカちゃんは」

 エリカは当摩を守るように立ちふさがっている。瞬きひとつしない。

「なんですか? コレ?」

 エリゼに訊いた。


(わたしは意識を時間加速させることが出来るのよ。一秒を何百秒にも引き延ばしたりね、その魔術の最高の魔法がコレ、時間停止よ)

「え゛っ‼」

(この停止した世界では、わたしの意識だけがあるの、それなのにあなたってば時間停止が効かないのね。わたしだって動くことはできないのよ)


 見ればエリカに放たれた銃弾は空中に静止している。当摩はそれをフライパンで殴った。銃弾はあらぬ方向へれる。

(オーケーそれでいいわ、今のうちにその男達も倒してしまいなさい)


 かなり肩が痛むが、四の五の言っていられない。銃撃を受けた恨みも込めて男達をフライパンでシバキ倒す。

「はぁ……はぁ……どうだ」

 血まみれのフライパンが床に落ちる。

(お疲れ様、今時間停止を解除するわ)


「わぶっ! ぐわぁっ!」

 エリカを撃った男が奇声を上げて吹き飛ぶ。見れば隣の男も同様に吹き飛んでいた。


「えっ⁉ なに? 何が起きたの?」

 当摩がエリカの肩に手を置き、その顔を覗きこむ。

「は……はぁぁ……良かったぁ」

「あ……血が……」

「いけね……汚しちゃったね」

 当摩の右腕は夏服のシャツごと真っ赤になっていた。触れたエリカの肩に血の手形ができる。


「あなた、ひどい怪我……大丈夫?」

「あ……まずっ、これ……限界だわ」

 そう言って当摩はぶっ倒れた。最後の瞬間、目に映ったのは涙を溜めて驚くエリカの顔だった。

(やっぱ……可愛いな……)


 ※


 しくしくと誰かが泣く声がする。

(誰だ?)

 誰かが当摩の手を取る。柔らかくて暖かい感触がする。

 甘い匂い、良い匂いだ。

 やたらと右肩が痛いなと当摩は思った。


 ゆっくりと視界が開けてくる。

「あれっエリカちゃん?」

 装飾のすくないシンプルな白いTシャツに、ジーンズのパンツを履いたエリカがこちらを心配そうな顔でうかがっている。

 目が泣きはらしたように赤い。

(もっと笑えば可愛いのに)


「当摩君……当摩君って呼んで平気?」

「う、うん。こっちはエリカちゃんで?」

「いいよ。好きに呼んで」

 辺りを見回せばそこは病室だった。洗われた真っ白なシーツに消毒液の匂い。採光の良い部屋でお日様の感触が気持ちいい。個室の部屋にはエリカと当摩だけがいた。

 肩はしっかりと止血され、包帯が巻かれていた。


「その……無茶ですよ。あんなフライパンだけで、マシンガンを持ったプロに立ち向かうなんて」

「あははっ……神奈ちゃんのお守りとエリゼさんの魔術がなければ十回は死んでたな」

「笑いごとじゃありません……」

 そう言ってエリカは頬を膨らませる。


 そこへガラっとドアが開いて、神奈と梨花と京史が現れる。

「本当に正気じゃないわよ。フライパンで特殊部隊と戦うとか、あなたの頭の中はどうなっているのかしら?」

「僕の伝説がかすんで見えるな」

 そういう京史はいつもと変わらぬ冷静顔クールフェイス

「めっちゃめちゃ痛そうな怪我だったけど大丈夫?」

 梨花はなんだか嬉しそうに笑っている。何か良いことでもあったのだろうか。


「痛てっ……そう言えばめっちゃ痛い」

「まあ、あなたの場合生きてるだけで御の字ね」

 そこですっと神奈の雰囲気が変わる。


「中村・シルバーウィッチ・エリカ、あなたの処遇が決まったわ。政府陰陽寮ならび関係各省庁で大臣クラスの人達が極秘に審議しんぎした結果がでたの」

(そう言えばエリカちゃんってテロの首謀者だった。まさか死刑とかじゃ……)

 すうっと神奈は息を大きく吸い込んで言った。


「隷属魔術をかけた後、黒の魔女預かりの奴隷になってもらうわ。特に魔術は無許可での使用は禁止、今後自由の身になることはないと思いなさい」

「はい……」

 エリカの目からポロポロと涙がこぼれる。

「まあ、陰陽寮の阿部寮長が言うには、真の大魔術使いに比べたら、いかなエリートと言えども官僚や政治家など歯車にすぎない。しかしその貴重な血にはそれ相応の責務がついてまわる。以後はこの国の役に立つように、その力をふるいなさい。それが貴女の贖罪しょくざいなんだそうよ」

 そう言って神奈はフッと笑った。


「そういうことで……エリカは当摩付の性奴隷にしようかと思うんだけど」

「異議なし」

 京史は珍しく顔に表情がある。面白がっているようだ。

「右に同じ」

 梨花も露骨ろこつにニヤニヤしている。

「えっ⁉ えええっ‼ 性奴隷って?」

 当摩は本気で慌てた。


「当摩君は……わたしのこと嫌い?」

 エリカは潤んだ瞳で当摩を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る