第6話 怪物大王の登場。
なんだか、酔いがさめそうだ。もっとも、私は、酒に酔ったりしないけど・・・
「麗子、お腹一杯だ。うまかったぞ」
彼女たちは、空になった丼をおじさんに返している。
「それじゃ、ぼくたちは、帰ろうか。麗子さんは、もう少し、ここでゆっくりしていってていいよ。この子たちは、ぼくが送っていくから。大丈夫。今夜は、そんなに酔ってないから」
そう言って、市川先生は、立ち上がるとお金を払おうとする。
「いいですよ。ここは、私が払いますから」
「いいんだよ。原稿料ももらったし、たまには、ご馳走させてくれよ」
そう言って、ラーメンとビールの代金を支払った。
私は、お言葉に甘えることにした。今夜の私は、少し変だ。
「麗子、ゴチになったな」
「ご馳走様でしたチュン」
「おいしかったニャン」
「ゲロゲ~ロ」
四人は、揃っておじさんに丁寧にお礼を言って頭を下げると、市川先生といっしょに駅に向かって歩いて行った。私は、彼らの後姿を見送ると、カウンターに肘をついて大きなため息をついていた。
「賑やかだったね」
丼を片付けながらおじさんが言った。
「ごめんなさい、うるさかったでしょ」
「そうでもないよ。たまには、いいさ。それより、アンタ、宇宙人なんだろ」
「えっ?」
不意に聞かれて、私は、思わず顔を上げた。
「隠さなくてもいいさ。わしも、宇宙人だ」
「えーっ!」
私は、目が飛び出るかと思うくらい驚いた。心臓が爆発しそうだ。
「わしは、ギドラ星から来たんじゃよ。かれこれ、地球に来て、もう、120年くらいになるかな」
私は、頭が真っ白になって、言葉が見つからなかった。
まさか、私以外の宇宙人がいるとは思わなかった。もちろん、地球には、たくさんの宇宙人がいることはわかっている。しかし、誰もが、地球人の姿で、正体を隠して住んでいる。
理由は、いろいろだろう。私のように侵略目的に来ているのもいるだろう。
「アンタは、どこの星から来たんじゃ?」
果たして、ホントのことを言っていいのだろうか? 私の任務を邪魔することだってある。
「別に、言いたくなければ言わなくてもいい。わしは、宇宙警察ではないから、例えあんたがどんな目的で地球に来たとしても、口外はしない」
「私は、マゼロン星から来ました」
「それじゃ、この星に来た目的は、地球侵略か?」
「・・・」
「まあいい。わしのように、おとなしく、地球人として暮らしているのが、一番じゃよ」
「おじさんは、どんな目的で、地球に来たんですか?」
「わしは、自分の星を捨てたんじゃ。ギドラ星など、くだらん星じゃ。それに比べて、地球は、美しい」
自分の星を捨てたなんて、私の辞書には載っていない。
それに、ギドラ星という星は、私は知らないし、聞いたこともない。
どんな星なのか、私には、想像がつかない。
「アンタは、まだ若いし、きれいなんだから、地球でいくらでもいい男がいるだろう。地球人として、いっしょに暮らすのもいいんじゃないのか。余計なことだけどな」
私には、そんな選択はない。地球人として暮らすなんて、侵略した後ならまだしも、その前から、そんな気にはなれない。
「おじさんは、これからも、ずっと、地球で暮らすつもり?」
「そのつもりじゃよ。この先、何十年、何百年、この星が滅びるまで、地球人として暮らすつもりじゃ」
「宇宙人なのに、それでいいの?」
「ギドラ星より、ずっとましじゃよ。この星は、平和でとても暮らしやすい。わしのような年寄りにも親切な者ばかりで、安心して暮らせるからな」
「ギドラ星って、そんなに悪い星なの?」
「地球の足元にも及ばないな。あんな星は、さっさと宇宙の藻屑になって、消えればいいんじゃ」
すごい言いようだ。そんなにギドラ星は、悪い星なのだろうか?
確かに、宇宙には、様々な星がある。地球のような平和な星もあれば、常に争いごとを繰り返している星もある。私の星は、どうなんだろうか?
「アンタ、あの先生とかいう地球人のことを好きなんだろ?」
「えっ? そんなこと・・・」
「隠すことはないだろ。それが、自然の成り行きじゃないのかね。わしは、この星で、何百年も過ごしているからいろんな宇宙人に出会ってきた。アンタのように、最初は、侵略目的で来たが、地球の良さとこの星の人間たちを好きになって、いっしょになった者たちもいる。別に、恥ずかしいことじゃないさ」
そんな宇宙人が存在するのだろうか? 別の星に来て、その星の住人と暮らすなんて、そんな宇宙人がいるなんて、私には、信じられなかった。
「一つ、教えてあげよう」
そう言うと、おじさんは、おごりだと言って、ビールを私に御馳走してくれた。
私は、お礼を言って、それをコップに次いで、一口飲んだ。
「地球人という名の人間は、嘘をついたり、同じ人間同士で殺し合いをしたり、自分の星を平気で汚す。我々から見たら、虫けら以下の下等な生物だろう」
私は、おじさんの言葉を黙って聞いている。
「しかし、人間の一生は短い。我々から比べたら、一瞬にしか思えない。どんなに長生きしてもせいぜい100年くらいだろ」
私は、黙って頷いた。
「そして、老いる。100年近く生きれば、ある者は、ボケたり、体が不自由になったり、若いころは、美しくても、いずれ老いて行く。それが、人間という生き物なんだ」
確かにその通りだ。私は、もう、100年以上生きているのに、人間の見た目では、まだ20代だ。
「だが、短い一生を人間たちは、懸命に生きる。悔いのない人生を送るために、毎日、働いて家族や友達と楽しく過ごす。だから、人間というのは、尊いんだ。わしらのような、宇宙人には理解できないが、それだけ地球人というのは、素晴らしい生き物なんじゃ」
そこまで聞いても、私には、まだ、おじさんの言うことが理解できない。
「アンタは、まだ若いから、今はわからんでも、あの先生のような人間のことを知ればそのウチ、わかるときが来る」
私にもわかるときが来るのだろうか? それは、いつなんだろう・・・
「余計な話だから、忘れてくれ」
「いえ、忘れません。ありがとうございました」
私は、そう言って、頭を下げた。
「よせよ。こんなじじいに頭なんか下げないでくれよ」
「私は、知りませんでした。この星で、私以外の宇宙人がいるなんて、今日まで知らなかったんです」
おじさんは、ビールを片付けながら少し笑ったような顔をした。
「また、来てもいいですか?」
「もちろん。いつでも歓迎じゃ。あの子たちも連れてきてくれな。サービスするから」
「ハイ、また、来ます」
私は、また、深々と頭を下げる。
「おじさん、まだ、やってる?」
そこに、近所の住人らしい男の人が、パジャマ姿で屋台に現れた。
「いらっしゃい」
「腹が減って、寝られないんだよ。ラーメン一つね」
「ハイよ」
私は、その人と入れ違うように、屋台を出て行った。
なんだか、胸の奥にモヤモヤしていたものが、少し晴れていくような気がした。
翌日、私は、出版社に行くと、いきなり編集長に呼ばれた。
「おい、麗子」
「ハイ」
呼ばれた私は、編集長の前に行くと、私を下から見上げながら言った。
「市川先生の本だけどな、出版日が決まった。一か月後だ。印刷所は、フル回転で刷ってる。初版は、一万部で行くことが決まった。お前は、これから、営業部に行って、書店巡りの打ち合わせに行って、宣伝してもらうことを話してこい」
「ハイ、わかりました。ありがとうございます」
「それと、今、書いてるのは、どの辺まで進んでるんだ?」
「大丈夫です。本が出るころには、書き上げます」
「頼むぞ、麗子。久しぶりの新刊だからな。これは、ヒットするぞ。二冊目も続けて出す。熱が冷めないうちに、二冊目も行くからな」
「ハイ」
「麗子、任せたぞ。ヒットしたら、お前にも社長賞が出るからな」
「ハイ、がんばります」
私は、そう言うと、編集部を出て、早くこのことを先生に知らせるために急いだ。
電車で行くことも考えたが、一刻も早く伝えたくて、瞬間移動で行くことにした。
出版社の裏に回って、人がいないのを確認してから、超能力を使って、一瞬にして先生の自宅前に出た。
いつものように、壊れたままのチャイムを無視して、玄関を開けて中に入った。
「先生、お邪魔します」
私は、そう言いながら、靴を脱いで中に入る。玄関先には、先生の靴やサンダルだけで他にないので、彼女たちは、来ていないんだろう。
「先生、失礼します」
私は、廊下を歩いて、先生の書斎に入った。
先生は、いつものように机にしがみついて、原稿用紙にペンを走らせている。
「市川先生、本の出版が決まりました。一か月後です。初版、一万部です」
私は、喜び勇んで言った。しかし、先生は、原稿を書きながらこう言うだけだった。
「そうなんだ。麗子さん、ありがとう」
それだけだった。もっと、喜んでくれると思った私は、拍子抜けだ。
「あの、先生・・・」
「悪いね。今、いいところなんだ」
そう言うだけで、顔をこっちに向けることもしない。
私は、少しがっかりしたけど、それが作家先生というものだから、仕方がない。
畳には、書き上げた原稿が散らばっていた。私は、それを拾い上げると、パソコンを開いて清書するようにパソコンに打ち込む作業を始めた。
その間も先生は、ひたすら書き続けた。部屋の中は、ペンで書く音と私のパソコンを叩く音しか聞こえない。
しばらく、お互い無言のままの時間が過ぎた。
そして、ハッと顔を上げて気が付いた。あの子たちは、どうしたんだろう?
いつもなら、朝から先生のウチに入り浸っているのに、今日に限って、来ていない。
気になりだすと、作業に集中できない。
「あの、先生。あの子たちは、今日は、来ていないんですか?」
「そういや、今日は、来てないな。そうそう、昨日は、ラーメン、うまかったな。また、連れて行ってくれないか」
「ハ、ハイ。いつでも・・・それと、昨日は、ご馳走様でした」
私は、慌てて昨日のことを思い出して、お礼を言った。
「昨日は、変なことを言って、悪かった。忘れてくれ」
先生は、原稿を書きながら言った。私は、昨夜のことを思い出した。
私のことを宇宙人だとか、侵略されてもいっしょにいたいとか、そんなことを思い出すと今も返事に困る。
「あの、先生、あの子たちの様子を見てきます」
私は、返事に困って、誤魔化すようにそう言って、席を立った。
私は、靴を履くのももどかしく、向かいの彼女たちの家に向かった。
「姫ちゃん、麗子です。入るわよ」
私はそう言って、靴を脱いで中に入る。
しかし、足元には、靴がなかった。彼女はもちろん、家来の三人もいないらしい。
「戸締りもしないで、不用心ね」
私は、そう言いながら、彼女たちの部屋に向かった。
そして、部屋の前に立った時、何かおかしいことに気が付いた。
誰もいないはずなのに、部屋の中に人の気配がする。もしかして、空き巣とか泥棒がいるのか? 私は、少し考えたけど、思い切って、扉を開けた。
すると、そこにいたのは、天井に頭が付きそうなくらいの大きな男がいた。
しかも、全身キンキラキンの、金尽くしだった。
頭も金髪で、角のように二本の金色の髪が逆立っている。
金色の眩しいくらいのスーツにマント。手には、長くて太いステッキももちろん金色。目が吊り上がって、口髭も金色で、ピンと立っていた。
私は、余りの大男に、ビックリして見上げていることしかできなかった。
「なんだ、お前は?」
口から牙をむいて、私を見下ろして言った。野太い声で、迫力満点だ。
宇宙人の私も圧倒されるくらいだ。
「あ、あの、私は・・・」
「娘は、どこにいる?」
「えっ!」
「娘は、どこにいるかと聞いておる」
「えっと・・・娘って?」
「私の娘だ。どこにいる? 隠すとためにならんぞ」
何が何だかわからない。突然目の前に現れた、金色の大男。
そんな大男に娘と言われても、誰のことかわからない。
「それで、お前は、誰だ?」
「あの、私は、彼女の友だちというか、知り合いです。それより、ここは、姫ちゃんのウチだと思いますが・・・」
「そうだ。だから、様子を見に来たんだ。親が娘の様子を見に来て、何が悪い?」
「お、お、親?」
「そうだ。私は、怪物王国の怪物大王。娘の名は、怪姫。娘は、どこにおる?」
もしかして、この人って、姫ちゃんのお父さん?
てことは、ホントに、怪物王国の大王様?
「ちょ、ちょっと待ってください。あなたが、姫ちゃんのお父さんてことですか?」
「その通り。私は、娘の父親だ。娘は、どこにおるんだ?」
「それは、わかりません。きっと、遊びに行ってるんじゃないですか。家来の人たちもいるから、大丈夫だと思います」
「ふん、あの者たちなど、頼りになるか。まったく、父親がこうして様子を見に来たというのに、人間界で修行をしていると思ったら、遊び歩いているなど、まったくけしからん」
逆立っている角のような髪から湯気が出ている。ホントに怒っているようだ。
ここは、逃げるしかない。巻き込まれたら、大変なことになる。
「あの、いないようなら、私は、失礼します」
私は、逃げ出すように、扉を開けて、廊下に出た。
「待て。お前は、人間ではないな」
そう言われて、思わず足が止まった。
「イヤ、私は、普通の人間で、彼女の友だちです」
「フン。私の目が誤魔化せると思っておるのか。私の目は、節穴ではないぞ」
「いえいえ、私は、普通の人間です」
「そんなはずはない。私のこの姿を見て、悲鳴一つ上げない人間などおらん。お前は、何者だ?」
さすが、怪物王国の大王様だ。私の正体を一目で見破るなんて、さすがだ。
こうなると、誤魔化すわけにはいかない。それに、怪物王国の大王を相手に戦うわけにはいかない。
「そうです。私は、地球侵略に来た、宇宙人です」
「地球侵略だと?」
そう言うと、私を上から覗き込むと、鼻で笑った。
「フン、地球侵略など、バカバカしい。そんなこと、本気で出来ると思っているのか?」
「できますよ。私の星から、宇宙船団が来ることになってますから」
「なるほど。まぁ、よい。そんなことは、私には、関係ない。それより、娘は、人間界で、ちゃんと修行をしているのか? 娘の知り合いなら、教えてくれ」
しかし、修行と言われても、どう答えていいかわからない。
「修業は、ちゃんとしてますよ。人間のことを理解しようと、毎日、勉強してます」
とりあえず、そう言うしかない。
「本当か?」
「ハ、ハイ、ホントです」
「ウソではないな?」
「ウソじゃないです」
「そうか。それなら、いいが。それで、毎日、どうやって暮らしている? ちゃんと食事はしているのか? 人間の知り合いは、出来たのか?」
そう言われても、市川先生のことは言えない。新刊の出版を目の前にして、執筆活動の邪魔をされてはたまらない。それに、先生に迷惑をかけるわけにもいかない。
「それは、その・・・」
「まったく、あのバカ娘は、人間界で何をやっておるんだ」
「あの、それなら、ちょっと、探してきます」
私は、そう言って、一刻も早くここから逃げ出すことを考えた。
こんな盛大な親子喧嘩に巻き込まれたら、偉いことになる。
私は、廊下を急ぎ足で、玄関で靴を履こうとした時だった。
「お嬢、これは、買いすぎだチュン」
「うるさい。お前達も食べるんだろう。いいんだよ、多い方が」
「でも、こんなにだれが作るんだニャン」
「決まってるだろ。お前たちで作るんだ」
「ゲロゲ~ロ」
彼女たちの声が聞こえると同時に、玄関の扉が開いた。
「麗子。来てたのか。ちょうどいい。これを見ろ。今夜は、ラーメンパーティーだ」
そう言って、私に見せたのは、大量のラーメンの材料だった。
「ちょっと、それ・・・」
「昨日、食べたラーメンがうまかったからな、あたしたちも作ろうと思ったんだ。麗子も手伝え」
そんなことを言ってる場合ではない。
「あのね、姫ちゃん・・・」
「今から、作るぞ」
彼女は、私の話も聞かずに、大量に買った材料を持って台所に向かった。
「あのね、姫ちゃん」
「なんだ、あたしは、忙しいんだ」
「姫ちゃんに、お客さんが来てるんだけど」
「客? あたしに?」
「そう」
「ふぅ~ん、どこの誰だろう?」
彼女は、首を傾げながら、部屋に歩いて行った。家来の三人も後をついて行く。
そして、部屋の扉を開けた。久しぶりの親子の感動の再会・・・
と、そんな甘くはなかった。
「親父!」
「怪姫」
「えーーーーっ! 大王様チュン」
「大王様ニャン」
「ゲロゲ~ロ」
三人の家来は、廊下にひれ伏した。しかし、そんな家来たちなど、眼中にないのか、大王様と彼女が、今にもケンカを始めそうな勢いだった。
「何しに来たんだ、クソ親父」
「父親が、娘の様子を見に来て、何が悪い」
「何が、父親だ。ふざけんな」
「それが、親に向かって言う言葉か!」
「親父の顔なんか見たくない。さっさと、怪物王国に帰ったらどうかしら」
「相変わらず、口だけは、減らんな。人間界で、修行をすれば、少しは、女らしくなると思ったが」
「あたしは、人間界なんて、来たくなかったの。親父が、行けっていうから、イヤイヤ来ただけよ」
「それで、修行は、してるのか?」
「大きなお世話よ。おい、お前ら、そんなとこで何してる。ついてこい」
そう言うと、部屋の扉を勢いよく閉めると、ドスドスと大きな音を立てて廊下を歩いて行った。
「こら、話は、まだ、終わってないぞ。どこに行くんだ」
大王様は、大声で叫んだが、彼女は、無視して家を出て行こうとする。
家来の三人は、彼女と大王様の間で困ったように、おろおろするばかりだった。
「お前ら、早くこい」
玄関先で、家来たちに命令するが、三人は、どうしていいかわからない顔をしている。
「お前たちは、娘の家来だろ。こんなとこで何してる。さっさと行け」
「ハ、ハイ~・・・」
三人の家来は、飛び上がって、玄関に走っていった。
「まったく、変わっておらんな」
大王様は、深いため息を漏らして、腕を組んで困ったような顔をする。
人間も怪物も、親は子供が心配なのは、変わらないようだ。
「まったく、あのバカ娘は、親に向かって・・・ホントに困った娘だ」
どうやら、親の心、子知らずというのは、怪物も人間も同じらしい。
さっきまで、怒ったような恐ろしい顔をしていた大王様が、少しだけ優しくなった気がした。
「人間、お前の名前は?」
「麗子よ。それと、あたしは、人間じゃなくて、地球侵略に来た宇宙人よ」
「そうだったな」
大王様は、呆れたような顔をした、私を見下ろした。
「しかし、地球侵略とは、また、大きく出たな」
「そうかしら? こんな星、私たちにかかったら、朝飯前よ」
「そうかもしれんな」
大王様は、小さく息を吐いた。
「麗子とやら。少し、私の話を聞いてくれるか?」
なんか、違う雰囲気になりそうだった。私も興味があるので、話を聞いてみることにした。
「私が、子供の時の話だ。私も人間界に修行に来た。この星のあらゆる国を見て歩いたもんだ」
そう言って、大王様は、少しだけ遠い目をした。
「インド、中国、ヨーロッパ、アメリカ、そして、この日本に落ち着いたんだ。そこで、知り合った一人の人間に地球人というものを教えてもらった。遠い昔の話だ」
そう言って、厳しい顔から、温和な表情になった。
「そこで知り合った一人の少年と、毎日、遊んで、勉強して、ケンカして、楽しい日々だった。今みたいなきれいな家ではなかった。木造アパートで、隣同士で住んでいたんだ。少年には、姉がいてな。私も、家来たちも、ずいぶん世話になった。懐かしい思い出だ。私は、その少年とは、今でも親友と思っている。私が、こうして、大王になれたのも、その少年のおかげなんだ」
まさか、大王様が、子供時代に人間界に来ているとは、思わなかった。
「しかし、その少年とは、さよならも言わずに別れた。私は、怪物王国に戻らればならなかったんだ。その時の私は、まだ子供だった。少年にきちんと別れの挨拶ができなかったことが、今でも後悔しているんだ」
私は、黙って大王様の話を聞いている。
「私は、人間界で修行したことは、間違っていたとは思わない。むしろ、よかったと思っている。だから、将来、怪物王国の姫になる娘にも、私がしたことを経験させてやろうと思ったんだ。人間の友だち、親友を作ることで、大人になった時に、必ず役に立つ時が来る。私は、そう信じている。だが、娘には、まだ、わからんようだな」
大王様は、寂しそうな顔をした。
「そんなことはありませんよ」
私は、大王様を見上げて言った。
「彼女には、もう、友達や親友がいますよ」
「なんと! それは、ホントか?」
「ホントよ。彼女の友だちは、あなたの目の前にいるじゃないですか。彼女は、もう、私という友達を一人作りました。それと、向かいに住んでる本物の人間のことも、親友と思っているはずです」
「人間の親友がいるのか?」
「相手は、どう思っているかはわかりませんよ。でも、彼女は、友達と思っているはずです。それに、人間たちとも、ちゃんと関わり合いを持っていますよ」
私は、焼鳥屋で出会ったおじさんたちやラーメンの屋台で会ったおじちゃんの話をした。
大王様は、驚いたような顔をしながらも興味深げに聞いていた。
「そうか・・・そうなのか。やはり、私の娘だな」
満足したような頷いている。親バカなのかもしれないと、少しおかしくなった。
「それで、大王様の親友の少年は、今、どうしているんですか?」
「さぁ、それは、わからん。あの時、別れたきり会っていない。アレから十年以上も経っているんだ。きっと、今は、立派な大人に成長していることだろう」
「名前は、なんて言うんですか?」
「確か、ヒロシと言ったな」
「上の名前は?」
「そこまでは、覚えておらん。私は、いつもヒロシとしか呼んでいなかったからな」
ヒロシくんという名の少年か・・・名前的には、昔なら、かなり多かったはずだ。
大人になったヒロシという名の少年を探し出すのは、難しいだろう。
「大王様は、ヒロシくんに会いたいですか?」
「もちろんだ。イヤ・・・やっぱり、会わない方がいいだろう。今の私は、こんな姿だ。昔のような子供の姿ではない。会ったら、どう思うか」
確かにそうかもしれない。二メートルを超す、大男で、全身金色ずくめで、人間が見たらきっと本物の怪物にしか見えない。この私だって、初めて見たときは、腰を抜かしそうだった。
「それに、もう、私のことなど、忘れていることだろう。アレは、お互いに、子供時代の思い出として胸の奥にしまっておくのがいいと思う」
怪物王国の大王様らしくない、センチメンタルなことを言い出した。
「でも、もし、会えたら、どうしますか?」
「それは、わからん。ヒロシがどう思うかによるな。今の私を見たら、逃げると思う」
大王様は、また、少し寂しそうな顔になった。私は、会えるものなら、会わせてあげたいと思った。
「それより、姫ちゃんのことだけど・・・」
私は、話を変えて、娘さんの話をした。
「人間に迷惑をかけているようなら、怪物王国に送り返す」
「それは、ちょっと待ってください。彼女には、さっきも言ったように、人間の友だちができたんです。知り合いもできました。人間と関わり合いを持っています。もう少し、様子を見てもいいんじゃないですか」
大王様は、また、考えでいるようだった。
そのとき、持っているステッキが白く輝いて、そこから何か変な声が聞こえた。
「大王様、時間ザマス」
「そろそろ、戻るガンス」
「フンガー」
何の声だろう? 聞いたことがない。
「わかった、わかった。すぐ戻る。私は、王国に戻らればならん。麗子とやら、娘のこと、よろしく頼む」
そう言うと、体中の金色がさらに強く光った。思わず、両手で顔を覆って目を閉じる。
しかし、それは、ほんの一瞬のことだった。目を開けると、そこには、大王様の姿はなかった。
今のは、夢なのか? 私は、自分を信じられなかった。
「あっ、そうだ」
私は、我に返って、先生のことを思い出した。
市川先生を放り出したままだ。私は、急いで向かいの家に行った。
家の前に着いたとき、今まで気にしたことがなかった、表札に目が止まった。
そこには『市川ヒロシ』と書かれていた。私は、今まで、市川先生の下の名前のことなど気にしたことがなかったけど、表札を見て、あることに気が付いた。
「ヒロシ・・・どっかで聞いたような名前だわ」
そう思ったけど、今は、それどころじゃないので、すぐに忘れることにした。
玄関を入ると、彼女たちの靴が脱ぎ散らかしていた。やっぱり、ここに来てたのね。
玄関を上がると、すぐ隣の台所から、彼女たちの騒がしい声が聞こえた。
「こら、スズメ男、お湯を入れすぎだろ」
「違うチュン。ネコうなぎが肉を入れ過ぎなんだチュン」
「だって、本には、肉と野菜を入れるって書いてあるニャン」
「ゲロゲ~ロ」
イヤな予感しかしない。いったい、何をしているんだろう・・・
「ちょっと、アンタたち、何してんの?」
「麗子! ちょうどいい。お前も手伝え」
「だから、何をしてるのって聞いてるのよ」
「見ればわかるだろ。ラーメンを作ってるのよ」
「ラーメン?」
「昨日のラーメンがうまかったから、自分たちで作ってみようと思ったのよ」
私は、呆れて肩から力が抜け落ちた。
いったい、何をしているやらだ。それが、ラーメン作りとは・・・
「どうも、うまくいかないんだ。どうやったら、あのラーメンみたいにうまく作れるんだ?」
見れば、鍋にお湯を沸かして、適当に鶏がらと野菜を入れて煮ているらしいが、
どう見てもおいしそうではない。ニオイからして生臭い。
「あのね、ラーメンのスープを作るときは、ちゃんとダシを取らなきゃいけないの。
鳥ガラは、ちゃんと洗って、煮るときは、アクを取ったりして、野菜はネギの青い部分とか、生姜とかニオイを消すものを入れるのよ。煮えるまで、時間もかかって、大変なの」
「う~ん、そうなのか。ラーメンを作るのも大変なのね」
少しは、わかってくれたようで、ホッとする。
「ところで、さっきのことだけど、お父さんとちゃんと話とかしてるの?」
「ふん、あんなクソ親父のことなんか、知らないわ」
「そんなこと言わないで、娘思いのいいお父さんじゃない。ちゃんと、話し合いなさい」
「やなこった。あたしは、あたしのやりたいように怪物王国を作るのよ」
聞く耳を持たないというのは、このことだ。以外に、娘の彼女も頑固だ。
親が親なら、子も子という感じで、似た者親子に見える。
口では、悪口を言っているが、実は仲がいいのかもしれない。
「とにかく、一度、きちんと話し合いなさいね。それと、先生は、どうしてる?」
「奥で、仕事をしてるぞ」
「仕事の邪魔しないでよ。アンタたちは、スープをちゃんと見てなさいね」
私は、そう言って、書斎に急いだ。
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