11 お料理教室
「こんな味の濃いものを……モグモグモグ……陛下が……ムシャムシャムシャ」
食べながら愚痴を言っているのは、テビスに無理やりついてきた宮廷料理人さんだ。
愚痴りながら、僕が作った料理を次々に平らげている。
「リョーバに無礼を働くのなら首にするぞ」
テビスがじろりと睨むが、さすが宮廷の厨房を任されているだけあって、料理人さんは肝が座っていた。
「私は陛下の……パクパクパク……お身体を心配して……バクバクバク……」
「食いながら話すな」
「はっ! し、失礼しました」
何度目かのテビスのお叱りに、料理人さんはようやく我に返った。
「確かに僕が作るのは僕の好物ばかりで、一応野菜と主食四割肉二割って決めてはいるけど、味は濃いかもしれない」
「でしょう? 味の濃いものは万病の元と言われておりまして……」
「でも貴方が一番おいしそうに頬張ってるそれ、薄くスライスしたパンを油で揚げて砂糖まぶしたハイカロリー不健康食品ですが」
「サクサク……ふあっ!?」
料理人さんは結局、出した料理を全て平らげて帰っていった。
味付けの濃いのは認めないが、現状について再考してみる、とか言いながら。
「これで城の食事が美味しくなったらいいね」
「それはそれ、これはこれだ」
「なんだと」
テビスは今日も僕の家で昼食をしっかり食べて行った。
「はぁ、料理を美味しいって言ってくれるの嬉しいけど、僕は別に料理人じゃないんだよなぁ」
テビスはガタイが良いせいか、よく食べる。僕の倍は食べる。
作る量が増えるということは、僕の負担も増えるわけで。
料理は必要に迫られているからやっている、というのが近い。料理が趣味だとか、作るのが特段好きというわけではないのだ。
「リョーバ、あの」
文字を教えはじめてから、ルビーは更に口数が増え、語彙も増えた。
そのルビーが久しぶりにカタコトっぽく僕に何かを訴えようとしている。
「どうした?」
「料理、手伝う? 作る? やりたい」
「ルビーが? でもルビー、食べられないじゃない」
魔力をエネルギー源とするのは相変わらずだ。僕が魔法で創る果実を好んでよく食べている。
「作りたい、だめ?」
「駄目じゃないけど……」
ルビーのやりたいことは何でも叶えてあげたいが、ルビーのためにならないことは基本的に却下している。
食事作り自体は問題ないが、ルビーは普通の食事をしない。
作ったものは僕が食べることになるだろう。
僕は構わない、むしろ美味しい思いができるが、ルビーに利がなさすぎる。
「食べられなくていい。作ってみたい。失敗したら、もうしない」
「失敗は気にしなくてもいいよ。わかった、やってみて」
僕が許可を出すと、ルビーはぱっと笑顔になった。
最近、よく笑うようにもなったなぁ。
まずは目玉焼きかな、とルビーに卵を割らせてみた。
最初のひとつはグシャリと潰し、二つ目は殻が入ったが、三つ目には完璧な目玉焼きが出来上がった。
「凄い凄い」
「でもこれ、簡単。リョーバが作ってた、シチュー、作りたい」
僕が元いた世界にはシチュールゥという便利なものがあったが、この世界には無い。
小麦粉と牛乳とバターでホワイトソースから作る必要がある。
何度かに一度は焦がしてしまうのだが、そこは便利な魔法で焦げを消して誤魔化してきた。
「シチューは難しいから、肉じゃがはどうかな。いや、どっちにしろ玉ねぎを切らしてた」
「じゃあ、イザベルさんちで、買ってくる」
野菜農家のイザベルさんは最近、ようやく僕からお金を受け取ってくれるようになった。
おすそ分けは減らないし買い取りも市場よりだいぶ安いが、僕の方から徐々に値上げしていくつもりだ。
「一緒に行くよ」
「一人で行ける」
しばらく押し問答になったが、僕が折れてルビーが初めてのお使いをした。
なんか……。
ルビーは二十分ほどで戻ってきた。丸くてずっしりとした玉ねぎを三つ手にしていて、代金もちゃんと支払ったようだ。
「ただいま!」
「おかえり。ルビー、一体どうしたの?」
料理や一人でお使いは、僕から自立しようとしているように見えた。
ルビーは僕から離れたいのだろうか。
そんな不安が過ぎったのだ。
「どうした、って?」
「急に料理したいって言い出したり、一人で買い物行くなんて……」
そもそも、僕が一方的に連れてきたのだし、ルビーがどこかへ行きたいと言うなら止める筋合いはない。
ルビーを手放したくないという僕の気持ちは、ただの独りよがりだ。
「リョーバ? リョーバ!」
自分の考えに沈んでいたら、ルビーに何度も声を掛けられているのに気づかなかった。
「ん? ごめん、聞いてなかった」
「あのね、わたし、リョーバのお嫁さんになりたいの」
「ぶはっ!?」
肺がひっくり返ったかと思った。
「お嫁さんって、意味わかってる!?」
というか、どこで知ったんだ。
文字の勉強を理由に何冊か本をテビスに融通してもらったが……そういえば『くまのおよめさん』ってタイトルの絵本があったな、あれか!?
僕は急いで本棚へ行き、該当の絵本を取り出してぱらぱらとめくった。
――くまさんは あるひ およめさんがほしくなりました
――『だれか ぼくの およめさんに なってくれないかな』
――『どんなかたが いいの?』
――『そうだなあ りょうりがじょうずで ぼくいうことをなんでもきいてくれる やさしいおよめさんが いいな』
この熊、短絡的に嫁欲しがる割に理想バカ高いな。じゃなくて!
僕が子供向けの絵本を床に置いて頭を抱えていると、ルビーが上から覗き込んできた。
「そう、お嫁さん。イザベルさんにも聞いたの。男の人は、大きくなったらお嫁さんを貰うのが幸せなんだって」
イザベルさんうちのルビーになんてこと吹き込んでくれてるんですか!?
「ええっとぉ……ルビーは、大人?」
僕はルビーのことを、妹みたいなものだと思っている。
やや甘やかしている自覚はあるが、こんなにかわいい女の子が傍にいて、甘やかさないほうがどうかしている。
そこに恋慕は……ない、とも言い切れない。が、問題はそこじゃない。
ルビーは見た目まだ子供だ。
自分の年齢すらわからない僕でも、そのくらいはわかる。
「わたし、たぶんこういう種族」
「身体が小さいって意味?」
「うん」
まあ確かに、身長の割には出るとこ出てるし……本当に、普段はこんな目で見ないんだけど。
「だからリョーバのお嫁さんになりたい。花嫁修業したい」
イザベルさんんんん!! どこまで教えたのおおおお!! ルビー素直だから全部頭から丸呑みにしてますよおおおお!!
「ルビー、気持ちはありがたいんだけど……」
僕がどう説得しようか悩みながら言葉を発すると、ルビーはみるみる気落ちした。
「だめ?」
「駄目じゃない」
あああルビーのやりたいことはなるべく叶える日頃のクセがこんなところでえええ!
「でもね、そうだな、さんね……一年! 一年様子見よう? 僕以外の人のお嫁さんになりたくなるかもしれないし」
「ならない」
「うぐっ! ルビーの気が変わるかもしれないし」
「変わらない、リョーバがいい」
「ぐはっ! た、頼むから一年ほど僕に心の準備をする時間をくださいお願いします」
「リョーバが言うなら、一年待つ。一年経ったら、お嫁さんにしてくれる?」
僕は勝ったのか、負けたのか。一体何に対しての勝負なのか。結果がわかるのは少し先の話だ。
ルビーが妙なことを言い出すせいで、料理教室を中断したままだった。
夕食の肉じゃがはルビーに作らせてみたら、包丁の扱いに戸惑いつつも、完成までほぼ自力でやり遂げた。
「美味しい。凄いな」
僕が褒め称えると、ルビーは得意げな顔になった。
「わたしも食べてみたい」
「はい」
魔法でルビーの肉じゃがをコピーすると、ルビーはスプーンで一口サイズに切られた芋をすくい、口に含んだ。
「! ん、ん~」
僕が魔法で創った魔力食品の中でも、果物ばかりを好むルビーが、肉じゃがを一皿食べきった。
「美味しかった?」
「えっと、味は良かった、と思う」
「良かったと思う?」
「色んな味がして、よくわからない」
「もしかして今まで料理系の魔法食品をあまり食べなかったのって、味が分からなかったから?」
「そうかもしれない。他のも創って?」
肉じゃがを食べたばかりのルビーだからそんなに入らないかと、色々と一口サイズで創ってみたのだが、ルビーは全て食べた。
「お腹苦しくない?」
「へいき。魔力ならもっといっぱい入る」
「ならよかった。味はわかった?」
「まだよくわからないけど、覚える。お嫁さんになるから」
何故か気合を入れてしまったようだ。
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