Tale.23『勇者の苦難③』

 ダグラスは奇跡的に一命を取り留めた。

 しかし身体にはいくつかの後遺症が残り、とてもではないがすぐに戦える状態ではない。

 神官たちによれば、ルチアの回復魔法さえあれば或いは……という話だった。


「……………………」


 アランは人気のない教会にいた。信仰心のないアランはこの場所に用などあるはずもない。ただ、今は静かな環境を求めていた。

 

「ルチアは、私たちに必要な存在だった」


 背後から、凛とした声がひとつ。

 エステルはカーキ色の長い髪を揺らしながら歩み寄る。


「……たしかにあの子は戦闘において足手纏いだった。攻撃魔法はどれだけ鍛錬しても初級しか使えず、ひ弱で近接戦なんてもってのほか。唯一の取り柄の回復魔法だって、今回のドラゴンや魔王のような強敵と戦わない限りはほとんど出番がない。その魔王との戦いでだっていの一番に狙われて、真っ先に気絶させられてたら世話ないわよね」


 数ヶ月前にアランの下した決断に、エステルは一定の理解を示す。

 

 エステルにだって見えていなかったのだ。だから反対できなかった。ただただ漠然とした不安をだけを抱えていた。


 その不安が今、現実となって自分たちを襲っている。


「……今、私たちに対する民衆の信頼は地に落ちようとしている。なぜかわかる?」

「さぁな」

「勇者の横暴な言動や行動が波紋を呼んでいる」

「……………………」

「でも、それはべつに最近に限ったことじゃない。勇者は昔から最低で、何も変わっていないわ」


 アランの性根は腐っている。

 ルチアにしていたように外面を取り繕うことだって出来なくはないが、見る目のある人ならばすぐに気づけるような荒く拙いものだった。


 となれば、勇者一行に起こった変化などひとつしかない。


「聖女ルチアという抑止力がなくなったから」


 この期に及んでこちらを振り向くことすらしないアランに、エステルは必死に語りかける。


「戦いばかりにふける私たちの裏側で、あの子はあの子にしかできないことをしていた。粘り強く人々の話を聞き、心に寄り添い、正しき道へ導き、傷を癒やし、信頼を積み上げ続けてきた。それが聖女ルチア——人類の希望と呼ばれた少女」

 

「あいつが……? そんなことあるわけ……」


 聖女なんて容姿に優れたルチアに絆されたバカな人間どもが作ったハリボテの名だ。アランはずっとそう思っていた。ルチアには何の価値もないのだと信じていた。


「ルチアさえいてくれたら、あのご老人たちはもっと協力的でいてくれたでしょうね。そういう交渉も、あの子の役目だった……勇者に足りない人徳をカバーしていたのは紛れもない、ルチアなのよ」


「…………っ」


「勇者パーティなんて呼ばれて、勘違いしていた。勇者は名ばかり。チカラの象徴でしかない。実際のところ人々の心を掴み、人類の御旗となっていたのは、ルチアだった」


 それがこの数ヶ月の間にエステルが世界を見渡して行き着いた結論だった。


「誰も、あなたにはついていかない」


 残酷な事実をアランに告げる。


「……それは、おまえもか?」


 ようやくもって、アランはゆっくりと振り向いた。


「……っ!」


 その顔を見て、エステルの背筋は凍りつく。感情を押し殺した瞳が燃え上がり寸前で彼女を射抜いていた。


「……さぁ、どうでしょうね」


 それでもエステルは心を落ち着けて、自身の考えを頭の中でまとめる。


「こんな状況になった以上、あなたに仲間なんて必要ないんじゃないか……とは思っているわ」


 戦闘における足手纏いという話はもはや、ルチアに限った話ではない。

 呪いによってレベルアップを重ねるアランの強さにはいずれどんな人間も付いていけなくなるだろう。


「……そうか」


 アランはエステルの横をすり抜け、出入り口の扉へ向かう。


「ちょっと勇者……!」

「……なんだ」

「これから、どうするの」


 ダグラスはしばらく戦えない。パーティはたった3人になってしまった。


「……魔王を殺す。それだけだ」

「そのためにどうするのかって聞いてるんでしょう……!?」


 エステルは叫ぶ。するとアランは振り向いて、やはり静かに言葉を編んだ。


「だったら、ルチアを呼び戻すか?」


「……っ、それは……」


「そんなこと、この俺のプライドが絶対に許さない」


 言い残し、アランは教会を後にした。


 残されたエステルはその場に力なくへたり込む。 


「なんなのよ。なんなのよ、これ……もうイヤぁ……」


 ルチアは今、どうしているだろう。


 ふと、遠い地の友人へ思いを馳せる。


 見捨ててしまった、友人。その献身にエステルはどれだけ寄り添えていただろう。


 ルチアの恋心は知っていた。それが決して報われないであろうこと、報われるべきとも思わないこと。

 戦いを恐れていることだって、見ていればすぐにわかった。


 ああ、どうかルチアに少しでも安らかな時を。


 呪いの条件を知っていればそれが不可能なことくらいわかっている。

 恋心を踏み躙られ、汚された彼女の心はどうなってしまったことだろう。


 もう、それなら、いっそのこと——。


 魔王を倒すために自分にできること。

 それは、たったひとつなのかもしれない。


 


「あ……?」


 宿屋に帰ってくると、部屋の中央に大きな木箱が置かれていた。無駄に豪奢な装飾のされた、まさに宝箱といった感じの箱。


 嫌な予感がしながらも、アランは木箱に手を伸ばす。


 手紙が一枚、添えられていた。


『私の可愛いペットと遊んでくれたお礼だよ♡』


 それを読んだ瞬間、腸が煮えたぎるような思いに駆られて、全身が震えた。


 箱の中身は、ドラゴンの鱗や爪など、ドラゴンから採取できる武器防具素材の詰め合わせセットである。


「あのクソサキュバスがぁ……!!」


 人々の信頼など、もはやどうだっていい。


 魔王を倒す。犯す。殺す。

 勇者としてその目的さえ完遂することができれば、全ては後から付いてくる。


 アランは人類を救い、英雄となるのだ。

 



—————————

次回から視点戻ります。




『お隣の蔑み美人が死に別れの幼馴染だった。』

ラブコメ日間2位でした。

まだの方はぜひ読んでみてください!


 ↓


https://kakuyomu.jp/works/16817330665542614763

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