第12話

 試合場所に着くと既に王太子とリュシアンがいた。


 リュシアンはこちらを心配している表情だ。


 それもそうだろう。


 あの王太子が黙っているはずはない。



「王太子である俺を待たせるなんて生意気だな。ふん!いい機会だ。お前達のその傲慢な態度を婚約者である俺がしつけてやるとするか!」



 王太子がふざけたことを宣ってきた。



「俺の最強の火魔力で跪かせてやる」



 そう、王太子は火魔力の持ち主なのだが王家の血筋もあり魔力量が多い。


 エリザも魔力量は増えてきているので互角だと思われるが、風と火では風の方が不利だと言われている。


 それにペアであるリュシアンは土魔力を使うのだが私は試合に役に立たない聖魔力だ。


 二対一といっても過言ではないだろう。


 それに王太子のあの発言だ。


 あの王太子は先生が言ったことをちゃんと覚えているのかと不安になる。


 たとえ王太子であろうと危険な行為をすれば処分の対象になるはずだ。



「…あんなこと言ってるけど大丈夫?」


「…審判に叔父様が就いてくれているから大丈夫だと思うしかないわ」


「うん。でもすごく嫌な予感がする…」


「そうね、私もよ。なんとか耐えましょう」



 そもそもこの授業は相手に怪我をさせないようにしているので勝ち負けの判定は審判をしている先生が決めている。


 魔力量や強さではなく、試合中における魔法の技術や連携で勝ち負けを判定しているのだ。


 だが王太子の言葉からは私達を痛めつけようとしているのが分かる。


 なんとか試合時間の三分を耐えるしかない。



「…それでは始め!」


「はぁっ!」



 試合開始と同時に王太子がこちらに魔法を放ってきた。



「っ!エリザ右っ!」


「はっ!」



 王太子の放った魔法はエリザの魔法で打ち消された。



「ちっ、生意気だな!これならどうだ!」



 そう言って連続で魔法を放ってきた。


 それを先ほどと同じようにエリザが消していく。


 私は攻撃ができないのでエリザの後ろにいるのだが、どうしても前にいるエリザに負担がかかってしまっている。


 そうすると当然のことでエリザに疲れが見えてきた。


 連続で魔法を放っているのは王太子も同じなのであちらも疲れているだろうと思ったのだが、



「な、なんで!?」


「はははっ!俺があいつみたいに疲れてないのが意外だってか?」



 そう言って笑っていたのだ。



(魔力量はエリザだって負けてないはずなのにどうして…)



「…オルガ、火を風で打ち消すにはあちらの魔力より多くの魔力を込めないといけないのよ」


「あっ!」



 エリザに言われて私は授業で学んだことを思い出した。


 相性のいい魔力同士で魔法を使えば効果は何倍にもなるそうで、その中でも火と風は相性がいい。


 しかし相性のいい魔法を打ち消すには相手が使う魔力量の倍の魔力を込めて魔法を発動しなければいけないのだ。



「はぁ、はぁ、はぁ…」


「エ、エリザ!」


「ふっ、もう魔力が少なくなってきただろう?このままじゃお前は魔力を使い果たして皆の前で無様に倒れるだろうな。そしたらお前の後ろの平民も無事では済まないだろうな」


「まだ、やれるわ…!」


「はっ、ほんと生意気だな。お前は俺の側妃になるというのに礼儀がなってないな」


「なっ!?それはっ、どういうことですか!?」


「ふん、お前は生意気だが仕事はできるからな。側妃として俺の役に立たせてやることにしたんだ。捨てられるだけだったお前を側妃にしてやるんだから感謝するんだな!」


「話が、違います!」


「俺が決めたことに文句があるのか?」


「うっ!はぁはぁ…」


 王太子は話しながらも余裕の表情で魔法を放ってくる。


 エリザもなんとか耐えているがそろそろ限界が近いのだろう。


 会話も途切れ途切れになってきた。



「これは、陛下も、ご存じなの、ですか?」


「俺が今決めたことだから知っているわけないだろう?」


「なんですって!?」


「当然だろう?父上からお前のことは好きにしていいと言われているからな」


「っ!?王家はっ、バーマイヤ公爵家を、侮辱する気、なのですか!」


「聖獣の加護を持つ王家に楯突く気か?はっ!それなら身をもって分からせてやらないとな!」



 そう言って王太子は今までと比にならないほどの魔力で魔法を発動しようとしたのだ。



「王太子殿下おやめください!」



 さすがに危険だと判断したイサーク先生が試合中にも関わらず止めに入った。



「教師ごときが俺の邪魔をするなど不敬だ!…後悔するがいいっ!はあっ!」



 しかし王太子は先生の制止を無視して魔法を放ってきた。



「エリザ!先生っ!」



 王太子から放たれた魔法はとても大きな炎の塊でこれに当たれば無傷ではいられないだろう。


 避けれられればいいのだが避けたらこの炎が試合を見ている生徒達に当たってしまう。


 それにエリザの魔力はもう底をつく寸前であり、イサーク先生は風魔力の持ち主なので王太子が放った魔法の倍の威力で魔法を放たなければならず、発動まで間に合いそうにない。



「エリ!」



 それまで動かなかったリュシアンが魔法を放った。


 するとエリザと先生の前に土の壁が現れた。


 リュシアンは土魔力の持ち主のようで土で壁を作り出したのだ。


 そしてその土壁に炎がぶつかった。




 ――ゴォォォ…!




「リュシアン!貴様っ!」


「皆さん今のうちに逃げてください!長くは持ちません!急いで!」



 リュシアンの一言で驚いて動けなくなっていた生徒達が一斉に動き出した。



「キャー!」

「に、逃げろー!」

「急げーっ!」



(私達もここから離れなくちゃ!)



 そう思いエリザに視線を向けると先生と一緒にこちらに向かってきていた。



(このまま離れられば大丈夫…えっ!?)




 ――ゴォォォォ!




(そ、そんな壁がっ!)



 土の壁はあっという間に崩れてなくなってしまった。


 障害物のなくなった炎は再び私達に向かってきた。


 エリザと先生もそのことに気づき急いでこちらに向かって走ってくるがエリザはさっきまで魔力が底をつく寸前だったのだ。


 懸命に走っていたが足がもつれて転んでしまった。



「きゃっ!」

 

「エリザっ!!」

「エリー!」

「エリ!」



 先生がエリザに駆け寄っていくがこのままでは間に合わない。


 リュシアンもなんとかエリザを助けようと走り出したがこちらもおそらく間に合わないだろう。


 それを瞬時に理解したエリザが叫んだ。



「みんな逃げてっ!」


「っ!そんなことできるわけないじゃん!」



 そう言って私も無意識にエリザのもとに向かって走っていた。


 炎の塊に向かって走っているのと同じなのでエリザに近づくにつれ辺りが熱くなっていく。


 懸命に走るも炎はエリザを飲み込もうとしていた。



「みんな逃げ…っ!?」


「エリザーーー!!」



(お願いっ!本当に私に聖魔力があるのならエリザを、エリザを護って!!)





 ――キィィィン!





 突然身体から一気に魔力が出ていってしまい私はその場に座り込んでしまった。



「はぁ、はぁ…。発動、したの?エリザは…」



 エリザの無事を確認しなければと辺りを見回すとキラキラ光っている場所があった。


 よく見てみるとキラキラの中心にエリザがいて、そのキラキラが炎を受け止めているように見えた。



「よ、よかったぁ…」


『結界を発動できたのだな』


「フェ、フェニ様!」



 突然フェニ様がポーチから顔を出してきた。


 どうやら私は結界の発動に成功したようだ。



「あれが結界…えっ?」



 エリザを中心にドーム状の結界ができており炎を受け止めている。


 その様子を座り込んだまま眺めていると結界に触れた部分から炎が消えていっていることに気がついた。



「炎が消えていく…」


『あの炎は悪意あるものだったのだろうな』


「そっか、結界は悪意あるものから護ってくれるんだったね…。よかっ、た…。あ、あれ…?」



 私はエリザのもとに向かうために立ち上がろうとした。


 しかし目の前が暗くなり立ち上がることはできなかったのだった。










 あの後意識が戻ってからルシウスさんに聞いた話だと、私とエリザは魔力の枯渇が原因でその場に倒れてしまったそうだ。


 カイラントが無事に送り届けてくれたと聞いた。


 後でお礼を言わなければ。


 それに怪我をした人は誰もいないと聞いて心の底から安堵した。


 炎の塊が完全に消滅した後こちらも魔力枯渇の一歩手前で座り込んでいた王太子を学園の衛兵とリュシアンで城まで連れて帰ったそうだ。


 王太子は抵抗していたそうだが問答無用で連れていかれたらしい。


 そもそも魔力が枯渇する一歩手前までの魔力を使い魔法を放つなんて相手を殺そうとしていたとしか思えない。


 怪我だけで済むわけがない、そう思うとゾッとした。


 今回の件は怪我人こそ出ていないが危険な魔法を使ったことに間違いない。


 王太子は学園から何らかの処分を受けるだろうというのがルシウスさんの見方だ。


 今まで守られてきたものが初めて破られのだ。


 それもこの国の王太子によってなど国の恥でしかない。


 これから王太子が、ひいては王家が国はどうなっていくのだろうか。


 不安を感じながらも今の私には身体の回復に努めることしかできなかった。

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