ある日、呼ばれて

 夕食はフィレステーキだった。


「サシが入ったお肉よりは安いけど、普通のお肉よりは高いのよ。おじいちゃんはちゃんと中まで火を通すよ」


「俺だって柔らかいのが食べたい」


「じゃ、勝也と半分ね。ちゃんと切ってね。この辺に救急病院なんてないからね。詰まったら一巻の終わりよ」


 肉を平和に食べて、美味しかったねと言って、楽しい夜を過ごして、明日の朝に整体に行く予定を確認した。


「今日はお爺ちゃんいつもの奥の部屋で寝てね。目覚ましも用意しているから」



 次の日、約束よりも二時間も早くタンちゃんはやっきた。


「なんだよ。まだ朝十時だろ」


「裕一郎にもメッセ送った。こういうのは早い方がいいだろ」


「俺はついていくだけだぞ」


怖気おじけ付いたか。軟弱者なんじゃくものめ、伝承でんしょうってのは昔の人間が考えた噂話だ。そんなの信じる方が馬鹿らしい」

 そうそしてタンちゃんが何故か焦っているいや、欲しているように思えて仕方なかった。


 まるでと、思っているのだと。


「タンちゃん、かっちゃんおはよー。土曜くらい長く寝させてよ。で、なんでタンちゃんそんな焦ってんの?」


「別に焦ってないよ。ただ気になって寝られなかっただけだ」

 裕一郎はふーんと考えて、一つ案を出した。


「僕も勝也も正直呼井亭にはメリットが無い。二時間前から集合させられて、眠いのに」

 フワーッとあくびをした。十二時まで寝るなよ。


「眠いのにその女がいるとかいないとか何なのかよく分からない。正直、めんどい」


「そんな言い方ないだろ!」


「どうどう、喧嘩する気はない。一般論の話だ。もし、女が見えて僕たちが理解したとしてメリットが無い」


「降りろよ」


「降りていいの? やったー、勝也。スマブラしようぜ」


「え、いいのかよ」


「彼女がいるのに他の女にうつつを抜かす方が悪い。後でどんな人が出たか教えてね」


 裕一郎は僕の左肩を掴み、あくびをして、「うち買ったばかりだから、全然キャラ集まっていないんだよね」と、大声で言った。


「俺は行くぞ。行ってアレが夢でなかった事を証明してやる」

 後ろを振り向こうとすると、裕一郎は小さな声で「向くな」と、言った。


 肩を掴んだ手は震えていた。


 角を曲がった辺りで裕一郎は歩みを止めた。


「いないかどうか確かめて」

 そう言われたので角の後ろを見たがタンちゃんの姿は無い。


「アイツなんて言ってた」


「軟弱者、伝承なんて信じる方がアホだって」


「正直さ、行きたくなかった。呼井亭の話なんてこの辺の大人ならみんな知ってるし、ちゃんと聞いたことが無くても、学校から裏通りには行くなとか、呼井亭の二階は見るなとか」


 気づいた。かっちゃんの親は転勤族だ。


 週明け、かっちゃんは自分の席に座っていて、手招きしてこちらへいざなった。


「お前ら残念だったな。すごいはかなげな女の子だったぞ。来れば良かったのに」


「いや、ピクミンしばりでやったら結構面白くてさ」


「へぇー、もったいね」

 目に見えてタンちゃんの機嫌が悪くなった。


「あのさ、来週の土曜日。爺ちゃんの家に帰った後にバーベキューするんだけど、おいでよ」


「爺ちゃんってあの元気な? 行くよ、絶対に行く。な、タンちゃん」


「そうだな」

 タンちゃんは心ここに在らずだった。

 直感だった。もうここに自我としてのタンちゃんはいない。


「おぉ、来たか」


「来たかじゃないでしょ。私の車にみんなで乗ってきたんでしょ」

 自己紹介は済んでいる。もっとも初めましてはタンちゃんだけだ。


 爺ちゃんはタンちゃんの顔をまじまじと見て、一息をついた。

 で充分だった。


 バーベキューはなんだかんだみんな楽しんだ。タンちゃんもきっと笑って楽しんだと思う。


 爺ちゃんが縁側に腰をかけているので、隣に座った。


「あと三日」


「経ったらどうなるの?」


「不思議な死に方をする。この町の人間なら知った方がいいだろう」

 呼井亭の二階を見た者は一ヶ月以内にこのような死に方をする。



 玄関の前に服が下からきれいに畳まれ、横の水路に全裸で沈んでいるところを。毎回酔っ払いが見つける。



 その酔っ払いは時によって違うが裏通りで遊んだ帰りだそうだ。


 三日経ったが、タンちゃんは元気で学校にいた。伝承にも抜け穴があるのか。

 放課後、上機嫌のタンちゃんが僕と裕一郎のところへやってきた。


「あのさ、あの女の子が友達を今日連れてきてって言うんだ。一緒に行こうよ」


「悪い、今日は爺ちゃんが風邪ひいて母さんの代わりに看病かんびょう


「悪い、今日は家族で寿司なんだわ」


「んだよ、ノリ悪いな。じゃ、楽しんでくるわ」


「タンちゃん、彼女は?」


「別れた。呼井亭の方が楽しいし、また呼ぶよ。ずっと三味線や琴、花やお茶も教えてくれるんだぜ」

 じゃ、と言って颯爽さっそうと帰っていった。


 元々、でっちあげた用事なので、僕たちは何事もなかったかのように家に帰った。


 次の朝、タンちゃんは来なかった。

 不可解ふかかいな事案があったらしい。呼井亭の前にきれいに折り畳まれた服一式が置かれていた。


 体はまた見つかっていない。


 そこから、中学を卒業するまでタンちゃんは学校に来なかった。


「気にいられたんだわな」


「呼井亭に?」


「勝也。なんで呼井亭か知っているか?」


「人を呼ぶんでしょ?」


「誰を?」


「そりゃ客だろ。爺ちゃん前に言ってたじゃん」


「呼井亭は売春宿になる前はただの旅館だったんだ。呼び亭と言う名前のな。客を入れるが芸者や三味線も呼んでいた」

「それが売春宿になった。建物の思い出や昇華しょうか出来ない想い。きっと今までは建物に味が残ったんだろうな。あの建物に吸い込まれたんだ。もう帰らない」


 爺ちゃんは一言。


「その方があの少年も幸せかもしれないとな」と。


 事案があって、十年以上経つが、水路には誰も浮かんでいないそうだ。

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