第5話 初めてのコーラと屋台のラーメン。
翌日、出版社に行くと、編集長に呼ばれた。
「市川先生のことだけどな、私が愛した地球人を、本にするから、校正部と打ち合わせをしてきてくれ。それと、印刷所にも空きがあるのか確認してくれ。出来ることなら、なるべく早く出したいんでな」
そんなわけで、今日は、市川先生のウチに行く時間がなさそうだった。
校正部との打ち合わせは、かなり時間が必要だった。あらかじめ、私がパソコンで清書してあるのでそれを直す作業だったが、それでも細かい部分は、直す必要があった。
私は、それをいちいちチェックしないといけないので、今日は、先生のウチには行けそうもない。
お昼になって、私は、出版社の社員食堂で、軽めの食事を取っていた時だった。
私は、何の気なく、ぼんやりと窓の外を見ていると、一羽の小さな鳥が窓枠に止まった。
それは、小鳥というか、スズメだった。そのスズメが、私の方をまっすぐに向いているのがわかった。
私と目が合うと、そのスズメは、クチバシを忙しく動かして何かを必死に訴えている感じだった。
「まさか・・・」
私の中で何か胸騒ぎがした。気がついたら、立ち上がって、窓際まで行くと、窓を開けていた。
「チュン、チュン、姐さん、今日は、市川先生のところに来ないのかチュン。迎えに来たチュン」
「アンタ、スズメ男?」
「そうだチュン。お嬢が呼んでるチュン」
私は、返事に困った。
「悪いけど、今日は、忙しいのよ。市川先生の本を出すための編集で忙しいの」
「姐さんが来ないと、市川先生も、仕事ができないって言ってるチュン」
「何を言ってるのよ。そんなこと言っても、無理なもんは、無理なの。とにかく、今日は、帰って」
私は、そう言って窓を閉めた。窓の外では、まだ、スズメがチュンチュン鳴いてるのがわかった。
スズメ男なんて相手にしている暇はない。今は、仕事が優先なのだ。
しかも、これは、市川先生のための仕事なのだ。あの子たちの相手はしていられない。
私は、仕事に戻って、校正部に話を付けて、印刷所に連絡して、時間を空けてもらう交渉をする。
「ウニャ~ン」
どこからか、ネコの泣き声が聞こえた。でも、出版社にネコなんて飼っていない。
「ウニャニャ~ン」
また、聞こえた。でも、よく聞くと、ネコの鳴き声ではない。
鳴き声の出所を探すと、足元に何かがいた。
「ニャン」
すると、うなぎのシッポのように平べったいヌメヌメしたものが足に触った。
「なに?」
思わず、そう言って足元を見ると、うなぎの体にネコの顔をした、四つ足の変な生き物がいた。
「ネコうなぎ!」
「そうニャン」
「そうニャンじゃないでしょ。なんで、ここにいるのよ?」
私は、その場にしゃがんでネコうなぎを見下ろした。
「姐さんを迎えに来たニャン」
「何言ってるのよ。ここは、人間の職場なのよ。他の人に見られたらどうするの?」
「大丈夫ニャン。人間たちには、おいらの姿は見えないニャン」
「だからって、来ることないでしょ」
「だって、姐さんがいないと、つまんないニャン」
「まったく・・・」
私は、呆れてものも言えなかった。
「あのね、私は、仕事中なの。明日行くから、今日は、おとなしく帰って」
「市川先生も寂しがってるニャン」
「だから、それは、先生のための仕事なの」
「ウニャ~ン」
ネコの顔にうなぎの体とシッポという、不気味な生き物に懐かれるのは、あまり好きじゃない。
「とにかく、帰りなさい。仕事が終わらないと、私も帰れないのよ」
私は、ネコうなぎを両手で抱き抱えると、出版社の外にゴミでも捨てるように、地面に投げ落とした。
「姐さ~ん・・・」
「いいから、帰りなさい」
私は、手を振って、追い払ってやった。ちょっと可哀想な気もするけど、仕事の邪魔には違いない。
「まったく、しょうがないんだから」
私は、両手をパンパンと叩きながら、出版社に戻った。
「ホントに、しょうがないんだから・・・」
私は、そう言いながら、中に入った。階段で二階の編集部に戻ろうとすると、階段のそばにある飲み物の自販機の横から、私を見る視線を感じた。
ふと見ると、何者かと目が合った。
「ゲロゲ~ロ」
「今度は、アンタなの」
そこには、緑色の体に甲羅を背負って、頭に皿を乗せた、河童がいた。
「あのね、いい加減にしないと、ホントに怒るわよ」
「ゲロゲ~ロ」
「お姫様にもちゃんと言いなさい。私は、仕事中なの。だから、今日は、行かれないの」
「ゲロゲ~ロ」
「人間には、仕事ってものがあるの。だから、それが終わらないと、帰れないの」
「ゲロゲ~ロ」
「人間は、働かないとダメなの。アンタたちとは、違うの」
「ゲロゲ~ロ」
「いいから、おとなしく帰って」
私は、河童の甲羅を持ち上げて、そのまま出版社の外に放り出した。
河童の甲羅は、ヌルヌルしてて触るのも気持ち悪い。
「まったく、もう。仕事にならないわよ」
私は、ヌルヌルの手を洗いに洗面所に向かった。
「ホントに、もう・・・」
口では文句を言いながらも、河童と会話していた自分に気が付いた。
「私も染まっちゃったのかなぁ・・・」
独り言のように呟きながら手を洗って、手を拭いて何気なく鏡を見たら
私の後ろから顔を出している少女がいた。思わず振り返ると、そこには、例のオテンバお姫様がニッコリ笑っていた。
「今日は、来ないのか? みんな、待ってるぞ」
「あのね、何度も言うけど、私は、仕事中なの。市川先生の原稿をまとめる仕事があるの」
「そんなことは、わかってる。その仕事とやらは、いつ終わるんだ?」
「わからないわよ。夜までには、半分くらいは終わるけど」
「遅い。もっと、早く終わらせろ。また、あの焼き鳥屋に連れて行け」
「飲んでる場合じゃないの。私は、忙しいの。また、暇なときに連れて行くから、今日は、帰って」
「チッ・・・麗子は、付き合いが悪いな。だったらいい。イッチーに連れて行ってもらう」
そう言うと、彼女は、プイと後ろを向いて洗面所を出て行ってしまった。
「まったく、こっちは、それどころじゃないのに・・・」
そう思いながら廊下に出たところで、足が止まった。
彼女は、どこから入ってきたのだろう? 出版社に入るには、関係者用のパスが必要だ。部外者は、受付で許可を取らないと中には入れない。
私は、慌てて受付に行った。出版社の顔と言える入り口には、受付がある。
そこには、美人揃いの受付嬢が座っている。満面の笑みを浮かべて、客を迎えていた。
「あの、ちょっと聞くけど、少し前に、小学生くらいの女の子って来なかった?」
「いいえ、子供は来てませんけど」
予想通りの返事だった。きっと、魔力か何かを使ったんだろう。
私は、小さなため息をつくと、肩から力が抜けていった。
「あの、それより編集長が呼んでましたよ」
「えっ! それを先に言ってよ」
私は、受付嬢に返事するのと同時に、エレベーターに乗り込んだ。
編集部に着くと、編集長が私を呼んだ。
「どこに行ってたんだ。校正部が探してたぞ。印刷所には、話はついたのか?」
「ハイ、それは、日にちを空けてもらえました」
「だったら、その日までに、校正を終わらせろ。時間がないぞ」
「ハイ、わかってます」
私は、そう言って、もう一度校正部に向かった。
部屋に入ると、担当者がパソコンを見ながら直しの作業をしている。
「どう、終わりそう?」
「今夜中には、何とかなりそうだけど、今夜は、徹夜だな」
「ごめん。ありがとう。頼むわ」
「ちょっと、ちょっと、俺だけにやらせるわけ?」
「だって、私は、まだ、仕事が・・・」
「何を言ってんだよ。この本は、アンタの担当でしょ。最後まで、責任もって、編集作業も手伝ってくれなきゃ困るよ」
確かにそうだ。そう言われると、返す言葉がない。私も隣に座って、パソコンを借りて、編集作業をやることにした。
その時、私の後ろを別の編集部員が歩きながら話している声を聞こえた。
「どうよ、今夜、一杯行かない?」
「いいね、いつもの焼鳥屋でいいよな」
「よし、決まり」
そんな会話を聞いた瞬間、手が止まった。
彼女は、帰り際に言った言葉が脳裏によみがえった。
『だったら、イッチーに連れて行ってもらうから』。
「まさか・・・」
いや、いくらなんでも、そんなことはないだろう。市川先生と彼女たちだけで、焼鳥屋に行くなんて絶対にありえない。お金はともかく、彼女たちの秘密をポロっと話すかもしれない。
それだけじゃない。私の秘密もしゃべってしまう危険もある。
「イヤイヤ、それは、ないわ」
私は、頭を振って、自分で自分を否定する。しかし、そう思えば、思うほど、胸にモヤモヤしたものが沸き上がってきた。
「先生を信じよう」
私は、そう呟くと、編集作業に集中した。
しかし、モノの五分と経たないうちに、私の携帯電話が鳴った。
見ると、画面に、市川先生の文字が見えた。私は、急いで携帯を取った。
「ハイ、もしもし」
『麗子さん? 今、大丈夫ですか?』
「ハイ、少しなら」
『忙しいと思うけど、彼女たちが、焼鳥屋に連れて行けっていうんで、今夜行くんだけど、麗子さんは、無理だよね?』
私は、頭の中が真っ白になった。一番恐れていたことが起きた。
よりによって、彼女たちだけで行くなんて、無謀にも程がある。しかも、信じていた市川先生までが行く気満々の様子だ。どうしたらいい・・・私は、短い間に考えた。
しかし、結論は一つしかない。私も行く。それしかない。
「わかったわ。私も行くから、この前の駅で待ってて。すぐに行くから、彼女たちだけで行かないようにね」
『わかった。それじゃ、後で』
そう言って、電話は切れた。
「ごめん。急用だから、先に帰る。悪いけど、後をよろしく」
「そんなぁ・・・」
「この借りは、後で返すから、今日は、ごめん」
私は、そう言うと、自分の上着を手に持って、夕暮れ時の出版社を飛び出した。
時計を見ながら小走りで駅に向かった。うまく電車が来れば、20分でみんなと合流できる。
私は、瞬時にそう判断して、駅の改札を通った。そして、来た電車に飛び乗った。
車内に乗り込んで、ホッとした。
空は、だんだん暗くなってきた。夜が近づいてきた証拠だ。飲みに行くには、いい時間帯である。
こんな時は、いつもの電車も、時間がたつのが遅く感じる。たった四駅なのに、なかなか着かない。イライラしても始まらないのはわかるが、気持ちが高ぶっている。
それでも、駅について、駆け足で改札を出た。
辺りを見渡して、市川先生と彼女たちを探した。
しかし、こんな時に限って、見つからない。
「どこにいるんだろう?」
駅前は、それほど混雑していない。もともと住宅街で、商店街と言えるのも少ない。この駅に降りる人は、ウチに帰る人だけだ。待ち合わせしていそうなカップルなどもいない。
「まさか・・・」
二度目の不安が頭をよぎった。直接、あのお店に行っているのではないか?
でも、待ち合わせすると市川先生に言ったはず。私が来るのを待ちきれなくて、彼女たちだけで行ったのかもしれない。
「先生に電話してみよう」
私は、そう思って、携帯電話を手にして、市川先生にかけてみた。
耳に携帯を当てて、ダイヤル音が聞こえる。ところが出ない。
出ないどころか『この携帯は、電源が切られているか、電波が入らないところにいる』というアナウンスが聞こえる。
「うわぁ、最悪じゃん」
私は、そう言うと、いつものお店に向かって走り出した。
駅を抜けて、スーパーの前を通る。その先に児童公園があって、その角を曲がれば、いつもの焼鳥屋だ。
ところが、スーパーの前を走り抜けようとしたその時、私を呼ぶ声がした。
「麗子、どこに行くんだ?」
「姐さん、待つチュン」
「止まるでニャン」
「ゲロゲ~ロ」
えっと思って、自分の両足に急ブレーキをかけて止まって振り返ると、そこには、彼女と三人の家来たちそれに、市川先生もいた。
「何をしてるの?」
口から出た言葉は、これしかない。
「この子たちがね、待ちきれなくて、先に行こうというんで、行ってみたんだけど、席が一杯でね」
「仕方ないから、ここの焼き鳥を食べてるのよ」
見ると、スーパーの店頭で、焼き鳥を焼いていた。それをみんなで、立ち食いしていたのだ。
私は、呆れるやら、ホッとするやら、急いできたので、息が切れそうだ。
「あのお店は、全員で入るわけにはいかないから、しょうがないね」
市川先生も少し残念そうだった。その顔を見ると、私もなんとかしてあげたくなる。
そうは言っても、こんな大人数では、お店にも迷惑だ。どうしようか、迷っていると、あることを思いついた。
「みんなでも行けるところがあるから、そこに行きましょう」
「どこに行くのよ?」
「屋台よ、屋台。みんな、ラーメンは好きでしょ」
そう言うと、彼女たちの目が輝きだした。
「ラーメンは、怪物王国にはないからな」
「アレは、とてもおいしいチュン」
「おいらも大好きニャン」
「ゲロゲ~ロ」
まるで人間のようなことを言い出す怪物たちに、思わず笑いそうになった。
「しかし、屋台なんて、どこにあるんだい?」
市川先生が不思議そうに聞いた。確かに、今の時代に、屋台のラーメンなんて時代遅れだ。そもそも、ほとんど絶滅状態で、都心でも見かけることはなくなった。
だけど、私は、知っている。人知れず、こっそりやっている、屋台のラーメン屋を・・・
私たちは、スーパーから歩いて、児童公園を抜ける。
その先を曲がればいつもの焼鳥屋だが、曲がらずに直進する。
すると、すぐに川が見える。川沿いにも家が点々とある。
少し広めのこの川は、浅いので子供たちが水遊びをしたり、カモが泳いでいたりする。
その川のほとりに、小さな屋台のラーメン屋がある。いつも出ているわけではないが、今夜は、出ていてホッとした。テーブルはないが、周りには、休憩用にベンチがあるので座って食べることができる。
木で出来た小さな屋台のラーメン屋だけが明るく見える。赤い暖簾にラーメンという文字が白字で書かれている。
「こんばんわ」
私は、暖簾を手で捲って、屋台のおじさんに声をかけた。
「いらっしゃい。久しぶりだね、お姉さん」
「仕事が忙しくてね。それより、ちょっと人数が多いんだけど、ラーメン出来る?」
私がそう言うと、屋台のおじさんは、屋台から出てきて私たちを見て、目をパチクリさせていた。
「こんなに大人数なんて、おじさん、初めてだよ。張り切って作るよ」
「ありがとう。それじゃ、ラーメン6個ね。それと、ビールとコーラをちょうだい」
「あいよ。たくさん飲んでくれ」
そう言って、冷えた瓶ビールとコップを出してくれた。
彼女には、申し訳ないけど、コーラで我慢してもらう。
でも、きっと彼女は、コーラは初めて飲むので、どんな感想かちょっと楽しみだ。
この屋台は、私もたまに利用している。仕事の帰りが遅くなった時など、使わせてもらっている。
屋台の場所が、川のほとりで住宅街なので、仕事帰りのサラリーマンよりも、近くに住んでいる人たちが食べに来るので、いわゆる酔っ払いなどがいないのが、私には、うれしかった。
ラーメンができるまでは、家来たちと私と先生は、ビールで乾杯した。
住宅街の川のほとりで、しかも、夜の屋外で飲むビールは、いつもの焼鳥屋で飲むビールとは一味違うように感じた。家来たちも、楽しそうだ。だけど、彼らは怪物なので、暗闇の中で目が光っているのが異様に見える。
「お、おい、麗子!」
「どうしたの?」
「なんだ、この黒い飲み物は?」
「コーラよ」
「コーラ?」
彼女は、初めて見る黒い液体に、ものすごく怪しげな目で見ている。
「とにかく飲んでみたら」
彼女は、一口飲んだ。そして、盛大に噴出した。
「プハァっ!」
「大丈夫? 落ち着いて、ゆっくり飲んでね」
「なんだ、これは、口の中で爆発したぞ」
初めては、こんな感想よね。私は、彼女を見て思わず笑いそうになった。
「静かに、少しずつ飲むのよ」
「わかった。とにかく、異様な飲み物だな。毒ではないのか?」
「毒なんかじゃないわよ。なれると、おいしいわよ」
彼女は、また、一口飲んだ。
「すごいぞ。喉が、シュワシュワする。なんだか、気持ちいいぞ」
彼女は、コーラをゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。
「麗子、地球人は、こんなものを飲んでいるのか?」
「そうよ」
「う~ン、地球人は、すごいな。でも、この飲み物は、あたしは、好きになったぞ」
彼女は、すっかりコーラの虜になってしまった。お酒ではないが、飲み過ぎはよくないが口に合うなら、それはそれでよかった。
「これは、たまらんなぁ・・・もっと、飲んでもいいか?」
「いいわよ。でも、それは、炭酸が入ってるから、お腹が膨れるから、飲み過ぎるとラーメン食べられなくなるわよ」
「そう言えば、お腹が・・・ゲフッ!」
彼女は、大きなゲップをした。急に飲むからだ。
「お嬢、行儀が悪いチュン」
「今のは、聞かなかったことにするニャン」
「ゲロゲ~ロ」
家来たちのが、その辺は、わかっているらしい。
「うるさい、わかってるわよ。でも、出ちゃうんだから、しょうがないでしょ」
たかが、ゲップくらいで、逆ギレするのもどうかと思う。
「しかし、麗子さんは、いろんなお店を知っているんだね」
「そうでもないですよ」
市川先生は、ビールを一口飲んで感心したように言った。
「こういう屋台も、今は、ないからね。久しぶりだなぁ」
先生は、暗い夜空を見ながら言った。空には、星が少し見える。今夜は、晴れだ。
もちろん、私の星は、見えない。
「たまには、こんな雰囲気も悪くないね」
「先生に、喜んでもらえたら、うれしいです」
先生は、上機嫌のようで、連れてきてよかった。
「ハイ、お待ちどう。熱いから、気を付けてよ」
おじさんがラーメンを出してくれた。私は、受け取ったラーメンをベンチにいる家来たちに渡す。
「熱いから、火傷しないようにね」
家来たちは、手で持つと丼が熱いので、ラーメンをベンチに置いて、しゃがんで食べ始めた。
「ハイ、姫ちゃんも、熱いからゆっくり食べるのよ」
彼女は、目の前に置かれた湯気が出ているラーメンを見詰めている。
その目は、焼き鳥を初めて食べた時のように、キラキラ輝いて見えた。
「少しずつ、フーフーして冷まして食べるのよ」
私の注意なんて、まったく聞いていない様子だ。
「熱っ!」
「だから言ったでしょ」
「麗子、これは、とても熱い食べ物なんだな。地球人は、すごいものを食うな」
そこは、感心するところじゃない。それでも、彼女は、ラーメンをすするように食べ始めた。
スープを飲んだり、メンマやナルトを食べるたびに、うれしそうな顔をした。
後ろを見ると、家来たちもそれぞれの食べ方で、食べている。
先生は、おいしそうにラーメンを勢いよく啜っていた。
「今日は、忙しいのに呼び出してすまん」
市川先生は、そう言って、頭を下げた。
「いえ、大丈夫ですよ」
「編集作業のは、大丈夫なの?」
「多分、明日中には、終わらせて、今週中には、印刷所に持ち込みます」
「そうか。それは、よかった。ぼくの本も、久しぶりだから、楽しみにしてるよ」
「たくさん、売れるといいですね」
私は、そう言って、ラーメンをおいしく食べる。
「ぼくはね、麗子さんには、とても感謝してるんだ」
先生は、ラーメンを食べながら話し始めた。
「ぼくは、売れない小説家だし、貧乏作家だから、ホントならどこかに就職した方がいいんだよね。だけど、小説を書くのが好きで、売れなくても、やっとプロとしてデビューできたから、ぼくは、作家になることにしたんだ」
私は、箸を止めて、先生の話を聞くことにした。
「今更、サラリーマンにはなれないし、大学時代にコンビニでバイトしたのが最後で、それも、一か月も持たずに辞めちゃったからね。だから、ぼくは、作家としてやっていくしかないんだよ」
そこまで話すと、ラーメンを一口食べる。
「運よくデビューできたとはいえ、全然売れないし、食っていくのもやっとで、ガスまで止められてね。恥ずかしい話だ。本なんて、デビューした時と、その後に出した二冊だけだし」
先生は、ビールで口を湿らせて、さらに話を続けた。
「編集さんだって、滅多にウチには来なくなったし、来ても、毎回人が違うし、ろくに本の中身なんて読んでくれなかった。そんな時に、来た編集が、麗子さんだった。ぼくは、麗子さんに、とても感謝してるんだよ」
初めて聞く話に、私は、少し緊張してきた。
「麗子さんは、これまでの編集さんとは違って、いろいろアドバイスもくれたし、本もちゃんと読んでくれる。それに、外の世界に連れて行ってもくれた。こうして、友達もできたし、全部、麗子さんのおかげだ。ホントに、ありがとう」
先生は、そう言って、また、頭を下げる。少し、目が潤んでいるような気がした。
「そんなことありません。先生は、いい本を書くんです。自信を持ってください」
「イヤ、今度の本だって、今書いている本だって、キミやこの子たちがいたから書けたようなもんだ」
「この子たちは、関係ないと思います」
「そんなことはない。この子たちは、ぼくにとって、初めての友だちなんだ。この子たちを紹介してもらってぼくは、毎日、楽しく小説を書きながら、生活できるようになった。なんとなく、生きる張り合いというか気力が湧いてきた気がするんだよ」
なんか、思いつめてる気がする。彼女たちは人間ではないし、それを友だちと思うのは、かなり間違っている気がする。それに、この私だって、先生が思うような人ではない。地球侵略のための調査をしに来た宇宙人なのだ。
「この子たちがウチに来るようになって、毎日がとっても楽しいんだよ」
私は、その言葉を聞いて、隣の彼女を見た。
彼女は、私たちの話など聞いていないようで、麺をすすって、スープを飲んで、汗をかきながらラーメンと格闘していた。
「お仕事のお邪魔じゃないんですか?」
「イヤイヤ、むしろその逆だよ。いろいろおもしろい話を聞かせてくれて、小説を書くには、とてもいい環境になって、感謝してるんだ」
それならいいけど・・・ それでも、やっぱり、心配だ。
話がいったん区切られて、私と先生は、ラーメンを食べることに集中した。
「さっきから見てるけど、ネコうなぎは、ラーメンが減ってないチュン」
「おいらは、猫舌だから、フーフーして食べてるニャン」
「ゲロゲ~ロ」
「こら、お前たち、ケンカするな。仲良く食べなきゃ、麗子がまた、怒るぞ」
夜だというのに賑やかだ。暗い夜の中で、街灯の下で、赤い提灯だけがポツンと浮き出る。
そんなところで、おしゃべりしながら食べるラーメンは、格別な気がする。
ラーメンだけではない。こんな時間が、とても貴重なのだ。
「これからも、ずっと、ぼくの担当でいてくれないかな?」
唐突に先生が言った。
「麗子さんさえよければ、これからもよろしく頼みます」
「イヤ、それは、その・・・もうしばらくは、先生の担当はやりますよ」
「それは、よかった。たとえ、地球が侵略されたとしても、それまでは、麗子さんといっしょに、本を書きたいんだ。それが、ぼくの最後の願いでもあり、夢なんだよ」
ちょっと待った。今、なんて言った。地球侵略されたとか何とか・・・
「先生、何を言ってるんですか?」
いきなりのことで、自分でも声が震えて目が泳いでいるのがわかった。
この私が、動揺するなんて、自分でもビックリだ。
「麗子さんは、宇宙人なんだろ? それも、地球を侵略しに来た、侵略者だ」
先生は、そう言って、残りのラーメンを啜って、スープを最後の一滴まで飲みほした。
「どうした、麗子さん?」
私は、一番知られたくない、知られてはいけない相手に、自分の正体を知られてしまったことに、頭が真っ白になって、固まってしまった。
「麗子さん?」
名前を呼ばれて、やっと、現実に戻ることができた。しかし、すぐに言葉が出てこない。
「おい、麗子。コーラとラーメンのお代わりをしていいか?」
「私もラーメンが欲しいチュン」
「おいらは、熱いから、ビールでいいニャン」
「ゲロゲ~ロ」
「あいよ」
おじさんは、私の返事を待たずに、ラーメンのお代わりを作り始めた。
「麗子、お前は、食わないのか?」
彼女に言われて、やっと、口が開いた。
「ちょっと、アンタ。先生に何を言ったの?」
「別に」
「別にじゃないでしょ。私の秘密をしゃべったでしょ」
「それがどうした」
「どうしたじゃないわよ。それは、秘密だって、言ったでしょ」
「秘密なんて、すぐにばれる。だって、麗子は、イッチーのこと、好きなんだろ」
「な、な、な、何を・・・」
私は、自分の体が熱くなっていくのがわかった。
「どうした? 顔が赤いぞ」
彼女に言われて、自分の頬を両手で触った。ハッとするくらい、熱かった。
私は、残りのビールを飲み干すと、今度は、先生の方に向いて言った。
「あの、私は、先生と同じ、普通の人間で、宇宙人でも、侵略者でもありませんから」
すると、先生は、小さく笑いながら言った。
「別にそんなこと、どうでもいいじゃないか。麗子さんが、宇宙人でも、侵略者でも
そんなことは関係ない。ぼくの担当として、これからもいっしょにいてくれれば、他のことなど何の問題もない」
「いや、だから、私は・・・」
「いいんだよ。人間の命は短い。麗子さんは、ぼくより、ずっと長生きするんだろうな。だから、ぼくは、短い人生の間、麗子さんといっしょにいたいんだ。いっしょに、小説を書いて自分が生きた証として、残したいんだよ」
「あの、先生、私は、ホントに普通の人間なんです」
「麗子。宇宙人が、嘘を言ってはいけないぞ。嘘は、人間しかつかない。宇宙人は、嘘は言わないぞ」
「いいから、アンタは、黙ってなさい」
私は、横から口を挟んだ、彼女に声を張り上げた。
彼女は、お代わりのラーメンとコーラを手にすると、カウンターから離れて、家来たちのいるベンチで食べ始めた。
「先生、まさか、本気にしたりしてないですよね」
「麗子さんに侵略されるなら、本望だよ。侵略されたら、ぼくたち地球人は、殺されるか奴隷にされるんだろ。それでも、麗子さんになら、ぼくは、喜んで殺されるよ。おじさん、ビールをもう一本下さい」
先生は、そう言って、おじさんからビールを受け取ると、冷えたビールをコップに注いで一口飲んだ。
「先生、それは、マンガの読み過ぎですよ」
私はもちろん、本星の部隊も、地球を侵略したからと言って、地球人を皆殺しにするとか奴隷にするなどとは、一ミリも考えていない。もちろん、侵略を邪魔するものがいれば、抹殺するにしても一般の大部分の地球人は、今と変わらない生活を送ることになる。
私たちの考える侵略とは、そういうことなのだ。地球を滅ぼすとか、そんなことはしない。
私たちの理想の侵略とは、その星を支配して、さらにいい星にすることと、仲間たちの
第二の故郷というか、もう一つの家として、地球を侵略することだ。
地球人の言葉に直せば、共存共栄ということだ。しかし、地球人たちは、能力的にも体力的にも、ついて行くことはできないだろう。いずれ、我々にすべてを支配されることになるが、だからと言って、殺戮などという、物騒なことはするつもりはない。
それが、我々の考える理想とする侵略なのだ。地球人たちは、侵略と聞くと、間違ったイメージを持っているようだ。
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