16 復活
突然暗闇に放り出されて驚かず、身体を硬直させない者は稀だ。
テビスは稀な方で、即座に身を伏せた。
伏せた身体の上を、なにかが通り過ぎる。
「避けたか。だがこれはどうだ?」
テビスが思っていたよりも遠くから、赤いローブの男の声がした。
直後に再び攻撃の気配。しかも複数。
テビスはその全てを避けきってから、魔法を放った。光源を創り出すものだ。
「ぐうっ!?」
声を上げたのは、テビスだ。
加減したはずの光源の魔法に、自らの目を焼かれたのだ。
「はは、掛かったな!」
特定の魔法の効果を減じる魔法がある。
それを逆転させたものが、一帯に撒かれていた。
目を焼かれた痛みに、テビスは判断力をも奪われた。
◇
少しだけ眠るつもりが、また夜になっていた。
起こそうとした体に抵抗があり、よく見たらルビーの腕が僕の胸のあたりに絡みついている。
ルビーはよく寝ている。
思わず頬をつついたら、むにむに言いながら目を開けた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ん……おはよう、リョーバ」
「おはよう」
ルビーは自分の意志で目覚めたかのようにぱっちりと起き上がり、伸びをする。
「おはようっていうか、夜だね。ちょっとお腹空いたな」
「ごはんつくる?」
「え、でも」
「いつも作ってた」
「じゃ、じゃあお願い」
料理はできないことはないが、好きなわけじゃない。
作ってもらえるならありがたいし、記憶を無くす前の僕も作ってもらっていたのなら、甘えておこう。
ルビーが部屋を出た後も、僕は寝室に残った。
寝室をぐるっと見渡す。
家具、内装、天井、照明、床、ベッド……僕の手。
寝る前に見たままだけど、僕の手以外はあまり馴染みがない。
前の世界では、家族と一緒に暮らしていた。
父、母と二人の姉に、父方の祖母。
家族仲は良かった。
時折姉二人にイジられたが、僕が本気で嫌がればそれ以上のことはしてこなかったし。
学校は大学まで出て、特に問題なかった。
会社は若干ブラックだったな。残業代はきっちり出ているだけマシだったかもしれない。
恋人は……いたときもあったけど、こちらへ来る直前から数年はいなかった。
あちらの世界でやり残したことと言っても、仕事のことと、結婚できなかったことくらいしか思いつかない。
あとは、平和で平凡な僕の家族が、僕が消えたことを心配したり落ち込んだりしているだろうことが、辛い。
できれば、最初から居なかったように調整してくれる召喚か、召喚直前に実は死んでいたパターンであることを、願うばかりだ。
「リョーバ、ご飯できた」
寝室の扉の向こうから、ルビーが僕に呼びかけきた。
もうそんなに時間が経っていたのか。
「ありがとう、今行く」
扉の前まで来た時、不意に胸騒ぎがした。
「?」
「どうしたの、リョーバ?」
「なんでもな……くはないかな、なんだろう、これ」
刻一刻と不安な気分になっていく。
「ねえ、ルビー。テビスって今頃どうしてるかな」
僕の口から出てきたのは、テビスのことだ。
「テビス? 王様、忙しい、かな」
「だよな。……」
思わず目を瞑ると、どういうわけか、青ざめたテビスの顔が思い浮かんだ。
「!! ルビー、今すぐ僕に魔力って渡せる!?」
「うん」
扉をガチャリと開けると、ルビーが僕を見て一歩引いた。
「リョーバ?」
「早く!」
「わかった」
ルビーから魔力を貰ってどうするんだ。
テビスの居場所なんて……どうしてわかるんだろう?
急いでルビーに自分の手を押し付け、血が滲むほど噛み付かれても全く痛くない。
そんなことより、早く、早くしないと。
「ふっ、う!?」
魔力が流れ込んでくるスピードが遅くてもどかしい、と考えた瞬間、僕は自分で自分の魔力を操っていた。
ルビーの魔力をかなり貰ってしまった。
「ごめん、ありがとうっ!」
「待って、一緒に行く」
「わかった!」
転移魔法なんて初めて使ったし、行った記憶のない場所だったが、成功した。
テビスが体中あちこちに怪我をして、倒れていた。
「テビスっ!」
駆け寄ろうとしたら、足が動かなくなった。
「なんだこれっ」
壁はないし、誰かに捕まっているわけでもない。
ということは、魔法か!
「離せっ!」
叫んで魔力を解き放つと、身体が自由になった。
「何っ!?」
誰かが驚愕の声を上げているが、知ったことか。
テビスは虫の息だった。
「テビス! テビス!!」
治癒魔法をあてながら声を掛け続けていると、ようやくテビスが目をわずかに見開く。
「貴様は勇者か? 記憶を取り戻したと聞いているが、その魔力は一体……」
「ルビー、そいつ黙らせて!」
知らない誰かが煩かったのでルビーに口封じを頼んだ。
ルビーは風のように軽やかに身を翻すと、声の主に全身で絡みつき、首を極めて落とした。そんなことできたのか。
「テビスッ!」
「……リョーバ、何故、来た」
そういえば、胸騒ぎがしたとはいえ、僕は何故、どうやってここに?
いいや、そんなことはどうでもいい。
どれだけ治癒魔法をあてて傷を塞いでも、テビスの身体から生命そのものが流れ出ている気がして仕方がない。
「リョーバ、いい、もう、間に合わぬ」
「嫌だっ!」
叫んで自分で驚いた。こんな激情を持っていたなんて
「おれの、失態だ……最期に、リョーバに会えて、よか……」
テビスが目を閉じ、脱力する。
嘘だ。
信じない。
何でもいい、テビスを助けられるなら……。
「リョーバ!」
血でも記憶でも、何でも消えてくれ!!
頭を、脳味噌を直接締め上げられるような酷い頭痛がしたかと思うと、目の前が真っ白になった。
僕の手には、脱力して頼りないテビスの手が握りしめられていた。
……大丈夫だ。心臓が止まったのなら、動かせばいい。
僕にはもう何の迷いもなかった。
魔力を、魔法を駆使してテビスに心臓マッサージを施し、足りない血液は魔法で創って与え、体温を上げさせた。
傷は、記憶が途切れていた時に既に塞いである。折れたり曲がったりしている箇所はもう見当たらない。
「う……おれは、生きてる、のか」
テビスが弱々しく呟きながら目を開けた。
「よ、よかった……間に合った……」
途端に力が抜けて、テビスに覆いかぶさるように前のめりに倒れてしまった。
「リョーバ、こいつ、どうする?」
ルビーはよくわからない男を締め上げたままだった。
「もういいよ。そいつはもう何もできないようにするから、離れて」
ルビーが男から十分に距離を取ったのを確認してから、そいつに掌を向けて魔法を放つ。魔力封じの魔法だ。魔力さえ封じてしまえば魔法は使えない。
「リョーバ、お前」
「ええっと、記憶戻ったっぽい。忘れてた頃の記憶も……説明がややこしいな。つまりその、全部、思い出したし憶えてるよ」
テビスは身を起こそうともがきながら、目を見開いた。
「そうか、それは何よりだ」
上半身を起こしたテビスが、口を笑みの形にする。
「まだ無理しない方がいい。それで、テビスはここで何してたの」
「ああ、そやつが此度の……諸悪の根源だ」
諸悪の根源と呼ばれた赤いローブの男は、ルビーに極められて落ちたまま、動かない。
「起きよ」
赤いローブの男にテビスが文字通り冷水を浴びせると、男は目を開き、身動ぎした。
ここはインフィニオル王城の地下牢だ。
あのあと、テビスの希望で僕が転移魔法を使って、ここへやってきた。
男は僕が魔封じの魔法を施している上に、金属製の枷や重りを厳重に取り付けられ、拘束されている。どんな奴でもこの状態からは喋るくらいしかできない。
「……なんだ、ここは。お前は何故生きて――」
「陛下に向かって何たる口の利き方だ!」
テビスが止める間もなく、隣にいた兵士の一人が男の顔面を蹴り上げた。
「ぐぼっ!」
金属製のつま先で蹴られた男の口からは歯が何本か飛び、唇と頬から血を流す。
「止めよ。この際、話さえ聞ければ何でもよい」
テビスに止められた兵士は、悔しそうに引き下がった。
愛されてるなぁ、テビス。
「さあ、全て吐いてもらうぞ」
テビスが男に掌を向ける。
魔法は人が想像できるものなら、何でもできる。テビスは自白させる魔法を使ったようだ。
「名は」
「……クリムゾンと呼ばれていた」
「真名は」
「無い。俺は人工的に造られた魔道士だ」
この世界にクローン技術や遺伝子操作といった科学力は無い。概念があるかどうかすら疑問だ。
「人工的にとはどういうことだ」
「最初は、人を二人で一人に、その一人をもう一人用意して更に一人にする実験だった」
自白魔法によって、クリムゾンは自身の出生を明かした。
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