人を殺した
音絵青説
[ #1 ] 洗う。鳴る。
人を殺した。仕方なかった。包丁で刺した。気持ちよかった。恨みがあったから。あいつが悪い。あいつが私を挑発しコケにしたんだ。あいつが悪い。包丁を抜いた時の感覚とあの顔が忘れられない。愉快だった。信じられない、とでも言いたげな顔が嬉しかった。そういう平和ボケを打倒することが幸せに思えた。とうとう悪を打ち滅ぼせたのだと、自分を誇りにさえ思えた。けれどそれは長くは続かなかった。包丁を洗う。何も計画していなかったから、これからについて漸く頭を使おうとしている。いつか捌いた魚よりも頑固な血をぬぐい取りながら、隠滅の方法をあれこれ挙げてみる。聞いたことがある方法を試そうか。細切れにして毎日少しずつ便器に流すだとか、ゴミ袋に入れて出すだとか。いやしかし、そのいくつかは発見されてしまっているのだから、悪手なのではないか。私は発見されたくはないのだ。世の中が悪いからこうなったのに、私が罰を受けるのは非常に納得がいかない。露見しないことが重要だ。オリジナルの方法を考えよう。こんなのはどうか。スーパーで挽肉買ってくる。それをわざと腐らして混ぜ込んで捨てる。いや…手間だな。そんなことをするぐらいなら普通に捨てればいいし…。それとも野良猫にでも与えようか?それはいいかもしれないな。野良猫の便を検査されれば発覚してしまうが、部屋の中のダンボールの死体すら気づかないのが警察である。平和ボケしたこの国のやつらが最初からそんな視点で捜査をするとは考え難い。まあ、死体の処理は細切れ系が良いだろう。フードプロセッサーでも買おうか。いやこのタイミングで購入するのは怪しいか。いずれにせよ問題は骨だな。これをどう処理していくか…。そんなことを考えていると、不意にインターフォンが鳴った。血の気が引く。水も咄嗟に止めていた。体が強張り、頭に重苦しいものが迫り上がるような感覚がした。2回目の鳴動。このタイミングは怖い。誰だ?まさかもうバレたのか?嫌だ。捕まってたまるか。あいつが、世間が悪いんだ。
コンコンコン。今度はノックか。しつこいやつだ。こんなにしつこいのは久しぶりだ。私は息を潜めてじっ、と堪える。コン、コン。またノック。クソ。いつまでいるつもりだ。確認したほうがいいか?そう思うやいなや、すでに体は向きを変えていた。音を出さないように、抜き足差し足、インターフォンを確認しにいく。キッチンから数歩あるけば、それは視界に入れられる。床が空気を読まずに軋む。ふざけるな。やめてくれ。誰だこんな床を作ったのは。そうしていると、今度は「カラカラン」と、金属音がした。ドアポストだ。ドアポストに何かを入れられた。不在だと思ったのだろうか。案外水道の音や床の軋みは、共用部には聞こえていないのだろうか。それとも単に居留守を見込みつつも諦めたか。なんにせよ、肩の力が抜けた。そのままドアポストには行かず、先ずインターフォンを確認しに向かう。不在の場合は記録が残るタイプのインターフォンなので、そいつを確認したいのと、表に誰もいないかの確認をしたいのと。まずは現況を見よう。漸くインターフォンの前にたどり着き、表の状態を確認できるボタン操作をした。共用部の手摺と、向かいの建物の窓が映る。人影はなく、特に物音もしない。ふぅ、と、息が抜けた。思ったよりも緊張していたらしい。まあまだ安心できるわけではないけれど。記録を確認する。見慣れた制服が映っていた。なぁんだ。なんのことはない、郵便屋だ。驚かせやがって…。郵便屋とわかったのであればわざわざドアポストを見るまでもない。もしまだ近くにいて、玄関ドアを物色する音を聞かれでもしたら面倒だしな。今は誰にもこの部屋を見せるわけにはいかない。まだ死体は全然、片付いてないのだから。
死体がある。廊下にある。隅に追いやった時にまるで眠りにつくような体勢にこそなったが、寝てるんじゃない。だって血塗れだ。だって確かに刺した。刺した刺した刺した刺した。何度も刺した。今までの恨みをのせて。何度も何度も刺した。楽しかった。また生き返ってくれないかな。そうしたらまた恨みを晴らせるのに。今までされたことに対して、あまりに呆気なくこと切れやがってよ。許せねえ。まあこれから?細切れにしてやるわけだからな笑楽しみだ。私は隣人をころした。世の中からクズを一人取り去った。こんなことになったのは世間のせいだ。私は悪くない。
人を殺した 音絵青説 @otoeaoto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。人を殺したの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます