Tale.22『勇者の苦難②』

「おいジジイ! 何をとぼけたことを言ってやがる!」


 アランは老人に向かって荒っぽく食ってかかる。


「状況がわかっていないようだな!?」

「わかっていますよ。あなた方はセラトネル山のドラゴンと戦っていたのでしょう?」

「わかっているならさっさと——!」

「しかし、倒せなかった」

「っ!?」

「逃げたあなた方をドラゴンが追ってこないとどうして保証できましょうか。私には村長むらおさとして、村人を守る使命があります」


 老人はあくまで冷静だった。

 自分の役割を果たすため、勇者一行を静かな口調で嗜める。


「私は、村に疫病神を呼び込むような愚行を犯しません」

「やく……!? こ、の、クソジジイ……! それなら今ここで痛い目に——」

「——勇者!」

「……っ!? ちっ」


 エステルの呼びかけによってアランはすんでのところで拳をおさめる。

  

「……おいジジイ。それが、人類の希望である勇者に対する態度か」

「ええ、そうです」

「……………………」

「そもそもの話です、勇者様。私には、あなたが人類の希望とは到底思えません」

「は?」

「あなたは本当に、人類を平和に導いてくださるのですか? 数ヶ月前には、魔王に敗走したと風の噂でお聞きしました」

「くっ……」


 敗戦の記憶はアランにとってまだ新しい。人生で初めての、完全なる敗北。

 それだけならまだ良かった。ただの敗北ならアランはすぐさま新たな勝利によって忌まわしき記憶を覆い隠しただろう。しかし、魔王のもたらした呪いはアランの脳を焼き焦がす。


「事実なのですね」


 血が滲むほどに唇を噛み潰したアランを見て、老人は噂の確信に至った。額に汗を垂らし、落胆と共に大きなため息を吐く。


「勇者などと祭り上げられながらも、結局は魔王討伐なんて夢のまた夢。あなたはただ魔族の怒りを駆り立て、人々をさらなる危険に晒しているだけなのではないですか……?」


 アランはもう何も言い返すことができなかった。ただただ、胸の内で赤黒く醜い感情が渦巻いた。


 その膝下に村人の幼い少女が無垢な瞳で縋り付いてくる。

 

「ねぇねぇ勇者様? 聖女様はどこですか?」

「は……?」

「私、聖女様の大ファンなんです! お優しく慈悲深い聖女様こそ、私たちの希望です!」

「聖女……だと……? あいつが、希望……?」

「はい! 一度でいいからお会いしたいと思っていたのです!」


 一欠片の邪気もない純粋な笑顔を浮かべる少女。


 瞬間、アランの感情が爆ぜた。


「——ふざけるな!」

「きゃあ!?」


 右手で少女を強く払いのける。


「ちょ、勇者!?」

「あぁ……! 大丈夫かいエマ……!」


 エステルは慌てて勇者の腕を押さえ込み、老人は少女に駆け寄った。


「なんてことを。勇者様、あなたという人は……!」


 老人についに激昂し、アランを睨みあげる。


「あなたなど、人類の希望でもなんでもない! 聖女様こそが本当の希望だった! 人々の心に寄り添い、支えてくれた! 聖女様のおられない勇者一行など……さっさとここから立ち去ってくだされ!」


 場がめっきりと静まり返り、やがて夕陽が沈んでいく。あたりを吸い込まれるような深い暗闇が覆い始めた。


「……ちっ」


 アランは老人に背を向け、踵を返す。


「行くぞ」

「い、行くって……え? 今から街まで!? どれだけ距離があると思ってんの!? そんなのダグラスの体力が保つわけ……!」


 エステルが叫ぶが、アランは足を止めない。もう村への滞在に見切りをつけ、夜道を歩き通す腹づもりだった。


 エステルは青ざめながら、クロと顔を見合わせる。


 ダグラスの看病をしながら長距離の移動なんて不可能だ。アランはすでに冷静な思考力を失っている。


「クッソ……あの、クズ勇者……! マジで信じられない……! なんで私がこんな役回りばっか……〜〜っ!」


 あーもう! とエステルは心の中で叫び上げ地団駄を踏んだ。それから老人たちの方へ歩み寄り、深く深く頭を下げた。


「本当に申し訳ありませんでした! 勇者には後でキツく言っておきますので……だから、だからどうか……村に置いてほしいとは言いません。どうか馬を貸していただけないでしょうか……!?」


「……ワタシからも、お願いする。でないとダグラス、死んじゃう」


 エステルに続くようにクロもまたぺこりと頭を下げる。


「……わかりました。馬を2頭、ご用意致します」


「ありがとうございます!」


「……ありがとう」


「いえ……私も少し、頭に血がのぼっていたようです」


 お互いに謝りあって、エステルたちはどうにか馬を確保した。


「あの、最後に一つだけお聞きしたいのですが……」


「なんですか?」


「聖女様は、生きておられるのですか……?」


「……生きていますよ。再び聖女として姿を見せてくれる日が来るのかは、わかりませんが」


「そうですか。それが聞けて、よかったです」


「……私たちはこれで。本当にご迷惑をおかけしました」


 勇者一行は馬に乗って夜道を駆け抜け、どうにか拠点としている街にたどり着いたのだった。



——————————



お次もまだ勇者視点。重たい。

明日更新予定です。




カクヨムコン用の新作を投稿しました。


タイトル

『お隣の蔑み美人が死に別れの幼馴染だった。』


ぜひぜひ読んでみてください!


URL

https://kakuyomu.jp/works/16817330665542614763

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