9 交渉?

 僕自身の魔力は、自分で言うのも何だが規格外だ。

 人間より魔力量の多い種族、魔族の王であるテビスの数十倍か、もっとある。

 僕に使えない魔法、創れないものは無いのだが、できないことは多々ある。

 ルビーの髪型を整えるとか、ルビーに似合いそうな服を考えるとか……おしゃれ方向は難しい。


 僕にできないことでも、テビスや他の魔族の力を借りればなんとかなる。

 記憶を取り戻す魔法は、テビスが直々に行うことになった。


「連れてくるよ」

「いや、俺が行く。一度お前の家を見たかったんだ」


 というわけで、今僕の家にはテビスがいる。


「ルビー、おいで」

 ルビーが握りしめる服は、僕がどうにか説得して数日置きに交換させてもらっている。

 多分三日前に僕が着ていた服をぎゅっと握りしめながら、ルビーはおずおずと僕とテビスの近くまで寄ってきた。


「力を抜け。抗うなよ」

「ルビー、言うこと聞いて」

 テビスの言葉には身を縮めたルビーは、僕が諭すと意を決したように力を抜いて目を閉じた。

「では、やるぞ」


 テビスの右手から銀色の魔力がもやもやと漂い、ルビーを覆った。

 しばらく……多分五分くらい経った頃、テビスが片眉をぎっと上げた。


「むぅ、俺の魔法も効かぬかもしれん」


 テビスは尚も魔力を当て続けたが、一旦諦めて、今度は別の魔法を使った。


「どうだ?」

「からだ、かるい」

「なるほど。記憶に関する魔法だけが効かぬのだな」

 僕がテビスを見つめると、テビスが解説してくれた。

「こやつの記憶には何らかの封印か、特殊な魔法が掛かっておるようだ。今、強化魔法は効いたからな。治癒魔法もおそらく効くだろう。だが効果が薄い。こやつ自身が元々魔法の効きづらい体質なのだろう」

「封印を解く方法は?」

 僕が急くと、テビスは「落ち着け」と僕の肩に手を置いた。

「封印というのは、錠と鍵だ。ルビーには錠が掛かっていて、合う鍵でなければ開かない。無理にこじ開ければ、こやつ自身が傷つく。慎重に調べねばならん」

「そっか……」

 僕が引き下がると、テビスはやれやれと肩をすくめた。

「しかし、どうしたものかな。こやつの手がかりと言えば魔王城しかないのだが……」

「え、あっ!?」

 魔王城は僕が更地にしてしまっている。

 まさかルビーの手がかりがあるとは考えもしなかった。

 僕は全身から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。

「リョーバ、どしたの」

「ごめん、ルビー」

「リョーバは、わるくないよ」

「そやつの言うとおりだ。俺とてあの城を残すという選択肢はなかった」

 二人に……特に、記憶を取り戻したがっていたルビーにまで慰められる。

 情けないが、落ち込んでる場合でもない。

「まあ手がかりが全く無いというわけではないぞ」

 テビスの「どうしても取り戻したいなら仕方ない」という言い方に、僕もハッと気づく。

「そうか、セリステリア」

 魔物の創造は魔王城で行われていたが、魔物を創ったのはセリステリアの魔道士だ。

 手がかりといえば、もうそのくらいしか無い。

「じゃあ早速」

「待て待て。お前、自分がセリステリアでどういう仕打ちを受けたのか忘れたのか」

「覚えてるけど、関係ない」

「全く。本当にこやつのこととなると見境無いな」

 テビスが僕の肩を抑えて魔力を抑制してくるせいで、転移魔法が使えない。無理を通せば使えるけど、それだとテビスが傷ついてしまう。

「落ち着け。まずは俺の方から話をしてみよう。……あの国の一番上は話が通じぬが、己に降りかかる災いには敏感だからな」

「テビスこそ僕のことになると王権濫用するよね?」

「気の所為だ」







「陛下、今月は千名ほどの民が国を出た模様です」

「ええい何故だ! 我が国の外に人が住めるところなどないだろう!」

「それが……」


 ここはセリステリア国の王の執務室。

 毎日のように民がひと家族、またひと家族と国から出ていき、戻ってこない。

 人間の生き残りを集めたはずの国は、民という基盤を徐々に失い、既に一部の都市機能が麻痺しかけていた。

 城門には検問を設けたが、民はどこからか城門を越え、消えてしまっている。


 セリステリアの城壁の内側には、テビスの命を受けた魔族たちが潜んでいた。

 魔族たちは町の人々に近づき、外へ出たいという希望を聞けば、転移魔法でインフィニオルへ送っているのだ。

 魔族を疎むあまり魔族に対して無知なセリステリア国の王をはじめとした王族、貴族たちは、まさか既にインフィニオル国の魔族が国内に侵入しているとは夢にも思っていなかった。

 更に、転移魔法の存在すら知らなかった。


 国のトップやその近くの者たちよりも、民のほうが遥かに優秀で、時勢を見極める目を持っていた。

 民は魔族の存在には驚いたが、目の前で魔道士とは違う魔法をいくつか見せられ、時にはテビス自身が説得にやってくるため、頭の悪い王が治める国よりはと、正しい判断をした。


 リョーバを追い出してから二ヶ月で、民の数は三分の二にまで減っていた。


「元勇者はまだ見つからぬか!」

「城の外を順に探しておりますが、手がかりが全く無く、雲をつかむような話で……」

「おのれ……はっ、まさか、民の流出は元勇者の仕業!?」

 王は阿呆だが、勘はよかった。

「そ、それは、どういったお考えで」

「考えてもみよ。元勇者がいなくなってから民が消え始めたのだ。そして元勇者も、我らの目の前で突然消えておる。共通点があるではないか!」

「な、なるほど?」

 王の周りはイエスマンしかいないはずなのだが、流石にこの突飛な考えにはなかなかついていけなかった。

「元勇者の足取りが掴めれば、民も取り戻せるはず。民流出の調査に当たっている者たちを、元勇者捜索に回せ!」

「承知いたしました」

 王の命令には逆らえない。直ちに伝令が飛び、兵力の殆どが元勇者捜索の任についた。


「ふう……」

 定期報告会と指示を終え、執務机の前の椅子に座り直したセリステリア国王は、机の上の紅茶を口に含んだ。

「よう、セリステリア王」

 セリステリア王は口に含まれていた紅茶をぶっと吐き出してしまうが、幸い声を掛けた者は魔法で結界を張り、被害はなかった。

「なんだ、一国の王ともあろう者が、はしたない」

「き、き、貴様はなんだっ! その角、もしや」

「ああ、余はインフィニオル国王、テネビリス・リエクサ・インフィニオルだ。セリステリア国王に話があって来た」

「衛兵っ! 不審者ぞ、捕らえよ!」

「話聞けって。……ああ、もう、うぜぇ」

 王の叫びに、よく訓練された兵士たちがテビスに殺到するが、結界のせいで近寄ることすらできず弾かれてしまう。

「これだからコイツと話したくなかったんだがな。いいか、座れ。あとお前らも大人しくしろ」

 テビスが言葉を発する度に、命じられた方は大人しく従ってしまう。

 これは魔法を使用しているせいもあるが、テビスの堂々とした王たる威厳に、自然と傅いてしまうのだった。

 同じ王であるセリステリア王も例外ではなかった。

 王としての格が違うのである。


「さっきまでの話はだいたい聞いていた。お前ら、元勇者を探してるんだってな」

 テビスが話しかけたのは、先程王の『元勇者と民の関係性』を尋ねた側近の一人だ。

 この中で一番、まともに話せると判断したのだ。

「は、はい。そのとおりです」

「元勇者について、余に心当たりがある。元勇者の情報と引き換えに――」


 側近その一は交換条件について、自分が仕える王に伺いを立てた。

「あー、そいつは話を半分も理解してないだろ。お前でいい。お前の判断で、どうするか決めてくれ。いいな?」

 テビスがセリステリア王を睨むと、セリステリア王はこくこくと首を縦に振った。

「い、インフィニオル国王の言う通りにせよ」

「では……まずはご案内します」

 側近その一は立ち上がり、テビスを先導して執務室から出ていった。


「あ、そうだ」


 テビスの姿が扉の向こうに消えて、ようやくまともに呼吸ができるようになったと安堵していたセリステリア国王の前に、テビスがずい、と顔を近づけた。わざわざ転移魔法でセリステリア国王の前に戻ってきたのだ。

「!!」

 セリステリア王は余りの驚きに、もはや声も出ない。


「今回の話は、俺個人の『お願い』だからな。事が済んだら対価を差し出す。だが、それ以上はなにもしない。お前らも、対価以上のものを何も請求するなよ。約束を破ったら、こんな国、吹っ飛ばすからな」


 セリステリア王は再び首を縦にぶんぶんと振った。

 その様子に満足したテビスは、転移魔法で側近その一のところへ戻った。


 執務室に残った、魂が抜けたかのように放心したセリステリア国王と側近たちは、しばらく身動き一つできなかった。

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