走馬灯

考えたい

走馬灯


 嗚呼、羽虫が鳴いている。


 唐突にそんなことを思った男は草原の中にただ茫然と立っていた。

 ここがどこだか分からない。知らない場所のようであり、懐かしいような感覚が有るのは可笑しいことである。

 そこで「ワン!」という元気な犬が何処となく走り寄ってきて男の足元にスリスリしだした。

「はは、可愛いなあお前。」と男は犬の頭をわしゃわしゃ撫でまわし、戯れ始めた。

 ひとしきり子犬と遊びきって草むらに大の字になって寝ころんだ。


 ーねえ、ー


 何処かからか、か細い声が男の耳に入った。

 その方向に目を向けると、ゆったりとした服に身を包んだ人影が見えた。

 男は起きて、人影の方向に向かった。

 やがて人影の顔が見えてきた。男は覚えていない顔であるが、とても美しい容貌であった。

 手を伸ばして彼女の手を掴もうと互いの指が触れた瞬間、すべてが消えた。


 目を覚ませば、ここはコックピット。いまから敵艦に突っ込む。

 もう既にロケット起動ボタンを押したらしい。亜音速で空を突っ切る。

 目の前には自分の郷里を焼いた母艦。


ー嫌だな。ー


 そう思った瞬間、すべてを失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

走馬灯 考えたい @kangaetai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ