おとり捜査

 冒険者ギルドの個室、作戦会議は佳境を迎え重要な核心に迫っていく。


「真祖の吸血鬼が処女の血を集めているってこと?」

「いいえ、犯人の目撃情報は全て長身の男、ブラッディ・マリーは見た目だけはかなり美しい女よ。しかもその美しさに執拗しつようにこだわっているから男装してレイプなんて絶対にしない」

 神奈の表情には明らかに嫌悪の情が見てとれた。


「たぶんだけど、わたしがみんなに渡しているお守りみたいなものを授けているんじゃないかしら。魔眼も生まれつきのものじゃなくたぶん移植した眼よ。恐らくその左目は盲目なんじゃないかと思うのよ」

「在り得ます、しかし僕や梨花ちゃんの魔術はこういった捜索には向かないですね」

「被害者は皆、召喚勇者だものね。死者の霊ならあたしが呼べるけど、召喚勇者はこっちの世界では死なないもんね」

 京史も困った顔をしていた。


「やっぱり地道におとり捜査しかないですかね~でも、あたしは奴の好みからちょっと外れているみたいなのよね~」

「魔眼が光ってる神奈ちゃんじゃおとりにはならないだろうし」

「…………」


「今回の作戦にうってつけの人物がいるわ」

 神奈は当摩に目配せする。

(い……嫌な予感がする)


 ※


「夏鈴は承知しょうちしました。そんな酷いことをする悪人は成敗すべきです」

 育ち盛りの胸を張って、夏鈴は言い放った。その大きな声はギルドの個室にひびき渡る。

(ああ……やっぱりだ)


「夏鈴ちゃんはグレイルで冒険の経験があったのね」

「友達に誘われたからです。自分はあんまり好きじゃなかったんですけどね、冒険者ランクはCで止まっています」

「今回の作戦では夏鈴ちゃんは一切戦闘する必要がないから安心して」

「ほっ……本当に大丈夫かな?」

 当摩は露骨に心配して見せた。そして正義感の強い妹はきっと作戦に賛成することも解っていた。

「心配ならあなたがしっかり守りなさい」

「う、うん」


「まず、地図で相手が現れるスポットを探すわよ」

 夏鈴は懐から銀の振り子を取り出す。それをテーブルの地図の上にかざした。

「街道をなぞるように動かしてみて」

「はい」

 夏鈴の目は輝いている。やる気マンマンだ。


 何本かの街道を確かめたところで、振り子が急に揺れ出した。

「オーケーここね」

 神奈がすかさず赤ペンで印を付ける。


「その……おとり役はもしかしなくても……」

 緊張から当摩の額には汗が浮いている。

「当然、夏鈴でしょう。被害者たちの特徴に一番近いのは夏鈴です」

「やってくれるのね?」

「任せてください」

(うう……心配だ)


 ※


 そして作戦はすみやかに実行された。

 まず不自然にならない範囲で夏鈴を街中で泳がす。

 ついで神奈の魔術で完全に気配を絶ったブラックマジシャンズの面々が夏鈴の周囲を探る。


「たぶんそれっぽいのが喰いついてきたわね」

 神奈がそういうので見てみると、黒いフードで顔を隠した不審ふしんな人物が、遠巻きに夏鈴を見ている。


 神奈は召喚勇者の基本スキルである遠距離文通で夏鈴の冒険者手帳にメッセージを送る。『ポイントAへ移動せよ』

 さりげなく冒険者手帳を確認した夏鈴が動き出す。男が釣られて移動する。

「やっぱりあいつみたいだな」

 興奮してきたのか当摩の鼻息が荒い。


「予定通り夏鈴ちゃんはポイントAへ向かっているわね」

「男も付いてきてます」

 神奈の魔術が効いているのか、男はまったく尾行に気がついていない。


 そして、夏鈴がポイントAにたどり着くと男が動き出した。ポイントAは木々や丘でちょうど付近から見えなくる死角が多い場所で少しうす暗い。

「へへっ、近くで見ると上玉じゃねえか」

 夏鈴は男をキッとにらむと早口で魔法の詠唱をして火球を飛ばす。

 火球は男の魔法障壁をわずかに削るだけだった。


「おっほ! 見たら即に攻撃か、まるで俺がここで襲うのをわかってたみたいじゃないか」

「あなたに仲間はいないでしょう。すぐにお兄ちゃんが駆けつけます。年貢の納め時ですよ」

「くくっ、やっぱりなぁ、でも俺には秘密兵器があるんだぜ」

 そう言って男は懐から毒針を出す。


「黒の魔女がぶっちめた男の作った毒の残りさ、後はマリー様から頂いたこの魔眼で動きを止め一刺しするだけだ」

「つっ! いけないです。皆逃げてくださいっ!」

 次の瞬間男を炎が包む。梨花のサラマンダーの攻撃だ。

「うっほぉっ! 削れるぅ~さすが特A級冒険者集団ブラックマジシャンズの召喚士様だねぇ」

 梨花の攻撃は男の障壁を勢いよく削るが、致命傷にまでは至らない。


「この男、毒針を用意しています。夏鈴はいいですから皆逃げてください」

「もう遅いっぜっ!」

 男の左目が光を発する。

「マリー様特製の魔眼だ。黒の魔女だって一分は動けねえ、この前のクソ女のときのような掛け損ないもしてねえ完璧だ」

「へぇ……なかなか良いものを持っているじゃない」

 驚くべきことに男の魔眼は本当に神奈の動きを止めていた。


 男が毒針を掲げる。

「まずいっ! この状況は」

 京史は一瞬青ざめる。

 しかし、次の瞬間、男の両手首が宙を舞う。放物線を描いて飛んで行った手から毒針がポロリと地面に落ちる。

「お前っ⁉ なん……だっ!」

「これでも見習い卒業の戦士なんだぜ」

 魔法障壁さえ瞬く間に切り裂く当摩の一太刀だった。

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