17 赤
「つまり、人の能力のみを取り出して一つにまとめ、片方の……より優れた方の肉体に押し込めたと」
「その理解であっている」
クリムゾンは二百五十六人分の人間が融合した唯一の成功例だそうだ。
他は途中で死ぬか、心または身体が壊れて「使い物にならなくなった」とか。
「どうして魔物を創った?」
これまで自白魔法の効果ですらすらと答えていたクリムゾンが、質問を受けて数秒押し黙ったかと思えば、大声を上げて笑い出した。
「使い物にならなくなった連中がどうなったかわかるか!? 奴らは暴走し、変じたんだよ! 魔物に! 俺はそれを見て更に増やしただけだ!!」
「何故増やした」
飽くまで淡々と尋問を続けるテビスの反応に白けたのか、クリムゾンは笑い止んだ。
「二百五十六人分の魔力があったところで、所詮人間だ。魔力量はそこの、異世界から来た勇者にも劣る。セリステリアは召喚に頼らず勇者を手にしたかったようだが、上手く行かなかった。だから連中は俺を造り……不用品、失敗だとして殺そうとしたんだ。復讐だよ、復讐だっ!」
はて、と気づいた。
話がおかしい。
「ねえ、僕は『魔王が現れたから』喚ばれたって聞かされてたんだけど。クリムゾンの話だと、魔物が現れる前から勇者を手に入れようとしてない?」
「うむ。だがこやつは嘘を吐いていない。どこかで認識にズレがあるな。おい、勇者と魔物とお前たちの関係を、詳しく話せ」
クリムゾンはあっさりと答えを喋った。
「セリステリアは世界を支配したかった。だから俺たちを造った。失敗作が魔物のような存在に成り果てたから、勇者を求めて俺を完成させた。だが俺は奴らの意に反して、魔物を討伐するどころか逆に増やしてやった」
僕は、セリステリアが世界征服をするための駒として召喚されたということか。
だから魔王を討伐した後、この大陸でセリステリア以外に唯一残っている国であるインフィニオルの国王、テビスを討てと命じたわけか。
腑に落ちたが、解せない。
元の世界への未練は不思議なほど無いが、向こうで家族が心配しているかもしれないと考えると、心が痛む。
人ひとりの人生を勝手に断ち切るなんて、どんな大義名分があったとしても許されることじゃない。
「ところで、こやつのことは何か知らぬか」
テビスが指し示したのは、ルビーだ。僕の背後に隠れるルビーに「大丈夫だから」と声を掛けて、クリムゾンから見える位置に立たせた。
クリムゾンはルビーをしげしげと見つめて、首を横に振った。
「知らん」
「顔を見たことは」
「ない」
「魔王城に居たのだぞ」
「こんなガキがいるなど、聞いたことすらない」
ここでもルビーは詳細不明だった。
「貴様も被害者だろうが、私怨のために大勢を巻き込んだ罪は消えぬ」
テビスは眉間を揉みながら、クリムゾンに極刑を言い渡した。
ただし、セリステリアの情報を絞れるだけ絞った上で、本人の手で後始末をさせてから、というものだ。
「リョーバ」
クリムゾンが首を横に振った直後に僕の背中に隠れたルビーが、正面に回って僕を見上げていた。
「ルビー、全部思い出したよ」
ちゃんと言ってなかったから、改めて伝えた。
「よかった」
ルビーは僕の腕にひとしきり、すりすりと顔を擦り付けた。
「さて、これで魔物と魔王に纏わる物事は大体明らかになったな。セリステリアについては、インフィニオルから制裁を与えよう。なにせ俺を殺そうとしたのだからな」
自力で歩けるように拘束し直されたクリムゾンが、兵士に連行されるのを見送った後、テビスがこう宣言した。
「そうだ、テビス。どうして死にかけてたのさ」
魔族の王であるテビスはかなり強い。魔族自体が人間より身体能力、魔力共に優れているし、その王なのだから人間は束になっても敵わない。
クリムゾンが全力を出したところで、テビスが負けるなんて想像もできない。
「不意を突かれた。暗闇にされた後に、特定の魔法を使用者の意に反して強化する結界を組まれていてな……。それよりもリョーバ、お前こそ何故あの場に来たのだ?」
「それよりもって……最初はすごく嫌な予感がして、後は無我夢中だった」
「何かを代償にしておらぬか?」
「……あっ! あれ?」
そうだ、夢中になりすぎて……テビスが死ななければ何でも良いって気持ちになって、記憶とか血とか、これまで魔力と関連のあったものが消えても構わないって強く願ったんだった。
でも、貧血にはなっていないし、記憶は全部ある。
「ルビー、僕どこか変かな」
ルビーは僕と魔力で繋がっている。この世界での記憶が途絶えてた時も、それは変わっていない。
「強くなった」
「リョーバは元より強いだろう」
テビスが口を挟むと、ルビーは首を横に振った。
「違う。もっと強くなった」
「ふむ?」
テビスが僕の額に、熱を測るみたいに手を当てる。
「!? どうしたこの魔力は」
「え、何? そんな多い?」
「多いも何も……底が見えぬ。本当に何をしたのだ」
「わかんないよ、勝手にこうなってたんだ」
男二人でうんうん唸っていたら、ルビーが僕の服の裾を引いた。
「リョーバ、全力で願った。だから叶った」
「?」「?」
男二人の頭上にクエスチョンマークが浮いた。
「願って叶うなら、この世界は皆リョーバのような魔力持ちだらけだぞ」
ルビーは再び首を横に振った。
「願いが叶うのはリョーバだけ。リョーバ、異世界から来た」
「そうだけど……あー、そう言えば」
僕は二人に、元いた世界のファンタジー、つまり異世界転生や召喚モノのセオリーについて話した。
転生や召喚に遭った人は大抵、特殊能力を得たり、あり得ない力を持ったりする、と。
「召喚された前後の記憶は戻っているか?」
「ええっと……前の世界で夜中に道歩いてて、気づいたらセリステリアだった」
記憶が無いのではなく、本当に唐突に召喚されたのだろう。神様とかのいる場に連れて行かれた憶えは全く無い。
「ふむ……。その、世界を繋ぐ存在とやらに出会えなかった代わりに、願うだけで力を得ることができたのか?」
「かなぁ……」
どんな仮説を立てても、ピンとこない。
二人で話し込んでいたら、隣のルビーが小さく欠伸をした。
「今何時?」
「む、そろそろ暮れ時か。腹も空いたな。何か食って、寝るか」
ルビーはそのまま客室で休ませてもらい、僕はテビスの私室へ案内された。
客人は客室か食堂で待っていれば食事を持ってきてもらえるのだが、僕は特別枠のようで、テビスの部屋でテビスと一緒に食べるのが通例になっている。
「リョーバのお陰で、ここの食事もだいぶマシになった」
「元々良かったのを味付け濃くしただけでしょ」
二人で雑談しながら美味しい食事を平らげる。
「村の連中には『リョーバは諸事情で村に居らぬ』と説明してしまったのだ。こんなに早く記憶が戻ると思わぬでな」
「仕方ないよ。病気ってことにしなかったのは助かる」
「あの連中のことだ、お前が病だと知れば、見舞いの品が山程届いてお前が困ると思ってな」
「好判断ありがとう」
いつもの調子のテビスに、内心ほっとする。
ついさっきまで死にかけてたんだよなぁ。
食後のお茶を楽しんでから、今日は城の客室で寝かせてもらうことにした。既に熟睡してるルビーを起こして家に帰るのも気が引けたし。
客室の巨大なベッドの隅で、ルビーは規則正しい寝息を立てていた。
小さなルビーが真ん中で寝ていても全く問題ないほど広いのに、謙虚というか健気というか。
僕はその隣に、ルビーにギリギリ触れないところへ静かに横になる。
おやすみ、ルビー。
声に出さずに言ったつもりだったが、ルビーはぱちりと目を開けた。
「リョーバ」
起きてしまった。
起こしたことを詫びようとする前に、ルビーが僕の視界を覆った。
何が起きたか把握するのに、少々の時間を要した。
「ルビー!?」
ルビーは僕の首筋に噛み付いていた。
歯を立てて、血が滲むほどの強さで。
前の世界の記憶を取り戻した直後に、血を伝って魔力を分けてくれた時と似ているが、違う。
ルビーは明確に、僕の血を啜っていた。
「何してるの?」
こんな状況だというのに、僕にはルビーが悪いことをしているように思えなかった。
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