8 そして魔物は一瞬で消される
「あれ、テビス?」
「来たか、リョーバ」
魔物の気配の手前には、テビスと兵士たちがいた。
「城や城下町は?」
「無論、兵士を配備済みだ。だが直接叩いておくに越したことはないからな。それよりも、何故連れてきた」
「え? ……ああっ!?」
ルビーが僕の背中に隠れていた。
そういえば、僕の服の裾を掴んだままだった。
「家に戻してくる」
「いや。ここにいる」
素直なルビーには、一度「いや」と言いだしたらなかなか曲げない頑固さもある。
そして僕は、ルビーの希望をなるべく叶えてあげたい気持ちがある。
「でも危ないよ。怖い気配もあるし、怖い人もいるし」
「怖い人ってのは俺のことか」
「リョーバのそばなら、こわくない」
「どっちの『こわい』の話だ」
テビスがちょいちょい入れてくるツッコミには完全スルーを決め、ルビーはてこでも動かない。
「参ったな……。わかった、じゃあこうしよう」
僕はルビーを抱き上げた。ルビーは見た目よりはるかに軽い。魔力しか摂っていないのだから当然、かなぁ。
「リョーバのりょうて、ふさがる」
「魔物相手くらいなら両手塞がっててもいける」
事実その通りで、僕はその後、テビスと二人で魔物を全て討伐した。
「まさか手も足も使えぬ状態で魔法を発動させるとはな……」
僕は視線の先に魔力を集中、爆発させるという芸当ができた。
「テビスのお陰だよ。魔法について色々教えてくれたじゃないか」
「そんな使い方を教えた覚えはない」
「まあいいじゃん。それよりもさ、魔物がどこから来たかは分かってる?」
僕は半年に渡る旅で魔物を討伐しながら魔王城へたどり着き、魔王城ではテビスの協力を得て魔物が発生する原因を魔王城ごと消滅させてきた。
本当の原因はセリステリア国なのは知っているが、あの国にはこれ以上、魔物を生み出せるような魔道士は居ないはずだ。
「遠因はセリステリアだが、これはあの国も把握しておらぬだろう」
「どういうこと?」
テビスは遠くを見ながら、長く息を吐いた。
「魔王城で俺たちは魔物の発生源を潰してきたな」
「うん」
凄惨な現場だった。
魔力を多めに持つ人間が何人も、手首を縄で縛られて高い天井から吊るされ、床に書かれた魔法陣に魔力を吸い上げられていた。
魔法陣は魔物が生み出す魔法が込められており、魔物は生み出されると、近くに落ちている死体を貪り、成長していた。
死体はおそらく魔力を吸い尽くされた人間だろう。
手首の縄には魔法錠がかかっており、縛られている人たちは既に瀕死の状態で、救う手立てはなかった。
何よりも本人たちが最後の力を振り絞って呟いた言葉が、まだ僕の耳に残っている。
ころしてくれ、と。
「あの設備を作り上げた人間が、まだ逃げている可能性がある」
「確かに……責任者っぽい人はいなかったね」
魔王はいたが、ものすごく巨大な強い魔物というだけで、意思疎通できるような知能も持たず、魔物を統率しているというふうには見えなかった。
魔王に近づいた別の魔物が謎の力で強化されたのは見た。
「でもどうして、魔物なんか生み出してるんだろう」
人間にとって百害あって一利なしの生物だ。他の生き物には絶対に危害を加えないという保証もない。
最強の魔物である魔王ですら意思疎通が不可能だったのだ。利用価値があるとも考えにくい。
「さあな。しかし、生み出している誰かが害悪であることには間違いない。元凶であるセリステリアはここ数ヶ月の人民流出で国力が目に見えて下がっている。仕方がないから、インフィニオル国でなんとかしようと考えている」
「いいの?」
「親友を食い殺すかもしれぬ化け物なぞ放っておけん」
「僕は多分平気だけど、でも助かるよ。ありがとう、テビス」
「礼はまだとっておけ。元凶の居場所の検討すらつかないからな。それに、もしもの時はお前の力を借りるやもしれん」
「わかった」
「ああ。……どうやら、他に魔物はおらぬようだな。引き上げるとするか」
八方に散っていた兵士さんたちが戻ってきていた。周辺の魔物を捜索していたらしい。
続々と「発見できず」の報が入ってきている。
なにより、僕が気配を察知できていない。
もうここは大丈夫だろう。
「うん。じゃあね」
僕は抱えたままのルビーと共に、転移魔法で家へと帰還した。
ほぼ一晩寝ていなかったので、午前中は睡眠に当てた。
ところが、ルビーはずっと起きていたようだ。
陽が真上から少し降りたあたりでベッドから起き上がると、リビングでルビーがぼんやりと窓の外を眺めていた。
「ルビー、起きてたの?」
「リョーバ、おはよう? こんにちは?」
「この場合はおはようでいいよ」
僕が近づくと、ルビーは窓際から僕の方に駆け寄り、腰のあたりに抱きついた。
ルビーは相変わらず小さい。
僕はおそらく二十代、ルビーは十歳前後だろうとは、隣人たちの感想だ。
十歳前後といえば日に日に成長するものだと思うのだが、ルビーは約二ヶ月前に出会った時と全く変わらない。
「リョーバ、まもの」
「? 魔物? ……いない、と思うけど」
慌てて気配を探るが、魔物の気配はない。
「ちがう、まもの、げんいん、わたしかもしれない」
「何言ってるの」
僕はルビーの手を腰から外し、その手を取ったままルビーと目線を合わせた。
「ルビーが魔物を生み出してるの?」
ルビーは首を横に振った。
「ううん」
「じゃあ、魔物がどこから来てるのか、知ってる?」
「しらない」
「原因がルビーだっていう根拠は?」
「こんきょ?」
「理由とか、思いついた原因とか」
「あの、あのばしょでわたしだけ、いきのこってた」
「それだけ?」
「……それだけ」
「じゃあルビーじゃないよ。考え過ぎだ」
僕がルビーの頭を撫でると、ルビーは暫しうっとりした後、目を瞑って首を横に振った。
「でも、でもほかに」
「原因は今テビスが調べてる」
「もしわたしが、げんいん、だったら?」
ルビーの瞳には涙が浮かんでいた。
どうしてこんなに思い詰めてしまうのか。
「大丈夫だよ。万が一ルビーが原因だったとしても、ルビーのせいじゃない。魔物くらいなら僕が両手を使わなくても倒せる。見てただろ?」
「うん……でも……」
とうとう、ルビーの瞳からぽろぽろと涙が溢れた。
「わたし、じぶんのこと、わからない。こわい」
僕はルビーの頭を自分の胸に抱え込み、ルビーが泣き止むまで頭を撫で続けた。
「大丈夫だよ。何があっても、僕がなんとかする。僕がルビーを守るから」
自分の過去が分からないのは、僕も同じだ。
知らなくても何ら問題はなかったし、思い出したところで異世界の記憶だ。
この世界から元の世界に戻ることはできない。戻れるとしても、創り上げたものを放り出してくのは難しい。
異世界に残してきたもののことを思い出してしまったら、寂寥感に潰されてしまうのではないか。
だから僕は、何も思い出さなくていい。
しかしルビーはどうだろう。
元々この世界の住人のようだし、記憶喪失ともまた違う雰囲気だ。
本人が泣くほど取り戻したい記憶ならば、取り戻してあげたい。
「というわけで、どうすればいいかな」
「お前はルビーのことになると自重しないな」
翌日。僕は朝一番でインフィニオル王城のテビスの部屋へ転移魔法で飛んだ。
畑仕事は陽が昇る前に魔法も駆使して終わらせてきた。緊急事態だから仕方ない。
「お前自身はいいのか」
僕は僕が思い出したくない理由を、テビスに噛み砕いて話した。
「そうか……俺は記憶が失くなったことがないから気持ちは分からぬが、リョーバの考えはわかった。だが、記憶くらい魔法でなんとかなるだろう」
「試したんだけど、駄目だった。どうも僕がルビーと魔力で繋がってるせいみたいで」
魔法はある程度までなら、術者の思い通りの効果を出すことができる。
記憶を取り戻せと念じながら魔力を放てば、ルビーは記憶を取り戻すはずだった。
ルビーが泣き止んだあと、確認を取ってから魔法を使ってみたが、ルビーはそもそも僕の魔法が一切効かないのだ。
「一切……攻撃魔法もか」
「そんな危ないの試してない。強化や治癒も効かなくて」
「治癒までもか。それは逆に危ないな」
「もしルビーが怪我したら頼むよ。それと……」
「わかった。しかし、俺に頼むならなぜ本人を連れてこなかった?」
テビスはあっさりと了承してくれたのが、僕には意外だった。
「ルビーのことあんまり良く思ってないみたいだったから」
「得体の知れぬ者が親友と暮らしておるのだぞ。リョーバに限って大事には至らぬだろうが、心配にもなる」
信頼されてるんだか違うのか、テビスの心境は複雑だった。
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