7 隣人




 荒野に魔法で緑を戻して一軒家と畑を創り、住み始めてから二ヶ月ほど経つ。


 この二ヶ月の間に、お隣さんが三件増えました。




「おはようリョーバさん。これ、うちで採れた野菜なんだけど貰ってくれる?」

「いつもありがとうございます。お礼を……」

「いいのいいの! また持ってくるわね!」

 爽やかに、しかし問答無用で大量の葉野菜を置いていってくれたのは、うちから西にある家に住んでいるイザベルさんだ。

 イザベルさんは旦那さんと息子さんの三人家族で、葉野菜を中心に作って暮らしている。

 週に一度は大量の葉野菜を持ってきてくれるのだが、お礼を一切受け取ってくれない。



「おはようリョーバさん。これ、昨日つぶした羊の肉なんだけど貰ってくれ」

「いつもありがとうございます。お礼……」

「いいからいいから。また持ってくるよ!」

 僕に無理やり経木に包んだ巨大な肉塊を持たせてくれたのは、うちから南にある家に住んでいるグライソンさんだ。

 グライソンさんは奥さんと娘さん息子さんの四人家族で、酪農をやっている。主な飼育動物は羊だ。

 生肉を持たされたのはこれで二度目だが、お礼を一切受け取ってくれない。



「おはようリョーバさん。今日は向こうの畑の草むしりをしておくよ」

「いつもありがとうございます。お」

「はいはい。また今度ねぇ」

 作業手袋に草刈り鎌を装備してしょっちゅう僕の畑の手入れをしてくれるのは、うちからすぐ東にある家に住んでいるダミアンさんだ。

 ダミアンさんは一人暮らしで、元々農業を営んでいたが数年前にリタイアし、今は自分が食べるぶんだけの畑を耕しながら慎ましく暮らしている。

 農業初心者の僕に適切なアドバイスをしてくれたりもするのに、お礼を一切受け取ってくれない。



 何故彼らがお礼を受け取ってくれないかというと、僕が彼らの家を創ったからだ。




 彼らは一ヶ月半ほど前、テビスから命を受けたという騎士さんたちに護衛されて、ここへやってきた。

「セリステリアからの移民です。陛下から『彼らに住む場所を創ってやってくれ。礼はする』とのお言葉を預かっております」

 騎士さんが言うには、テビスが自ら身辺調査をし問題ないと見做した人たちを、今後も定期的に送り込むつもりだという。

「どうしてここへ? インフィニオル国に住まわせてあげたら良いのに」

 僕が魔法で緑を取り戻したとはいえ、人里ですらない土地だ。

 僕には魔法があるから大抵のことはなんとかなるが、連れてこられた方々は普通の人間で、魔力も少ない。

「本来ならばリョーバ殿の仰る通りなのですが、セリステリア国からは続々と移民希望者がやってきておりまして。今後のためにも、国外に人間の町を作ろうと」

「セリステリアから? 一体どうして」

 と言ってはみたものの、想像は容易だ。

 あの国が魔物を作ったことは周知の事実みたいだし、魔王が倒れたことも広まっているのだろう。

 また魔物を作るかもしれない国になんて、わざわざ住んでいたくない。

「なんでも、恐怖政治を敷くためにまた魔物を作り出すという噂がありまして」

 事実は少し斜め上を行っていた。

「そりゃまた……。で、何故ここなんですか」

「リョーバ殿がおられますから。もし建国したいのであれば全力で支援すると、陛下が」

「それはないですって伝えておいてください」

「承知しました」

 僕がやりたいのはスローライフであって、建国ではない。

 とはいえ、最低限の食料と生活用品を持たされただけの人たちを追い返すのも気が引ける。

 この広い荒野にルビーとふたりで暮らすのにも限界があるだろうし、隣人は居たほうがいいだろう。

 なにか問題があったらテビスに押し付けよう。


 というわけで、僕はそれぞれの希望を聞き取り、希望の場所に希望のサイズの家と家具と各種設備、ついでに農場や牧場、畑や庭などを魔法でちゃっちゃと創り出した。


 それを彼らの目の前でやってしまったのが、最初の失敗だったのかもしれない。


「家のことならお気になさらず。テビ……インフィニオル国王から十分な礼を貰ってますし」

 最初に作物などの礼を拒否された時、彼らにはこう伝えた。

「インフィニオル国からの礼は、我らをここへ受け入れてくれたという意味の礼でしょう。家の他にも豊かな土地まで用意してくださったのはリョーバさんに他なりません。家と土地の礼が農作物程度では心苦しいとまで思ってるんですよ」

「農作物程度だなんて、そんな」

 正直僕は農作業をナメていた。

 土を掘り返して種を蒔き、毎日水やりをしてたまに雑草を引っこ抜くだけの簡単なお仕事だと考えていたのだ。

 実際には、畑を耕すのすら本気で死ぬほど大変だった。

 人より力も体力も魔力もある僕ですらこうなのだから、普通の人はもっと大変だろう。

 僕が実感を込めて伝えても、彼らは頑なに礼を受け取ってくれなかった。

「これは下心でもあるのですよ。あれだけの大魔法を使う人など初めて見ました。今後とも、よろしくおねがいします」

 下心を堂々と明かされてしまい、僕には太刀打ちできなかった。




「おはよ、リョーバ。またやさいたくさん、よかったね」

 イザベルさん達が去ったあと、ルビーが家から出てきた。

 ルビーはこの二ヶ月で口数が多くなった。

 挨拶は教えたが、他にも

「思ったことを口に出してみては?」

 と提案すると、素直なルビーはすぐに実践した。


「リョーバ、すき」

「リョーバといっしょ、あんしん」

「リョーバつよい、すき」

 素直すぎて僕への好意がものすごいことになりましたが。

「ルビー、そう思ってくれてるのは嬉しいけど、他の人の前ではあまり言わないようにね」

「なぜ?」

「ええっと……好きな人に好きっていうのはいいことなんだけど、他人の前でそれを言われるのは気恥ずかしい……恥ずかしいって解る?」

「うーん」

「例えばこの前ルビーは柱の角に足の小指をぶつけて悶えてたね」

「うっ、み、みてたの!?」

「今のルビーの気持ちが『恥ずかしい』だよ」

「わかった」

 隣人のおかげで嬉しいことや楽しいことも増えたのは事実だけど、気苦労がちょっとだけ増えたのもまた事実だ。


 ルビーのことは隣人たちにも紹介している。

 ちょっと変わった子で、食物アレルギーがあるため、食事は僕が作ったものしか食べないと伝えてある。


 服は時折、転送魔法でインフィニオル国から送られてくる。

 テビスはルビーを疎んでいる様子だったのに、言ったことは守ってくれたのだ。

 僕が見ても可愛い服もあるのに、ルビーは僕が最初に作った男物のシャツを愛用していて、他の服はあまり着ようとしない。

 あと、二ヶ月前に僕が脱いで渡した服を、まだ持っている。

「あの、そろそろ……」

「いや、これがいい」

 洗おうとしても、頑なに拒まれる。僕がその場で脱いだ服は「やっぱりにおいがうすい」と言って拒否された。

「そっちなら、これとこうかんしてもいい」

 ルビーが指さしたのは僕の下着だ。下半身の。……これは僕の方から拒否した。


 相変わらずルビーの正体は不明のままだが、僕は魔力をどれだけ吸われても全く影響がないし、隣人たちとの接触は最低限だがうまくやれている。

 自分が丹精込めた野菜はもちろん、イザベルさんのところの野菜も美味しいし、グライソンさんが育てる羊は乳も美味しい。

 ダミアンさんは最近、お菓子作りにハマって、時折手作りのクッキーやスコーンをおすそ分けしてくれる。

 衣食住に何ら問題がなく、隣には可愛いルビーもいる。

 このまま、こんなのんびりした日が続けばいいのに。


 ……なんて回想する時点で、自分でフラグを立てていたわけだが。




 真夜中に悪意ある気配で目が覚めて、急いで外へ出た。


 北の方から、魔物の気配がする。魔物の気配を察知したのは半年と二ヶ月ぶりだ。

 北と言えばインフィニオルの王城と城下町があるが、魔物の気配は城と町を避けてこちらへ向かっている。


 魔族が魔物をものともしないことを知っているかのように。


 それを理解しているのに、魔王を倒した僕に対して、警戒心が無さすぎないか?


「リョーバ、なんだか、こわい」

 僕の寝室の、僕の隣のベッドで寝ていたルビーが起きてきて、僕の寝衣の裾をぎゅっと握りしめた。

 ルビーは一旦寝ると朝まで起きたことがなかったのに、ぱっちりと目覚めてしまっている。

「大丈夫だよ。片付けてくる」


 気配のある場所まで、転移魔法で飛んだ。

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