[ PAGE1 ] キッツとライヒと奇妙な手紙

はじまりはやはり朝だった。

ベルカヴァという土地で農場を経営するキッツという名の婆さんは、


"自宅の玄関前に奇妙なものが落ちているのを発見し不審に思ったので通報をしました。"


と、妙な口調で保安官に電話をした。飲んだくれで有名な保安官ライヒは、その日も朝まで飲み通していたために到着が遅れた。ライヒは、現場でキッツから受け取った「それ」をろくすっぽ確認する事もなく、車の後部座席に投げ込む。更には、キッツからの話も適当にあしらってそそくさと詰所に帰ってしまったという。曰く、「頭が痛かった」そうだ。


それから2週間ほど、「それ」は後部座席に放置された。


なんせライヒは、その後すぐに長い仮眠を取ったのだ。彼の眠りを覚ましたのはその強い意志ーーーなどでは到底なく、緊急通報のコール音だった。その通報を受けて向かったその事件に、ライヒは暫く忙殺されていたという。曰く「この俺が酒も飲めねえほど忙しかった」とのことだ。


受け取った「それ」のみてくれがただの封筒であった事も、ライヒの興味を薄れさせたようだった。この「初動」「はじまり」と言える事件が発覚するのを遅れさせたのは、そんな理由の重なりだったという。


封筒について話そう。封筒は真っ新な白色で、表には「キッツ様へ」という宛名の印字が黒くされており、変哲もないものだった。それが玄関前に落ちていた事についてキッツは、配達員のミスか何かだと思って特に気にすることもなく、封筒を開いた。中には5枚の紙が入っていた。


1枚目は、神を名乗る者からの挨拶が書かれていた。


2枚目は、世界のこれからの顛末と、「役職」と「聖具」の説明。


3枚目と、4枚目は、どちらも両面刷りで、其々が「役職」と「聖具」のリストであり、


5枚目には、これから起こる主要で重大な事件の年表でびっしりと埋め尽くされていた。


1枚目の最後には、キッツが保安官にこの手紙を通報するようにという指定が記されていた。もしそれを実行しなかった場合は大変な事になる、とも添えてあった。キッツは専らだだの悪戯だと考えたが、どうにも胸騒ぎがしたので、とりあえず通報はせずとも、手紙は捨てないで、リビングのローテーブルに置いておいた。


手紙を読んでから30分ほど経ってからだったという。奇妙な事が起き始めた。


朝食の準備をしていたら、突然コンロの火は消え、水も出なくなった。故障かと思い旦那の名を呼びながら弄ってみたが、どちらもうんともすんともいわない。旦那もなかなか二階の寝室から降りてこないし、旦那にも手に負えないかもと手にとった電話は待機音すらしない。いよいよ不気味に思いはじめてキッツはふと、つけていた筈のテレビの音がいつの間にか消えている事に気づいた。リモコンの電源ボタンをいくら押してもテレビは点かない。キッツは怖くなって旦那の名前を強く呼ぶと、飼っているインコのゲージが倒れ、夫が寝ぼけて階段を踏み外し、どたどたと激しい音をたてながら一階へと転げ落ちた。キッツは元々迷信深い所があったので、これはとんでもないことになったと手紙を信じた。ともあれ、痛みに呻く夫を介抱しようと近寄ると、夫がこんな事を言った。「夢でおまえが保安官に電話をしないので悪戯をすると言われた。手紙をあの飲んだくれに渡せとも言っていたぞ!」キッツはゾっとして、すぐに電話を手に取り耳に充てると、既に発信音がなっており、間もなく保安官に繋がった…。


この話は保安官にも伝えたそうだが、当のライヒは全く覚えていないとの事だった。日ごろからライヒは、キッツが少し神秘的なものに傾倒しすぎると思っていた節があり、今回の事もどうせ思いこみだと高をくくってかかっていたのだ。なによりライヒは酷い二日酔いで世界のすべてが憎いくらいに思っていたので、また婆さんの与太話に付き合うのかと渋々だった。


ライヒが手紙を放置している2週間で、手紙に記載されている重大な事件の幾つかが発生し、何人かの役職者は聖具の存在を認知した。その頃、私の元にも神を名乗る者からの手紙が届き、役職「書記」を言い渡された上で、プロローグとしてこの話を知る事となった。


文末には、「ライヒ保安官に電話をかけるように」という指示と番号が載っており、私はちょっとした好奇心からその番号に電話を掛けた。それでやっと、ライヒは手紙の事を思いだしたのだった。彼は私から手紙の話が出たことを不審がったが、私の提案で手紙の年表とニュースを照らし合わせてみたところ、それらがピタリと一致した為に電話を落としてしまった。私の耳に鈍い衝撃音が響き不快だった。思わず電話を遠ざけて睨んだほどだ。(何故神を名乗るものがこのような回りくどい展開を描いたのかは、書記である私にも伝えられていない。)


私との電話のあと、ライヒは鼻息を荒くして手紙の事を上官に報告したが、まるで相手にされなかった。酔っ払いの出来損ないが遂に妄想癖まで身に着けたかとしみじみ皮肉を言われたそうだ。そうはいっても、年表をなぞるように事件が起きているのは事実なのだからと、ライヒは必死に説得しようと言葉を尽くして食い下がった。その真に迫る勢いが普段の彼のものではなかったので、流石の上官も手紙を受け取りそれを検めた。彼は暫く黙って目を通してから、徐にどこかに電話をかけてライヒを下がらせた。ライヒは肩の荷が下りたので「これでやっと酒が飲める」と感じたと後になって教えてくれた。(ライヒと私はその後も連絡をとっている。これも神を名乗るものの意志なのだろうか?)


そうした経緯の末に、手紙を事件の重要なファクターとして扱う機会が漸く訪れた。とはいえ、そんな非科学的である与太話を最初から易々信じる訳にもいかず、手紙の主が連続的に事件を起こしている犯罪組織であると仮定された。役職者リストは参考人リストとしてそのまま捜査対象となったが、その多くが黙秘を通すか、知らないの一点張りで捜査は難航した。


その中の一人、ホルス刑事は、突然わけのわからないまま事情聴取につかまり、もううんざりするほど長い時間、問答に付き合わされたていた…。

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