[ PAGE2 ] ホルスとジャルフと憂鬱な取調室

ホルス刑事は呆れていた。


(一体全体この取り調べはなんなんだ?)


要領を得ない話が延々続いている。神だのなんだのという非科学な言葉がしきりに飛び出す。もういっそ、頭を目の前の机にブチ当てて「勘弁してくれ!もう降参だ!」と言いたくなる。が、潔白なので、余計なことはできないでいた。


(これは本当に取り調べなのか?)


彼は唯物論者であった。こうじて無神論者でもあった。あらゆる神秘は科学で説明できると考えていたし、未解明な事柄もいずれは科学が暴き、全ては物質による現象と偶然にすぎないと言える。ひいてはそこに、神の居場所はないのだと。そう、思っていたのだ。そんな彼にとって、その奇天烈な取り調べは拷問のようであった。彼を取調室に誘ったのも非科学への懐疑ではある。担当捜査機関が、犯罪組織の存在が裏にあると踏んだ為に、役職者リストに載っている彼を重要参考人として迎えたのだ。神だなんだとキテレツワードが飛びかわなくとも、彼にとってこの「捜査」は不当に思えた。手紙と事件の一致から、手紙の差出人が事件の関係者(もっといえば首謀者)と考えられるのも、その手紙の中の「役職者リスト」に自分の名前が載っていたから聴取されるのも、それ自体はわからないでもない。それにしたって無闇矢鱈と長時間拘束され、同じ質問を何度もされる身になってほしい…。そういった呪詛を込めた眼差しを彼は、左手の壁にある大きな鏡に向ける。それはマジックミラーで、その先にいるであろう上官や、担当捜査機関の者へ思いを馳せているのだ。ただでさえ陰鬱な取調室で、何時間も眉唾話に付き合わされる心労は、私には想像できない。取調室は青みがかった灰色コンリートの壁に、天井中央から垂れ下がる僅かばかりの明かりが冷たく無機質な印象を与える。空気は刺さるようでいて淀んでいて、ぼやけて白んだ停滞を演出している。そんな部屋で、対面に座る同僚、ジャルフの疲れた顔と睨めっこをしているのだ。重くるしいアトモスフィアが、彼の心的負担を加速させる。ついに耐えかねて、状況打破の望みをかけたお試しの発言を繰り出す決意を固めた。「オーケーオーケー、ジャルフ。一旦休憩にしよう。君も私も疲れている。大体何なんだいこのクソみたいなーーー失礼、このしょうもないトリシラベは」「ホルスアーノさん、私もね、一同僚としてはあなたを哀れにおもっているよ。けれどこれも仕事なのでね、しょうもないとかは是非とも言わないでもらいたいね。あと、休憩ならさっきとったばかりだろう?…まぁつまり、上としては、あなたを重要参考人としてマークしている。もっと単刀直入に言えば、あなたがここ最近の事件に関わってる犯罪組織のーーー」「だーもー、何度同じ話をさせやがるんだ、ちくしょうめ!俺はそんなことに加担しちゃいないし職務を全うするのに忙しくそんな時間もなかった!アリバイも示した筈だ!この上何を聞きたいっていうんだあのクーーーあのブライコフのおっさんは!」するとジャルフはわざとらしく声を顰めて、ホルスを嗜める立場を示す。役者のさながらである。


「そうだ、言葉に気を付けるといいホルス。ブライコフは今もきっと、あの鏡越しに君を睨んでいる。或いは、いい気味だとほくそ笑んでいるぞ。君は本当に上司に嫌われているからな…。僕は君が好きだから忠告してやろう」「ご親切にどうも、ブライコフが俺のファンで鏡越しに熱烈なラブ視線を送っている事は最初から想定してはいたさ。ただあまりにもね、彼らが非効率を好むものだから、俺も言葉を選ぶ余裕を失ってきたってだけさ」「ホルス、ホルス、ホルス。君が思っているよりこの取り調べは重要なものとされている。僕も眉唾だから思うところはあるが、知っていることがあれば全て話すのが君の身の為だ」「おお、偉大で信愛なる慈悲深き我らがジャルフよ。もうそれは全部話してしまったじゃあないか!俺を叩いたってこれ以上ほこりもでやしない。君がしきりにその旨を上官に伝えている事をわかっているからこそ、こうやって!わざと!聞こえる声で!本音を話す!というお試しをしてるのさ。その狙うところはつまり、この俺をどうにかして自由の身にしてやれないかと考えているだけだ。」「遠大なる考えのプレゼンに涙がでそうだよホルス。もうこんなものトリシラベじゃないよな?僕も上のやり方に付き合わされるのは本当にこりごりだ。ほとほと愛想が尽きたさ。なんなら今日仕事をーーー」「「ジャルフ君。無駄話は慎み給え。ホルスアーノ刑事の聴取、引き続きよろしく頼んだぞ。…それから、ホルスアーノ刑事。これは私の意志ではない。いいかね?次監視機関に根も葉もない事を告げ口したら、君がどうなることか…想像だにすると、私は哀れに思うばかりであるよ。」」


ホルスとジャルフは口を半開きにして目くばせする。今のきいたか?失笑しそうなのを二人とも堪えている。そんなこといったらまた監視機関にドヤされる、までいかなくとも、部下の反感を買うこともわからないのか?「あのデブは!」と、ここがどちらかの家や酒場なら言っていただろう。二人は口が悪く、しかし仲間思いであり、現場環境を改善する上申などを厭わないから、同僚や部下には慕われていた。ホルスとジャルフ。ホルスアーノとジャルフィラン。パネンテペリアスというその街の警察組織では、比較的名の知れたコンビだった。両名ともに根は真面目で正義感が強いが、効率を重んじるタチなので組織のルールを二の次にしてしまう。それで不良のレッテルを張られた二人組が出会い、意気投合したのがコンビ結成の誰もが知る秘話だ。そこに上官ブライコフへの反感、というスケープゴートの存在がどれだけ寄与したのかは、きっと神は知っているだろう。


ブライコフを悪しざまに書くのは、私はブライコフをしらないのでフェアではないのだが…ホルスとジャルフのコンビを取り調べで突き合わさせるところにブライコフの無能を感じはする。私だったら、そんな旧知の仲良しを取調べにあてがわせたら、不正が起きそうなのでルールで禁じるが…どうもパネンテペリアスの警察組織にはそのような規則がないのか、或いはブライコフが個人的感情で二人を不和にするべく、サシで冗長かつ無駄な取り調べを組んだのではないかと想像することはできる。いずれにしてもそれらは神のみぞ知る事だ。余談だが私は無神論者ではない。これらの事変が起きてからは有神論者は半ば必然的に増えたが、元々私は不可知論者であった。私に関しては役職者である為「信ぜざるを得ない」わけで、今は有心論者である。「役職:書記」である私がホルスとジャルフの話をこうして書いているのも、神にそのように唆されたからである。なぜ事細かに書けるかについては、そう仕向けられたからであることは一寸書いておこう。その話はまた今度詳しく書くと思う。いつになるかわからないけれど。


閑話休題。


ホルス刑事はその後、結局6時間程取調室から出る事を許可されなかったそうだ。(とても哀れに思う。同情せざるを得ない。酷い話だ。)その後二人がこっそり飲み明かしたのは言うまでもない。私は書かずにはいられないが。ともあれ結局、ホルス刑事からホコリがでることはなかった。それもそのはずで、ホルス刑事は役職者ではあったが、まだ神からの「天啓」を授かっていなかったのだから。「天啓」について詳しく書いていなかったがそれは概ね、私やキッツが受けた手紙等のことである。等と態々書いたのは、それが紙媒体とは限らないからだ。メールであったり電話であったりはありふれている。面白いものだと、休暇で家族とバカンスをしている折、子供がビーチに書いた文字が天啓であったり、飼っているインコが突然教えていない流暢な長文を喋りはじめたり、雲が文字の形をしていて…という事例も聞いた。一体、どういう基準で「神を名乗るもの」が天啓の授け方を決めているのかは定かではない。定かではないが、個人的な予想はある。恐らくそれには信心と趣向が関係してそうだ。私は活字が好きで、家にはたくさんの本が並んでいる。キッツの婆さんも読書家と聞いた。私は不可知論者で、キッツは有神論者なので、どちらかといえば神秘を受け入れる側の人間だった。砂浜やインコや雲として天啓を受けた人間はいずれも無神論者だったし、彼らはリアリストかつロマンチストだった。…ええい!脱線をすると際限がなくなってしまう!さっき閑話休題と書いたばかりではなかったか!?神を名乗るものからは好きに書いてよいという天啓を私は授かった。だからといってこんなことでは本題に立ち返れなくなってしまう!いたしかたない、この話はここで切り上げるとしよう。私のこの様な脱線も、もし次の世界のあなたが読んでいてくれてのならば、私はそれを嬉しく思う。どうもありがとう。


ええと、そうか、ホルス刑事が天啓を受けていなかった話だったね。天啓を受けておらず、聖具を手にしていないホルス刑事から有効な話など出てくるはずもない。しかしそれは取り調べがその日で終わったからであるともいえる。ジャルフと飲み明かしたその朝、ホルスは天啓を受ける。それはまたひどくロマンチックな形で。しかしその役職と使命は、事変そのものへの矛盾ともとれるような、意図のわかりかねるものであった。【人名 : ホルスアーノ】【役職 : 審判者】【役割 : 役職者の審判】【使命 : 他役職者の是非の判定。かつ、判定結果が「そぐわない」場合に於ける、その聖具の破壊】

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