エリカ

(天国でお父様に会ったら、やっぱり怒られるかな?)

 でも奴らに一矢報いた。後悔してないかと言えばしてる、になるが。それでも良いとエリカは思った。


 自分のことはどうでもいい。問題はテロの実行犯ジョーカーにしてしまった。十人の皆のことが気がかりだった。


 皆、自殺をしようとしていた人ばかりだった。多くが経済的な理由で、彼らはエリカの甘言に乗せられて、その凶刃を振るった。


 エリカの凶行により政府や政治家はパニックになったが、民衆の目はわりに冷ややかだった。ネットではエリカの凶行を賛美するものさえいた。

 でも、自分は十人も人を殺したのだ。それをつぐなうには、やはり死刑しかないだろう。

(もうすぐ逢えるね……お父様)


 黒の魔女がどうやらエリカの存在に気が付いた節がある。それはそうだエリゼに聞けばすぐわかるだろうし、あの姉はエリカをかばったりしない。


 少しお話があります。友人を連れてあなたの寮へ伺います。エリゼからのメッセージだ。

 エリカはスマホを見つめ、それからそれをポイっと机に投げ出し、ベッドで横になった。


 何か対策をするために自動書記を使ったほうがいいのかもしれなかったが、もう、そんな気にはなれなかった。

(わたし……もう疲れちゃった)


 ※


(うわぁ……凄い建物、これが有名お嬢様学校の寮か)

 なにやら中世の貴族の館を彷彿ほうふつとさせるような本館と初夏の花が見事に咲きほこる庭、堅牢けんろうなゲートがある。


 ゲートには守衛のおじさんがおり、エリゼが声をかけるとニコニコした顔で応対した。

 そして、鋼鉄製のゲートが開いた時だった。

 黑いワゴン型で全面をスモークガラスにした不審な車両がゲートに突っ込んできた。

「なんだっ⁉」

「神奈っ!」

 エリゼが声を上げ、車へ向かおうとした守衛のおじさんをゲートの管理室に押し込んだ。


 ワゴン車から数名の黒ずくめの特殊部隊員らしき男達が飛び出して、マシンガンで管理室に銃弾を浴びせた。

「こっちは任せなさい、当摩は下がって警察を呼んで」

「う、うん、神奈ちゃんも気をつけて」

 男たちは逃げ去る当摩を追おうとはしなかった。


 男は全部で五人、全員がマシンガンで武装している。神奈とエリゼがいることを確認すると、三人がその場に残り、二人が寮へ向かった。

「魔女に銃弾は当たらん、適当に時間を稼ぐぞ」

 男たちはマシンガンを三点バーストにして撃ってくるが、まるで素人のように見当違いな方を狙っていた。

 本人たちは訓練通りに撃っているつもりなのだが、神奈とエリゼの矢避けの魔術が効いているせいだった。


 二人の男が寮のドアをこじ開けて内部へ突入しようとする。寮のドアはかなり丈夫に作ってあるらしく、簡単には開きそうになかった。

 庭の掃除をしていたメイドが金切り声を上げ、不審な男たちを見た女学生やスタッフがパニックになる。

 少しはなれた場所から、当摩は様子を見ながら、警察に通報していた。


「そういうことですぐに警察官をよこしてください。はい、はい、自分はこのままこの場を離れます」

 ウソだった。通話を切った当摩は駆けだす。

(裏口とかあるのかな? とにかくエリカちゃんを逃がさなきゃ)


 ぐるっと建物を回ったところで裏口を見つける。

「よしっ、見張りは……」

 いた、二人いる。物陰に隠れながら当摩は見張りの様子をうかがった。


 さっきの男達と同じだ。黑い防弾チョッキに同じく黒いヘルメット、手にはマシンガンを持っている。

 何か短く連絡を取っているようだが、内部へ突入する様子はなかった。


 当摩が隠れているところにゴミ捨て場がある。

(何か……武器になる物は)

 鉄製のびたかなり重いフライパンがあった。

 当摩はそれを手に取る。


 マシンガン相手にはかなり分が悪いというか、そんなもので相手するのは自殺行為に近かったが、当摩には神奈のくれたお守りがある。これに魔力が残っているうちなら当摩はあらゆる危険から守られるはずだった。


 ヘルメットをしていなければ、フライパンで殴れば気絶くらいはするだろうが、完全武装のプロに効くかどうかは、かなり疑問だった。

(でも時間がない)

 当摩はゆっくりと近づいた。もう見つかってもおかしくなかったが、二人の男は当摩に気が付いていなかった。

(お守りの効果だ……やっぱ神奈ちゃんはすごいな)


 もう男のすぐそばまでくる。

(いつもモンスターを倒してる時みたいに……)

 すっと構えた。すると、ふっとフライパンが軽くなり、淡く光ったような気がした。


 ガンッ‼。

 当摩の振るったフライパンがものの見事にクリーンヒットする。男の一人はそのまま倒れた。

(あれっ? 今ソードスキルがでた?)

 そんなはずはない、ここは異世界グレイルではないのだから。魔力がフライパンを強化するなんて考えられない。


「なっ! なんだお前、どこから湧いたっ‼」

 男がこちらに銃口を向けようとする。

「先手必勝!」

 続いてフライパンを振るう、やっぱり光ってる。


 ゴンッ‼。

 また一撃で男は沈黙した。

「よ……よし、オッケイ」

 懐からお守りを取り出して見た。中身もしっかり確認する。

(うわ、お守りの文字消えかかってる。かなり魔力を使っちゃったんだ)


 裏口へ近づいてドアノブを回した。

(ダメだ。鍵がかかってる)

 蹴破けやぶるか体当たりしようかと思案していると、中から誰かが鍵を開けた。

「あなた、魔女の使い?」

 そう言うのは初老の婦人だ。上品な佇まいをしている。寮の管理人だろう。

「黒の魔女、黒崎神奈の使徒です。侵入してきた賊の目的は中村・シルバーウィッチ・エリカの命です」

「エリカちゃんの部屋は三階まで階段を登って、東側の一室目、ネームプレートがあるから、案内するわ」

「そこまで聞ければ充分です。おばさんも退避を」


 当摩は目の前にあった階段を全力疾走で登った。調度二階の踊り場に来たところで大きな音が鳴った。おそらく玄関のドアが破られたのだろう。

「くそっ、急がないと」

(三階、東の一室目……あった)

「エリカさん、黒の魔女の使徒です。あなたをお迎えに上がりました。すぐにここを脱出しないと危険です」

 どんどんとドアを叩きながら声を張り上げた。

 ドアがゆっくり開く、中ならエリゼそっくりの女の子が顔を覗かせた。


 シルバーのベリーショートヘアに白を基調とした夏の学生服、本当にエリゼを十歳若くしたような女の子だった。

「黒の魔女? わたしを捕まえに来たんじゃなくて?」

「今は非常時だよ。まずはエリカちゃんを保護するって、神奈ちゃんなら多分そう言う」

「多分って」

「いいからっ!」

 当摩はエリカの手を掴んで走り出す。


 階下から喧騒の音が聞こえ、若い女の子の悲鳴がした。

「俺の護符の魔力が残っていれば、弾は当たらないはず。突っ切って裏口から出るよ」

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